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25話

「それで、今回の目的は何でしょう」

 翌朝、琉球王国の役人が神風を訪れた。

「補給と、船員の休息を」

「戦の意図は、ない。と?」

 怯えるような目で安吉に尋ねる役人。

 どうやら、侵略が目的だと思われているらしい。

「日ノ本が貴国を攻める理由がおありで?」

 その問いに役人はようやく納得してくれたようだ。

「事前通告もなく軍船を寄こされましては混乱もするという物ですよ」

 役人の言葉に安吉は「失敬仕った」と頭を下げた。

 どうやらこの役人はずいぶんと日本語が達者なようだ。

「申し遅れました。拙者、堺の商人衆との交渉役。金丸と申しまする」

 その言葉を聞いて納得した。

 堺の商人たちと渡り合うには琉球独特の方言では何かと上手く行かない。

「大三島が大祝家当主、大祝安吉と申しまする」

「大祝……」

 金丸はそう言って顎に手を添えた。

 何やら思案しているようだ。

「あぁ、あの。堺の商人衆がよく大三島について申しておりまする」

「ほう、どのように?」

 どうやらこの琉球王国にまで、大三島の名は回っているようだ。

「西の都。そう聞いております」

 金丸の言葉を聞いて安吉は笑みを浮かべた。

 この男、人を立てるのが随分とうまい。

「そうかそうか、世辞でも嬉しいぞ」

 安吉はそう言って金丸の肩を叩いた。

 心血注いで創り上げた大三島が褒められるのは思っていたよりもうれしいものがあった。

「それで、補給ということですが」

「真水と食料を頂きたい」

「具体的に?」

「200人分の食料を2週間分」

 その言葉を聞いて金丸は目を見開いた。

 恐らく随分な量になるだろう。

「失礼ですが、ご予算は?」

 金丸の問いに安吉が手招きすると中くらいの木箱が運ばれてきた。

「金100両、不服かな?」

 現代でおおよそ150万円。

 200人の食料を賄うには十分な量であった。

「あ、はい。えぇっと……」

 思ったよりも高額な値段を提示されたことに金丸は狼狽えながらも商談を続けようとする。

「米を9石。それに干物やらだな、そちらにまかせる」

 1石は1000合。

 200人で1日600合消費するからまぁ、妥当な量であろう。

 最近は火縄銃などで高額取引を繰り返してきていたからだろうか。

 金100両など安く感じてしまう。

「すぐにでも!」

 金丸はそう答えるとそそくさと神風を去って行ってしまった。

 

 翌日になると港から10数艘の小舟が近づいてきて各船に食料の積み込みを始めた。

 それを横目に、安吉はこの4日間の航海で皆が得た教訓をまとめていた。

「固縛方法は統一すべきかもしれないなぁ」

 その一つが砲の固定であった。

 荒天航海時は砲をしっかりと固定しなければならないが、それが終わると臨戦態勢を整えるために砲の固縛を解く。

 その際に皆が好き勝手に縄を結んでいると手間取る。

 些細な問題かもしれないが、この一瞬の遅れが戦時に大きな痛手となる可能性がある。

 風鳴丸や海鳴丸の2隻で運用実績を築いたとはいえ、随時こういった問題は出てくるだろう。

「まぁ、今はどうしようもないな」

 結局それを改善しようと思えば全船で教育を実施する必要があり、とてもじゃないが時間がない。

 今回の航海が終わり次第、再教育を施すこととしよう。

 それ以外にも上がって来る報告を見つつ、安吉は深い眠りについた。



 それから1週間後の16日。

 船団は出港用意を終えた。

 休息を終えた船団は万全の体制の元、台湾への航海を開始した。

 台湾東岸まではおよそ40時間。

「権兵衛、随分と楽しんできたようじゃないか」

 マストの上で見張りをしながら、安吉は隣に立つ権兵衛にそう笑った。

「む、解りますかな?」

「船内が香水の匂いでひどいものだ」

 安吉がそう言って笑うと権兵衛は照れくさそうに頭を掻いた。

 乗組員たちは花街に入り浸っていたらしい。

 そのせいか、船内には甘ったるい匂いが充満している。

「間違っても、男色など辞めてくれよ」

「でしたら定期的に琉球に入ってもらいたいものですな」

 安吉の言葉に権兵衛はそう言って笑った。

「いうじゃないか」

 そう言って権兵衛の肩を叩く。

 どうやら今回の寄港が十分な価値があったようで、乗組員たちもハツラツとしている。

「よし、後は任せる」

 周囲に危険が無いことを確認すると安吉はマストを降りていく。

「台湾が見えたら呼んでくれ」 

「承知」

 安吉はそう言い残すと船長室へと戻っていった。



 翌朝、遂に台湾が目の前に広がった。

「これが、台湾」

 安吉は感慨深くそう呟いた。

 小春の話によればこの台湾には幾つかの部族と、倭寇がいるらしい。

 今回の目的は部族の一つを味方につけ、補給拠点とすること。

 そして、倭寇の拠点をいくつか破壊することであった。

宜蘭ぎらんかな」

 安吉はそう言って台湾の地形を思い浮かべた。

 恐らく目の前にあるのは台湾北東部の農村、宜蘭という町であったはずだ。

 山に囲まれた盆地にあり、明の統治が及ぶことはない。

 ここに倭寇が多くいるとも予想されていた。

「如何いたしますか」

「上陸してみるほかあるまい」

 権兵衛の問いに安吉はそう答えた。

 その言葉を聞いて乗組員たちに動揺が広がる。

 事前情報が一切ない中での上陸というのは非常に危険である。

 突然襲われるかもしれない。

「船はありませぬ!」

 マストの上部で見張りをしていた者がそう声を上げた。

「怪しいな」

「漁民もおらぬとはおかしいですな」

 権兵衛と二人でそう声を合わせたが、ここで思案したところでどうにかなるわけでもない。

「信号旗揚げ! 『船団停止! 島風は紅衆を上陸させよ』」

 安吉の命令共にいくつかの信号旗が掲げられる。

 それを確認すると安吉は次いで命令を下す。

「神風からも紅衆を出すぞ! 総員武装を整え甲板に集合!」 

「承知!」

 その命令を聞いてすぐに紅衆は装備を整える。

「端艇降ろし方用意! 甲板の高さまで降ろせ!」

 もうこの頃になると皆が次の命令を理解し始めていた。

 命令が下ったその瞬間には乗組員たちが作業を始めた。

「大将は?」

 権兵衛の問いに安吉はニイッと笑ってこう答えた。


「儂自ら行こうではないか」

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