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12話

「……ッ! 何が……」

 焙烙を投げ込まれた冬康は状況が把握できなかった。

 突如爆ぜた甲板と吹き飛ぶ破片に、兵達が傷つき阿鼻叫喚の地獄絵図であった。

 幸い、水夫たちに被害は無いようで、指示を求めて水夫の一人が上に上がって来た。

「これは……?!」

 驚きの声を上げる水夫をよそに冬康は立ち上がると、周囲をぐるりと見渡した。

 5艘ある安宅船のうち4艘が同じように甲板から煙上げている。

 残りの1艘と17艘の関船は無傷であるものの、陣は乱れていた。

「やられた」

 彼はそう呟くとよろよろと船べりへと向かう。

「殿!」

 水夫の一人が慌てて声をかけるが、冬康は首を振った。

 この状況に絶望して身投げするわけでもない。

 むしろその逆であった。

「損害を受けた船は後退!! 小豆島まで戻れ!」

 彼がそう大声を上げると煙の中から「お、応!」とわずかに声が帰って来た。

 どうやら、全滅した船はなさそうだ。

「関船2艘はこれに付き添い、沈む船があれば移乗せよ!」

 とにかく、陣を立て直さなければならない。

「儂は残った1艘の安宅船に乗り移る!」

 この傷付いた安宅船では陣頭指揮なんて採れない。

 冬康の言葉に水夫が「応!」と応じるとすぐに船は動き出した。

「やられたな」

 忌々しげに冬康は呟いた。



「冬康様の陣で爆発が……!!」

 戦闘の様子は後方にいる十河一存にも事細かく伝えられていた。

 陣内に敵の小早が侵入し、迎撃がままならぬまま焙烙を投げ込まれた結果、安宅船4艘が戦線を離脱したこと。

「たった一瞬で500の兵を損じたわけか」

 一存はそう呟くと、水平線を睨んだ。

「このままだと兄上は包囲されるな」

 敵の奇襲を受けた結果、右翼と左翼に展開した敵部隊を迎撃できず、みすみす前進を許している。

「敵右翼が堀田紀久が1000。左翼が鎌田正則が1200でございまする」

 兵のその言葉を聞いて一存は目を見開いた。

 そんなに兵を割いたのかと。

「もしや兄上は中央突破を狙ったのか」

 一存はようやく兄の真意に気が付いた。

 両翼にそれだけの兵を差し向ければ中央が薄くなる。

「……。ふむ」

 一存は顎に手を添えた。

 冬康が中央突破を狙っているのなら、一存の陣が右翼若しくは左翼に向かうのは逆効果だろう。

 むしろそれに続き、中央突破を助けるのが筋だ。

「よし」

 一存はそう呟くと何か決心を決めたようであった。

「後退して来る安宅船4艘と入れ違いで、こちらの安宅船4艘を前進させ兄上の陣に加える」

 


 後退していった安宅船と入れ違いで一存の安宅船が陣に加わった時、冬康は一瞬眉をひそめたが、すぐに「ありがたい」と呟いた。

「もはや兄としてのメンツなど気にしていられない」

 彼はそう漏らすと武吉の陣からもくもくと上がる狼煙を見上げた。

 始まる、彼の直感がそう告げていた。

「皆の衆! 恐れることなかれ!! 我らは歴戦の勇士ぞ!」

 冬康がそう言って拳を突きあげると皆が「応!!」と応じた。

 勇ましいその言葉も、表情は恐怖に染まっていた。

 すんでのところでそれを食い止めていたのは冬康の人徳と言って他ならなかった。

「……負け方も考えねば」

 冬康は小さく呟いた。



「包み込め!」

 武吉がそう叫んだ。

 直後、武吉にとっては僥倖ともなる出来事が起きた。

 潮と風が敵に向かって流れ始めたのだ。

 追い風、追い潮となった武吉の部隊はその勢いに乗って猛烈な速度で小早を先頭に敵陣へと迫る。



「弓衆、放て!」

 冬康は何が悪かったのかを理解する暇もなく、そう命じるほかなかった。

 だが、何発放とうと一向に当たる気配がない。

「一体何が悪いのだ……」

 冬康は理解できないと言った様に呟いた。



「鉄砲衆用意! 中央の安宅船を狙え!」

 武吉がそう叫ぶと、小早に乗り込んだ鉄砲衆が身を乗り出した。

「撃て!」

 その命令に兵達は素早く応じると鉄砲を放った。


 

 犠牲になったのは1艘の安宅船であった。

 集中砲火を受けた安宅船は見るも無残に穴だらけになった。

 それを見て冬康は息を飲んだ。

「これが、鉄砲か」

 だが、すぐに首を振ると采配を振る。

「関船を前に出せ! 体当たりしてでも小早を追い返すのだ!」

 射撃戦で小早を追い返せないのなら、白兵戦だ。

 関船で小早に体当たりすればいとも簡単に沈めることが出来るだろう。

「横隊を作れ! いつもと変わらぬ! 落ち着いて対処せよ!」

 


「鉄砲小早は一旦下がれ! 焙烙小早前へ!」

 敵の関船が前進して来たのを見るなり、武吉はそう叫んだ。

 武吉の部隊は部隊が細分化されており、鉄砲衆3名を基幹に槍衆と水夫で構成される鉄砲小早と鉄砲衆の代わりに焙烙の投擲手を乗せた焙烙小早の二種類があった。

 そして、槍衆10名と水夫10名で構成される小早もあった。

 これらを手足の様に操る。

「関船を焙烙で焼き払ってやれ!」

 


「敵の小早が入れ替わりまする!」

 冬康はその報告を聞いてハッとした。

 鉄砲はすぐに連射することは出来ないと長慶から聞いていた。

「入れ替わり立ち代わり撃たせるつもりか!」

 それは三段打ちに似た発想であった。

 装填の終わった隊を前に出し、射撃が終われば後方で装填していた隊が前に出る。

 だが、それをやるには無数の鉄砲が必要とされ非現実的とされたいた。

 それでも「武吉ならやりかねない」という発想が冬康の判断力を鈍らせた。

「物陰に隠れよ! 敵が鉄砲を放ち次第弓で応射しろ!」

 


「阿呆が」

 その光景を見て武吉はニヤリと嗤った。

 敵が鉄砲小早だと思っているのは焙烙小早で、敵が取っている行動は愚策の極みであった。

「燃やし尽くせ」

 武吉はニヤリと嗤うとそう冷酷に命じた。

 その直後、敵陣が爆ぜた。


「小早を下げろ! 関船と安宅船で決着をつける!」

 武吉はそう雄たけびを上げた。

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