28話
「お断り申す」
克治の言葉に安吉は目を見開いた。
「それは儂が大祝だからか?」
そう静かに訊ねた安吉に克治は首を振る。
「貴殿が大祝だろうと、三好だろうと。何も変わりませぬ、我らは今日を生きるだけで精いっぱいでございまする」
克治はそう詫びると頭を垂れた。
平に、ご容赦を。そんなことまで言っていた。
「銭は払う」
「銭を頂いて、何をすれば?」
安吉の言葉に克治は自虐的な笑みを浮かべた。
金があっても使うところが無ければ意味がない。
「食料不足の原因は倭寇共か?」
その問いに克治の眉がピクリと動いた。
「如何にも、法外な年貢をとられておりまする」
まるでそれは大名と領民の関係のようであった。
だが日本と違うのは領民たちに抵抗する術がないと言う事であった。
「武豪様が人質に取られていては、貴殿らを公に迎え入れることもできぬ」
克治はそう言ってわざとらしくため息を吐いた。
取引、と言う事か。
「お救い申し上げればよろしいのか?」
「話が早い」
安吉の言葉に克治はそう言ってニイッと笑った。
「武豪様はこの宜蘭の首長だ。あのお方がいなければ大事は何も決められん」
その言葉に安吉は頷いた。
先ずは、武豪とやらを救い出さなければ元も子もないようだ。
「南の岬を超えた入り江に奴らはいる」
克治の言葉に安吉は頷く。
「水深は深く、あの大船でも問題ないだろう」
「気遣い感謝する」
安吉はそう答えると立ち上がった。
善は急げ、だ。
「宴は盛大に行いたいものだな」
去り際、安吉はそう言って笑った。
それに克治は笑い声をあげると「村で一番の酒を出してやろう」と笑った。
「マテ!」
克治と別れを告げ、船に戻ろうとすると少年の声が響いた。
「おぉ、坊主か」
その声は昨日聞いた覚えがあった。
矢を放って来た少年の声であった。
「オマエ、ナマエハ?」
たどたどしい日本語でそう尋ねて来る少年に安吉は微笑むと「大祝安吉」と答えた。
「お前の名前は?」
「武敏」
その言葉を聞いて安吉は成程と頷いた。
どうやら首長の息子らしい。
肌は日焼けしていて、黒い髪が肩程までに伸びている。
「安吉、オレモ連レテ行ケ」
武敏の言葉を聞いて安吉は頭を抱えた。
「父上、オレモ助ケタイ」
「そうは言ってもなぁ」
武敏の躰はみるからに成長過程で、歳も7つかそこらだろう。
元服もしていないような子供を連れていく訳にはいかなかった。
「克治殿ォ! 如何いたすべきかな?」
これは自分でどうこうできる問題ではないと思った安吉は克治に声をかけた。
すると建物の中から克治と共に武静も現れた。
「我也想打架(私も戦いたい)!」
武敏はそう言って武静を見つめた。
それを見て克治は苦笑いを浮かべていた。
「来吧(行ってこい)」
武静は暫く武敏を見つめた後、諦めたようにそう言った。
「というわけだ、よろしくお願い致す」
それを見届けた克治はそう言って頭を垂れた。
断ろうと思った安吉であったが、克治に続いて武静にまで頭を下げられては断ることは出来なかった。
「解り申した、預からせていただきまする」
それを聞いて武敏は表情をパァッと明るくさせた。
「アリガトウ!!」
そう言って無邪気に笑う武敏を見て、安吉は何処か懐かしいような気分になった。
「というわけで、客がきた」
神風に戻った安吉は権兵衛にそう伝えた。
「は、はぁ」
目を丸くした権兵衛はそう答えるので精一杯であった。
対して武敏は帆船に近づいたときから目を輝かせている。
「あまりはしゃぐんじゃないぞ」
「ワカッタ!」
昨日とはうって変わって聞き入れのいい武敏に呆れながら、指揮を出す。
「『船長集合』! 信号旗揚げぇ」
数分後、紀忠と門右衛門の二人が神風に到達した。
「コイツが昨日の坊主か?」
紀忠はそう言って武敏を睨んだ。
「らしい」
「へぇ」
安吉の返答を聞いて紀忠は興味深そうな表情で武敏の顔を覗き込む。
覗き込まれた武敏は紀忠に怯えきっている。
「弓、うめぇじゃないか」
紀忠はそう言って武敏の頭を掻きまわす様に撫でた。
「ヤメロ!」
武敏の抗議を紀忠は笑いながら聞き流す。
意外と紀忠は子どもが好きらしい。
「それで、倭寇共は何処にいるのですか?」
門右衛門の問いに安吉は本題を思い出した。
「南の岬を超えたとこの入り江だとか」
安吉はそう言って南にある岬を指さした。
門右衛門と紀忠の二人は唸った。
「入り江となれば面倒だなぁ」
紀忠の言葉に安吉は頷く。
例えばこの宜蘭沖のように広く砂浜が広がっているのなら、帆船が戦列を形成して艦砲射撃で敵を脅すこともできる。
だが、入り江の様に狭い土地となればそれも難しい。
「それに、人質もいるんだろ?」
紀忠はそう言って武敏を見降ろした。
「父上ガ、人質ニ取ラレテル!」
彼の言葉に3人は悩んだ。
人質がいるとなれば、艦砲射撃だけで決着をつけることは出来ない。
もし、人質の武豪に何かあれば宜蘭との関係は悪化する。
「夜陰に乗じて紅衆を突入させるしかありませぬか?」
門右衛門の問いに安吉は「できるのか」と尋ねた。
あまりにも危険が大きい。
端艇で兵を送り込むにしても紅衆は3隻合わせて60人程度しか乗っていない。
水夫に武器を持たせてもせいぜいその数120程度。
あわせて180にしかならない。
「それしか、ありますまい」
門右衛門はそう答えた。
言われた入り江は三方を山に囲まれた、まさしく海賊の根拠地としては最適な地であった。
宜蘭からの援軍は期待できない以上、門右衛門の案を採用するしかなかった。
「武敏、父上がどこにいるか解るか?」
安吉の問いに武敏はコクリと頷いた。
「イッカイ、アッタ」
「ほう」
話を聞くと、人質に取られているのが武豪本人であることを確認するために武静や武敏ら30人ほどが武豪本人と面会したようであった。
「イチバン大キイ、家ノ地下」
武敏の言葉を聞いて安吉は笑みを浮かべた。
そこまで判っているのなら、容易い。
「紀忠、門右衛門やるぞ」
「正気か?」
安吉の言葉に紀忠はそう苦言を呈した。
「宜蘭以外でもいいだろ」
こんな危険犯さなくても味方になってくれる土地は他にあるんじゃァないか。
紀忠はそう続けたかった。
だが、安吉が言葉を遮った。
「ここでなけれならない」
安吉はそう言って紀忠を睨んだ。
その表情は決意を決めたときの表情であった。
「お前さんがそういうなら」
紀忠はそう答えるとニイッと笑った。
「やってやろうじゃねぇか」




