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17話

「あらあら、これはすごいですね」

 縁側で松丸を抱えた小春はそう微笑んだ。

 その視線の先には山の様に積まれた祝いの品々があった。

「松丸の出生祝いだそうだ」

 鎧に馬に、刀に布に。

 一地方領主の出生祝いにしては余りにも豪勢なそれは錚々たる面々から送られてきた物であった。

「あの方々は私たちを一体なんだと思っているんでしょうね」

 小春はそう言って苦笑いを浮かべた。

 毛利家からは小太刀。

 能島村上家からは陣羽織。

 来島や因島からもその祝いの品は来ていた。

 だが、特筆すべきはそれ以外の家々であった。

「まさか関白殿下からも来るとは」

 安吉はそう言って頭を抱えた。

 しかも近衛前久だけではない。

 彼よりも下位に存在する公家の面々も祝いの品を送りつけて来た。

 決して裕福ではない彼らが送って来ると言う事は裏がある。

「今度来たときは融通してほしいと言う事でしょうね」

 小春はそう言って苦笑いを浮かべた。

「三好殿からは太刀か」

 そう言って送られてきた太刀を持ち上げて、抜くとこれまた業物であった。

 堺でも一番の刀工に造らせたものらしく、自慢げに手紙とともに送られてきた。

「早く鉄砲を寄こせ、という事でしょうか」

 小春の言葉に安吉はため息を吐いた。

 現状、月に50丁作るのが限度であった。

 2000丁ともなれば400日は必要となり、どんなに急かされても無い物はないのだ。

「まだ、増産の体制は整わないのですか?」

「なるべく設計を簡易化してはいるが、銃身が追い付かなくてな」

 小春の問いに安吉はそう言って苦笑いした。

 大祝家で用いている鉄砲は現代のライフルのように銃床を備え、それなりの手間がかかっている。

 対して、輸出用の物は伝来品と同じように銃床はなく、簡易的な作りになっている。

 だがそれでも銃身は同じものを使わなければならなかった。

「簡単な設計にしてもよいのだが、それだと信頼性がな」

 安吉はそう言ってため息を吐くと縁側にどかりと腰を下ろした。

 大祝家が作った鉄砲を使い、長慶が怪我でもしたらどうなるだろうか。

 考えるだけで身が震えた。

 それが武吉でも同じことであった。

「全く、困ったものですね」

 小春はそう言って眉をひそめた。

 すると、胸の中で眠る松丸を見つめて愛おしそうな表情を浮かべた。

「だが非常に儲かる」

「1丁150両でしたか」

 過去に毛利家へ売った時よりは高価になっているが、性能の向上を考えれば適切な価格設定ではないだろうか。

 現代で言えば1丁225万円ほど。

 2000丁ともなれば45億もの儲けになる。

 最も、材料費や人件費を差し引かれるがそれでも莫大な金額であった。

「100門戦列艦も夢ではないですね」

 小春はそんなことを言い出した。

 それは、のちの戦艦へとつながる海の王者。

 恐らくこの時代世界のどこを探してもそのような巨大船は存在しない。

「造船所が狭すぎるな」

 安吉はそう言って笑った。

「嘉丸殿が過労死しますね」

「まったくだ」

 二人はそう言ってくすくすと笑った。

 そして、安吉は意を決したようにこう告げた。


「俺は3カ月ほどこの大三島を離れる」

 

 その言葉を聞いた小春は静かに「そうですか」と答えるだけであった。

「なんだ、問い詰めないのか?」

 安吉の問いに小春は首を振る。

「私に相談せずに決めたのでしょう。ならばお止めすることは出来ません」

「……すまぬ」

 安吉はそう詫びた。

 だが、我が子の誕生を見届けられたのは僥倖だった。

「お帰りになるのを楽しみに待っておりまする」

 小春は、そう強がって見せた。



「紀忠、今月末にでも京へと向かう。神風を用意させろ」

「応」

 安吉は地図を睨みながら紀忠にそう命じた。

「残りの4隻はどうする?」

 紀忠の問いに「島風と春風には出航用意を」と告げた。

 一旦、安吉は神風で京へと向かい、長慶の元を訪問する。

 そして台湾に潜む倭寇討伐の命令を受け、大義名分を得た彼は大三島で残りの2隻と合流し台湾へと向かう。

「三好は認めるだろうか?」 

 不安そうに尋ねた紀忠に「言質は取ってるさ」と答えると天井を見つめた。

「3カ月で帰ってこれるだろうか」

「……さぁな」

 今回の航海はあくまで実験的なものだ。

 金細工師たちに造らせたクロノメーターは実用に耐えうるのか。

 そもそも帆船で大洋航海をすることは出来るのか。

「問題があればすぐに戻って来る」

 安吉は自分に言い聞かせるようにそう言った。

「何事もないのを祈るほかないな」

「……あぁ」

 紀忠の言葉に安吉はそう答えた。

 海難だけは避けなければならない。

 現状、帆船に乗っている者たちは安吉が手塩をかけて育てた精鋭達だ。

 彼らを失えば損害が計り知れない。

「島風にはお前が乗ってくれ」

「解った。春風はどうするんだ」

「赤松を」

 そう答えた安吉に紀忠は眉をひそめた。

「いいのか。紅衆の長がほとんど出払うことになるぞ」

 紀忠の言葉は全うであった。

 紅衆は現在500程。

 そのうち100が京で御所の警固。

 40門戦列艦に20名ずつ乗り込み合計60。

 残りの320名ほどで海鳴丸や風鳴丸の警備や大三島で待機している。

 そしてその陣頭指揮を執っているのが紀忠と赤松門右衛門であった。

「きちんと教育しているのだろう?」

 安吉はそう言って紀忠に問いかけた。

「まぁ、そうだが」

 その問いに紀忠は不安そうな顔でそう答えた。

 京にいた衛門衆や武家の三男四男などを集めて作られた紅衆はそもそもの学力は高い。

 その中でも優秀な者は選抜し、紀忠に次ぐ役職に就ける様にさせている。

 もはや衛門衆は10人単位での行動を可能にし、散兵行動も容易にこなすだろう。

「たまには自らの部下を信じてみろ」

 安吉の言葉に紀忠は「そうだな」と諦めたように笑った。


「航海の成功を祈って」


 二人はそう声を重ねると盃を飲み干した。

 紀忠は酒を、安吉はただの真水であったが、雰囲気は味わえたのではないだろうか。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] パワーゲームの中での立ち回りとか、ご都合主義でない部分などが読んでいて楽しいです。 帆船を作っても瀬戸内では活きにくいのは、もどかしいですが外海に出たときが楽しみです! [気になる点] 本…
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