22話
幸いにして、嵐は朝になるころには収まっていた。
「損害個所はそれだけか」
権兵衛からの報告を聞いた安吉は少しばかり意外に思っていた。
というのも、思ったより損害個所が少ないのである。
「はっ。ただ、火縄の固縛が上手くできておらなんだようで……」
「壊れているかもしれいないか」
安吉の問いに権兵衛は頷いた。
「修理できるようであればなるべく早く。難しければ部品取りの材料にしてくれ」
彼はそう答えると周囲を見渡した。
壊れたのは一部の帆と居住区の戸が歪んだ程度であった。
「島風と春風から信号旗は上がっているか?」
「『航行に異常ナシ』とだけ」
その言葉に安吉は安堵した。
無線機が無い今、伝えられるのは簡易的な情報のみである。
今は紀忠と門右衛門を信じるほかない。
「進むぞ。権兵衛任せた」
「承知」
安吉の言葉に権兵衛はそう答えると指示を出す。
「信号旗揚げぇ! 『航海を再開す! 我に続け!』」
権兵衛の号令と共に2枚の信号旗が掲げられ、島風と春風から『了解』の旨を告げる信号旗が掲げられた。
「帆を広げろ! 針路は南南西!」
その様子を見て安心した安吉は船長室へと戻っていく。
道中、疲れ切った様子の乗組員たちを励ましながら船内を進んでいく。
いきなり嵐に遭遇するとは思わなかった。
幸い台風ではなかったようで、大した損害は受けていない。
「もし、台風が来たらどうなるか」
安吉はそう呟くと身を震わせた。
そして自らの部屋に戻るとどかりと椅子に腰降ろした。
「早くて150時間か」
10ノットを保ち航行することが出来ればあと6日と少しで台湾に到着する予定だ。
だが、そううまくも行かないだろう。
「10日は見ておくか」
途中、琉球で補給するとなれば多少の時間を要するだろう。
台湾に着くだけで10日。
それから倭寇討伐をしつつ補給拠点できる場所を探さねばならない。
「気が遠くなるな」
彼はそう言って笑うと諦めるようにため息を吐いて、横になった。
そして、静かに目を瞑ると眠りについた。
その頃、能島では武吉が酒宴を開いていた。
先の戦での戦勝祝いを兼ねた宴会であったが、戦後に能島家の家中となった者たちも参加していた。
「おぉ! 飲め飲め!!」
その中心で武吉が上機嫌に家臣達へ酒をふるまっていた。
「殿ォ! 拙者もいただいてよろしいですかな?!」
満面の笑みで現れたのは佐々木信胤であった。
彼の姿を見て武吉もまた笑みを浮かべた。
「おうおう! 小豆島殿も飲まれよ!」
武吉はそう言って信胤のもつ盃へ並々酒を注いだ。
「殿ぉ、こんなに貰っても手に余ってしまいまする」
信胤はそう言って困ったような表情を浮かべた。
それに武吉は悪戯気溢れる笑みを浮かべると「すべて飲み干してしまえばよい」と笑った。
彼の返答を聞いて信胤はこう返した。
「瀬戸内の様に飲み干してしまいましょうぞ!」
「大祝は通行料を払ったか」
そのころ、豊後では若林鎮房が大友宗麟の元を訪れていた。
彼はまだ、宗麟という名ではなく大友義鎮を名乗っていた。
「いや、構わぬ。今ここで三好や大祝と事を荒げるわけにはいかぬ」
義鎮はそう答えると所領を見降ろした。
「まだこの豊後は貧しい」
今から一年ほど前、大友家でも内乱があった。
その影響で街は荒れ、人は去って行ってしまった。
「大きな、港が欲しいものだな」
彼のつぶやきに鎮房は「瀬戸内は群雄割拠しておりますからなぁ」と答えた。
大友家は決して小さくはない。
だが、瀬戸内海で跋扈するほかの勢力があまりにも大きいのだ。
天下人、三好長慶。
日本一の海賊、村上武吉。
1代で栄華を築く大祝安吉。
彼らに敵う勢力が瀬戸内海にあるだろうか。
しかもこの三家が今や手を取り合っている。
「鎮房、大祝とは好を結んでおけ。機会があればこれ見よがしに援軍でも送るように」
義鎮はそう伝えた。
三家の中で取り入るとすれば大祝家だ。
大友家と同じように少し前に内乱がおき、多くの家臣を失っている。
「承知」
鎮房はそう答えるとその場を去っていった。
そして、代わりに現れたのは大柄の男であった。
「鑑連か」
戸次鑑連。後の立花道雪であった。
「大内はどうだ?」
義鎮の問いに鑑連は「崩れますな」と笑った。
その返答を聞いた義鎮は悩んだ。
「戦か、謀略か」
敵の内乱に乗じて攻め込むのもアリだ。
だが、血を流さなくてもよいのならそちらのほうが良い。
「陶隆房を支援し、弟君を次期当主として送り込むのが良いかと」
鑑連の言葉に義鎮は「なるほど」と呟いた。
現在大内家は現当主と家臣の武断派と呼ばれる者たちが対立している。
そこにつけこむのだ。
「我らの母上は大内の人間ゆえ、継承権もあるというわけか」
「左様」
その策を聞いて義鎮は満足そうな笑みを浮かべた。
「筑前にある博多を抑えられれば、多大な利を得るな」
彼はニイッと笑った。
天下泰平の世はまだまだ遠そうであった。
「能島はおとなしくしているか」
その頃、京では長慶が冬長から送られてきた書状に目を通していた。
能島村上家を瀬戸内守という役職を与えることで封じ込めたことにより、西の脅威は一掃された。
今や大内家は衰弱し、尼子と毛利はそれに乗じようと虎視眈々と機会をうかがっている。
「加えて、浅井からこのような書状が」
一存がそう言ってもう一通の書状を長慶に手渡した。
それを見るや否や長慶は満足そうな笑みを浮かべた。
「浅井久政が我らに従うか!」
近江の国に居を構える、浅井家が遂に動いた。
「これで、状況は一変するぞ!」
彼はそう言って立ち上がると小躍りでもはじめんばかりの勢いであった。
現在京では三好の傀儡による将軍が就任したが、前将軍の足利義輝が近江の朽木に匿われていた。
今まで三好家は各地で戦線を抱えており、それを攻撃するのが難しかったが今は違う。
山名討伐は成功し、瀬戸内は治まり、河野も手に入れた。
今や抱えている戦線は全て解消されていた。
「近江南部の六角を討つ! 兵を集めよ!」
安吉が日本を離れている間にも、各勢力が動き始めていた。




