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13話

「……戦況はどうなっておるのだ!」

 冬康よりも後方に陣を置く一存はそう悔しそうに声を上げると拳を握り締めた。

 数分ほど前に冬康の陣から爆音が響いてから、何も連絡が来ない。

「早く前に進まないのか?!」

 一向に前進する様子の無い兄にいらだっていた。

「一存様! 敵の右翼と左翼が迫っておりまする!!」

 要約上がって来た報告も、前方の状況を伝えるものではなかった。

 その報告を聞いて一存は激昂した。

「前がどうなっているか解らなければ動けぬわ!」

 あと一押しが必要なのか。

 それとももう正面突破は不可能なのか。

「……風が」

 その瞬間、風が吹き始めた。

 少しずつ、潮も東に向かって流れ始める。

「覚悟を決めるしかないか」

 彼はそう呟くと舳先に立った。

 戦場の匂いを機敏に感じ取る。

 そして、彼は決断を下した。


「前進! 兄上の陣に変わり、我らが前方に躍り出る!! 小豆島で待機する加羅と端山の隊も呼べ!」

 頼りない兄を超える好機ととらえたのであった。



「鉄砲ではなく焙烙であったか……ッ!」

 その頃、冬康は悔しさに表情を歪めていた。

 前に出した関船の横隊に大きな損害が出た。

 さらには左右から敵の両翼が迫っており、状況は絶望的であった。

「どうする」

 天を仰ぐようにそう呟いた。

 その直後であった。

「兄上ぇ!! 拙者が前に出まする!!」

 後方からそんな声が響いた。

 冬康が慌てて振り返るとそこには、一存の乗る安宅船が左舷後方にいた。

「一存!」

「拙者が武吉の陣を強襲している間に兄上は退かれませ!」

 一存の言葉に冬康は眉をひそめた。

「まだ負けておらぬわ!」

 それを聞いて一存はニイッと笑った。

「さすれば拙者と共に吶喊致しまするか?!」

「そうさせてもらおう!」

 兄弟の勇ましいやり取りは兵に伝播していった。

 まだ戦える。

 兵達は互いに励まし合い、互いに生きて帰ることを誓った。

「加羅義則殿!」

 一存がそう声を上げると一艘の関船が近づく。

「はっ」

「兵500を伴い先陣を切れ! その後ろには儂が続く」

 その言葉を聞いて義則は満足そうな笑みを浮かべた。

 彼の部隊は三好家の中でも珍しく小早を重用している部隊であった。

「ありがたき幸せ!」

 義則はそう答えると自らの隊へと戻っていく。

「兄上、よろしいですか?」

 一存の問いに冬康は頷くと「頼もしくなったな」と笑った。

 


「敵の後陣が前にせり出して来た模様にございまする」

 貞道の言葉を聞いて武吉は「そうか」と答えた。

 両翼の鎌田正則と堀田紀久はまだ敵と会敵できていない。

「敵は中央突破するつもりか」

 武吉はそう鋭く敵の意図を読み取った。

 その言葉に貞道は小さくうなずいた。

「真向勝負と行こうか」

 彼はそう呟くと自らの槍を手に取った。

「統率力は見事な物よ」

 武吉はそう呟くと敵陣を見つめた。

 先程の襲撃で一瞬陣が緩んだが、付け込む隙も無く後方の部隊が前に出て臨戦態勢を整えた。

「陸の戦とも通ずるところはあるのだな」

 それは一種の称賛であった。

「本隊を前に出す! 難波隊は後ろに続け!」

 


「遂にぶつかるぞ!」

 枯木兄弟は目の前で繰り広げられう戦に無我夢中であった。

 高いところから見降ろす戦ほど面白いものはない。

 両軍の手の内が手に取るようにわかり、まるでそれは将棋を見ている様であった。

「兄上! どうなるとおもう?!」

 目を輝かせてその趨勢を見つめる元泰はそう尋ねた。

 その問いに元紀は「わからぬ!」と答えた。

 熊野水軍の氏虎を撃破した時は村上家が兵力で勝ったが、両翼展開させた兵が有効活用できず両軍の兵は再び均衡している。

「……我らが出陣すれば戦況が傾くのでは」

 元泰はそう思い立った。

 ちょうど、日比からなら武吉の陣も冬康の陣も強襲することが出来る。

 恩を売ることが出来る。  

 だが、元紀はそれを否定した。

「我ら枯木がこの戦に横槍を入れてはならない」

 そう、この戦は瀬戸内の行く末を決める大事な戦。

 決着の一手が奇襲ではいけない。

「それに、あんな戦に混ざれるきもせぬ」

 


「我が名は村上武吉! 能島村上家の頭領ぞ!」

 加羅義則の隊と対峙した武吉はそう名乗りを上げた。

「拙者は加羅義則! 正々堂々勝負願う!」

 義則の言葉に武吉は「応!」と応じると采配を振り降ろす。

 それに応じて兵達が歓声を上げる。

「鉄砲小早前へ!! 関船はその後に続け!!」

 武吉の言葉に応じて、鉄砲小早が前に出るとその後ろに関船が続いた。



「魚鱗の陣を取れ! 叩き返してやれ!」

 義則の声に応じるように各船が陣形を整える。

「弓隊放て! 目標は左端の小早!」

 彼は明確に射撃目標を指示した。

 弓衆は素早く彼の指示に応じると矢を放つ。



「小早から先に狙うか」

 敵の反応を見て武吉はそう呟いた。

「鉄砲衆! 放て! 当てなくてもよい!!」

 彼はすぐさまそう叫ぶと鉄砲衆が一斉に射撃した。

 周囲が硝煙に包まれ、敵の射撃が一瞬止む。

「鉄砲小早は反転! 関船を前に!!」


「蹴散らせ」」



「ッ! 怯むなァ!! 撃ち続けよ!!」

 義則がそう叫ぶが、兵達は怯えきっている。

 初めて対峙する鉄砲というものに恐怖していた。

 何人かはそれでも弓を放っている。

 だが、敵は硝煙に包まれた敵にいくらはなっても手ごたえはない。

 その瞬間、煙の中から敵の船が出て来た。

「やれれた……!!」

 煙の中から続々と関船が姿を現す。

 その数5艘。

 僅か500程度の兵しかもたない義則に、それを止める術はなかった。



「加羅義則隊壊滅!!」

「解っている!」

 思わず一存はそう怒鳴りつけた。

 だが、苛立たずにはいられなかった。

 何故敵はこんなにも、強いのか。

 そう思案していると、前方から硝煙が少しばかり流れて来た。

「……敵は気候を味方に取ったか」

 一存はそう呟いた。

 鉄砲の硝煙だって普通はそんなに長くその場にはとどまらない。

 だが、風上から風下に向かって放てば敵を包み込むように硝煙が流れる。

「皆の者続け! 三好一門衆の力を見せてやる!」

 一存はそう声を上げると前進を命じた。



「次の敵は十河一存かと」

 貞道の言葉に武吉は満足げな笑みを浮かべた。

「三好一門か!」

 武吉はそう声を上げると自ら槍をもつと立ち上がった。

 その姿を見て兵達は歓声を上げた。

「一騎打ちと行こうではないか」

 彼の言葉にさらに兵達が沸き上がる。

 だが、その歓声もある一瞬の出来事で吹き飛ばされることになる。


「我が名は村上武吉!! 一騎打ちを所望いたす!」

 舳先に立った武吉がそう声を上げると十河一存の隊でも歓声が上がった。

「十河一存! 一騎打ちに応じようではないか!」

 一存の返答を聴けばさらにそれは大きくなった。

 両軍の部隊は500メートルの距離で停止すると、1艘づつ関船が前に出た。

「雑兵共の手出し無用!」

 一存の声に武吉は「無論!」と応じた。

 静かに近づいた2艘の関船は接舷すると両者ともに獲物を構えた。

 静寂が周囲を包み込む。

「いざ」


 一存がそう呟いた瞬間、水面が弾けた。



「両者そこまで! これ以降の戦は瀬戸内守が許さぬ!」


 現れたのは、2隻の大型帆船。

 そしてそこに乗っていたのは武吉の弟、大祝安吉であった。


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