14話
「両者そこまで! これ以降の戦は瀬戸内守が許さぬ!」
突如現れた安吉に武吉と一存の二人は呆然としていた。
否、二人だけではなかった。
その場にいた兵全員が何が起きたのか理解できていなかった。
大型帆船が現れたかと思えば、両軍の間に割って入りその直後に水面が爆発したのだ。
「もし、兵を退かぬのならば島風と神風の2隻でお相手仕る!」
安吉の言葉に両軍の兵達はどよめいた。
たった2隻で何ができるのかと。
だが、武吉と一存は冷静に事態を眺めていた。
ここで安吉に逆らい、戦を続けることは容易だろう。
だがそうなれば大祝家と対立することになる。
そうなれば──。
「鉄砲が手に入らなくなる」
二人は同時にそう呟いた。
目先の勝利よりも数年後の勝利を選ぶ知性をもった二人は獲物を海に投げすてた。
「村上家は退くとしよう」
武吉の言葉に一存は頷くと「十河家も退く」と答えた。
二人の言葉に側近たちは文句を言いたげだったが二人は睨むと黙らせた。
「安吉よ」
武吉は安吉の乗る島風に船を近づけると声をかけた。
「何故手をだした?」
兄の問いに安吉は一瞬戸惑った。
そして、こう言葉をひねり出した。
「目的の無い戦ほど無駄なものはございません」
「……目的が無いか」
武吉はそう呟くと、信胤の問いを思い返した。
三好に勝った後どうするのか。
信胤にはそう尋ねられた。
「自尊心にかられた、か」
武吉は自らをそう悔いた。
思えばくだらない戦だったかもしれない。
三好と争うのでなく、背中を預けて豊後や周防に手を伸ばせばよかったのかもしれない。
「兵は余り失わなかったのが僥倖か」
武吉はそう呟くと甲板の上に腰を下ろした。
すると大きくため息を吐くと大声を上げた。
「者ども帰るぞ!」
その声に兵達は困惑しつつも「応!」と応じた。
去り際、彼は振り返ると安吉にこう告げた。
「能島村上家で鉄砲500丁を買わせてもらおう」
その言葉を聞いて安吉は驚いて呼び止めようとしたが、武吉は何も気にすることなくそのまま去って行ってしまった。
「兄上も困った御人だ」
安吉は小さく笑った。
その後、1551年2月20日。
中立地である大三島で和議が交わされ、今回の戦は表面上の収束を得た。
しかし、水面下では密かな動きが続いていた。
「長慶様がわざわざ赴かれるとは思っておりませんでした」
その日の夜、雲上館に宿泊する長慶の元を安吉が訪れていた。
「安吉殿が自ら京まで出向かれては此方とて断るわけにはいくまい?」
「感謝の念が絶えませぬ」
安吉がそう言って平伏すると長慶は小さく笑みを浮かべてこうつぶやいた。
「ここは良い」
彼はそういうと酒を飲みほした。
どうやら、この大三島を気に入ってもらえたようだ。
「公家衆が入り浸るのも納得できる」
そういうと、窓から街を見降ろした。
造船業で栄えた大三島は今や京や堺から商人が集まり、職人が集まっている。
次第に増えていく花街もこの大三島の繁栄に寄与しているだろう。
「俗世を棄てて此処に住むのも一興じゃのう」
長慶の言葉に「よろしければ、館の一つ二つご用意いたします」と安吉は答えた。
「戯言じゃ」
彼は静かにそう答えると安吉の前にどかりと腰を下ろした。
そして、口に手を添えた。
どうやら他人に聞かれたくない話があるようであった。
「能島は鉄砲をいくつ買うのだ」
その問いを聞いて安吉はため息を吐きたくなった。
皆が鉄砲鉄砲と。
この大祝家ですら紅衆しかに行きわたっていないのに他国に売る余裕があるとでも思っているのだろうか。
「500とは言われておりまする」
「ならば三好は1000買う」
そういった長慶に安吉は目を見開いた。
「無理でございまする……ッ!」
安吉の反論を聞いて長慶は子どものような笑みを浮かべてこう尋ねた。
「ならば、此度の和議はなかったことにするぞ」
それはまさしく脅迫であった。
この前は武吉が奇襲的攻撃で戦力は互角に保てたが、今度やればどうなるか。
伊予の河野冬長だって参陣するであろうし、もしかしたら長慶自ら出陣するかもしれない。
「対価は?」
安吉の問いに長慶はニイッと笑うと「相応の金と倭寇追討令を」と答えた。
その言葉聞いて安吉は顎に手を添えた。
「勿論、兄上に瀬戸内守を譲ってもよいのですね?」
「構わん。それで能島村上家がおとなしくなるのなら好きにするが良い」
正直言って利しかなかった。
倭寇追討令、これほど便利な言葉はない。
これがあれば、対馬や長崎の五島列島、果ては台湾に兵を進める口実が出来る。
「南蛮との密貿易が途絶えては困るから、根絶まではしてくれるなよ」
長慶の言葉に安吉は小さくうなずいた。
「毛利に300丁も売っておいて我らに売れぬとはいわせぬぞ」
彼の言葉に安吉は肝を冷やした。
新型火縄銃に移行した際に旧式となった300丁の火縄銃を毛利家に売りさばいた。
どうやらそれを知っているらしい。
「1000は無理難題でございまする。600では如何ですかな?」
「いや、900だ」
安吉の提案に長慶はそう食い下がった。
それを聞いて安吉は唇をかみしめて、「700!」と声を上げた。
「ならば800で勘弁してやろう」
長慶はそう自慢げに答えた。
その言葉に安吉はため息を吐くと頷いた。
「1丁150両で、質よりも数に重きを置きまする」
「勿論、能島にも同じものだな?」
安吉は苦笑いと共に「勿論ですとも」と答えるほかなかった。
その後重い足取りで大祝神社に帰った安吉は、大祝神社で待っていた武吉に捕まり似たようなやり取りをした。
事の次第を小春に話すと彼女は一瞬呆然としたような表情を上げた後「これで儲かりますね」と諦めたような笑みを浮かべていた。




