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15話

「この頃鉄砲の注文が絶えぬな」

 3月の初め頃、そろそろ梅も咲こうかという頃。

 紀忠と安吉は大山祇神社の一角で無数にある書状を見て頭を抱えていた。

「安宅家、十河家。三好の本家だけではなく彼らからまで来るか……」

 安吉は2通の書状を見て頭を抱えた。

「あの戦は勝ち負け以上の価値があったみたいだな」

 紀忠の言葉に安吉は静かに頷いた。

 書状はこれだけではない。

 今回の戦で冬康に従い参戦した、熊野海賊、日比の枯木などからもその書状が届いていた。

「均衡を取らねばならぬ」

 安吉は静かにそう呟いた。

「三好方に多くわたりすぎるのは困ると言う事か」

「そうだ」

 鉄砲を売りさばけば当然、大祝家にとっては利益になる。 

 その利益でより生産体制を強化し、更に売る。

 しかも自らの手で輸送することもできるから安くできる。

 だが、鉄砲が原因で史実から逸脱されても困る。

 ある程度は軌道に乗っていてもらわなければ小春の知識が活かせなくなる。

「それに、火薬も足りなくなるだろう」

 紀忠は深刻そうな表情を浮かべてそう呟いた。

 現状、火薬は南蛮や中国からの倭寇による密貿易に頼っている。

 そして、それの販路を持っているのは堺とこの大三島だけであった。

「糞尿で作るのは芳しくないか」

 安吉の言葉に紀忠は鼻を鳴らした。

「ダメだ、手間に合わぬ。もっと大規模にできるのなら話は違うが、この大三島では狭すぎる」

 それを聞いて安吉は大きなため息を吐いた。

 今まで、運用して来た鉄砲はせいぜい300丁。

 それにいくらかの大砲だったが、その状況はこの数年で大きく変化した。

 現在就役中の帆船だけで大砲を合計200門も有し、鉄砲は100丁。

 そして紅衆の鉄砲500。

 今後はさらに増えていく予定で、いずれは需要が供給に見合わなくなることは予知していた。

「だが、こんなにも早く来るのか……」

 安吉はそう呟いた。


 今回の発注分すべて合計すれば2000丁。

 村上家 500丁

 三好家 800丁

 安宅家 300丁

 十河家 100丁

 その他 300丁


「どうする」

「南蛮貿易を活性化させるほかあるまい」

 紀忠の問いに安吉はそう答えた。

「2000丁も出回れば火薬の必要量が倍以上に膨れ上がる。自ら買いに行くしかあるまい」

 安吉はそう言って、覚え書きで書けるだけ記した地図を広げた。

 そこには意図的に新大陸の存在は記しておらず、ヨーロッパから日本まで記しただけであった。

「何だこれは?」

「この世界よ」

 紀忠の問いに安吉はそう答えた。

「ふうん。このような形をしているのか」

 安吉の返答を聞いた紀忠は興味深そうに地図を見つめる。

 そして、ふとこんなことを尋ねた。

「大三島は何処だ?」

「書いておらぬ」

「どういうことだ?」

 怪訝そうな表情を浮かべる紀忠に安吉は「小さすぎて描き切れぬ」と答えた。

 それを聞いて紀忠は笑みを浮かべた。

「それ程に世界は大きいのか」

 紀忠の要領の良さに安吉は少し嬉しくなった。

「これが、日ノ本だ」

 安吉はそう言って日本を指さした。

 紀忠はそれを聞いて目を丸くした。

「斯様な小さな島を争っているのか……」

「そうだ。阿呆だとは思わぬか?」

 彼は小さくうなずいた。

「そして、硝石が取れるのはここだ」

 そう言って中国奥地、インド、中東と指さしていく。

 余りの遠さに紀忠は呆然としている。

「今多く輸入している硝石はここから来ている」

 安吉はそう言ってインド東岸を指さした。 

「何里あると思う?」

 その問いに紀忠は頭を抱えた。

 暫く思案した後「1000厘(4000キロ)ほどか?」と絞り出した。

 彼の返答を聞いた安吉は得意げな笑みを浮かべるとこう答えた。

「真っ直ぐ行ければそれほどかもしれんな」

 その言葉を聞いて紀忠はハッとした。

 陸地は入り組んでおり、直線で行くことは出来ない。

 特にこの大三島からインドともなればマレー半島やら遠回りを迫られる。

「航程は2000里(8000キロ)だよ」

 その言葉を聞いて紀忠はため息が出た。

「中継拠点が無ければ貿易は出来ぬな」

 何とか絞り出したのはそんな言葉であった。 

 だが、彼の発言は的を射ていた。

「そのために先ずはここを抑える」

 安吉はそう言って台湾を指さす。

「460里(1800キロ)だ」

「海鳴丸で5日と言ったところか」

 紀忠はすぐさまそう答えた。

 いつの間にか算術まで身につけているようであった。

「だが、問題が一つあるぞ」

 彼はそう言ってあることを指摘した。

「関門海峡と豊後水道、何方を通るのだ?」

 瀬戸内海から西に向かう出口は二つ。

 現在の山口県と福岡県の間を通る関門海峡。

 そして、九州と四国の間を抜ける豊後水道。

「大友と事を構えるのは危険だぞ」

 紀忠の言葉に安吉は唸った。

「だが、関門海峡は帆船では通れぬ」

 安吉はそう答えると苦々しい表情を浮かべた。

 関門海峡は地理的に通行は難しく、豊後水道は軍事的に通行が難しい。

 大友に通行料を払えば安全に通行できるかもしれないが、それではコストが嵩む。

「……。豊後水道だ」

 安吉はそう決心した。

「三好の家紋を貸して貰おう」

 その言葉に紀忠は笑みを浮かべた。

 三好と大祝の共同で船を出していることにすればいい。

 まさか大友も三好と事を構えるほど愚かではあるまい。

「それで決まりだ」

 二人はそう声を合わせた。

 その直後、小姓の一人がドタバタと駆けこんで来た。

「殿!」

 慌てた様子の小姓を見て安吉は穏やかな笑みを浮かべていたが、次の一言でその表情は崩壊した。


「小春様が……ッ!」

 その言葉を聞いた瞬間、安吉はバッと立ち上がった。

「遂に来たか!」

 安吉はそう声を上げると「案内せい!」と小姓を怒鳴りつけた。

 小姓は慌てた様子で応じると二人そろってパタパタと館の奥へと行ってしまった。

 取り残された紀忠は安吉の後姿を見つめて小さな笑みを浮かべた。


「変わらぬなぁ」


 そして、ポツリとこう続けた。

「俺も結婚せねばな」

 

 

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