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11話

「太鼓を鳴らせぇ!!」

 武吉に命じられ、前進した佐々木信胤は冬康の陣から1kmほど前で停止すると太鼓を打ち鳴らし始めた。

 そのリズムに合わせて兵達が「応、応」と低い声を響かせる。

 信胤は、その中心で天を見上げていた。

 周囲の兵達の声、太鼓の音。

 徐々に高まっていく熱気に心を躍らせていた。

 そして、──。


「法螺貝ならせぇい!!」

 彼がそう声を上げた瞬間、太鼓も兵達もその音をひそめた。

 その直後に、鳴らされた法螺貝の音。

「戦術がどうだのこうだの! 面倒くせぇ話は無しだ! 蹂躙しやがれ!!」

 信胤がそう雄たけびを上げると兵達が歓声で応じた。



「愉快愉快!!」

 それを見て笑っていたのは多賀信弘であった。

 信胤よりも一回り年上の彼は何度かこの海域で信胤であっていた。

 昔から何処か達観したような死生観を持ちながら豪気な性格に興味を抱いていた。

「我らも続きますか?」

 兵の問いに信弘はニイッと口角を釣り上げた。

「止めても聞かぬだろ?」

「小豆島ばかりに良いツラさせるのは癪に障りますので」

 信弘に臆することなく兵はそう答えた。

 その返答に信弘は笑い声をあげると

「武吉様は我らに一任してくれたのだからな」

 彼はそういうと、自分は悪くないとでも言いたげだった。

 首輪を付けなかった武吉が悪い、そう言いたそうであった。

「信胤殿に続け! 安宅など敵にあらず!」

 


「敵勢の一部が突出しておりまする!」

 その頃、冬康からは別の様に見えていた。

「規律も何もないのか」

 冬康はそう言って嘲笑った。

 秩序もなく飛び出して来た信弘と信胤の軍勢は一見ただの独断専行にしか見えなかった。

「叩き返すぞ」

 冬康は冷静に判断した。

 敵を寡兵と侮り、こちらまで陣を乱す必要はない。

「弓隊構えッ!」 

 彼がそう命じた瞬間、兵の一人がこう声を上げた。

「どれに狙いを定めればよろしいでしょうか?!」

 その問いに冬康は「各々にまかせる!」と答えるだけだった。

 陸上と海上の些細な差が表れ始めていた。

 直後、冬康は「撃て!」と鋭く命じた。



「そんな適当に放っても当たらぬわ」

 遠くから眺めていた武吉はそう嘲笑った。

 船は常に移動する。

 にもかかわらず、陸上と同じように敵を一つの塊と考え、各々が別々の船に矢を放ってもほとんど意味がない。

 弓を放ってから到達するまでの時間があまりにも長いのだ。

 陸上であればさしたる問題ではないが、常に移動する船となれば大きな問題となる。

「1艘、1艘しらみつぶしにするほかないんだよ」

 武吉はそう言って笑った。

 関船や安宅船であれば弓衆が10から20人は乗り込んでるだろう。

 矢を集中させ、濃密な弾幕を作れば小早のような軽快な船でも倒すことが出来るだろう。

「それか、鉄砲だな」

 一瞬で弾丸が到達する鉄砲ならその問題もなくなる。

「やはり、時代は鉄砲か」

 彼は静かにそう呟くと鉄砲を譲ってくれた弟にささやかな感謝の念を抱いた。



「そんなもの当たらぬわ!」

 その頃、信胤は小早の舳先に立つと豪快に笑っていた。

「殿! あぶのうございまする!」

 古参の兵が慌てて止めるが、信胤は聞く気配がない。

 敵が放つ矢はまるで狙いが定まっておらず、当たる気がしないが、万が一という物がある。

「もっと近づけろ! 焙烙を投げ込むぞ!」

 信胤はそう笑うと右手に焙烙を握った。

 その姿を見ると兵達は最早気に病むことを諦め「応!」と応じた。

 小さな島を根城にする彼らの強みはこれであった。

 頭領が威張るわけでもなく、部下が媚びへつらうわけでもなかった。

 勿論形式的には領主と領民という形での支配体制が成り立っているが、大名の支配状況と比べれば雲泥の差があった。

 よく言えば家臣と信胤は「悪友」に似たような友情に近いもので結ばれていた。

「小早だけ俺に続け! 関船は射程外で待機だ!」

 


「敵の小早がこちらに!!」

 兵の一人が恐怖にも見た感情で絶叫した。

 撃っても撃っても矢が当たらぬのを見て敵は恐怖に似た感情を抱き始めていた。

「追い返せ! 何が何でも!」

 冬康がそう怒鳴り声をあげる。

 もはや半狂乱状態であった。

「槍衆用意!!」

 何度弓を放っても近づいて来る小早を見て冬康はそう叫んだ。

 慌てて周囲の兵達が槍を持ち、敵の白兵戦に備える。

「何故だ、何故こうなった……」

 冬康は頭を抱えた。

 その直後、一艘の小早から焙烙が投げ込まれた。

「なっ?!」



「お前らぁ! 退くぞ!」

 信胤がそう声を上げると他の小早たちも安宅船にとりつくと焙烙を投げ込んだ。 

「応!」

 兵達が信胤の声に応じて声を上げる。

 すぐさま配下の船が反転し、武吉の陣を目指す。

「去り際に当たるんじゃねぇぞ!」

 信胤が冗談を言うと兵達が「殿こそ当たらぬことを祈っておりまする!」と笑い返した。

「負ける気がせぬな!」

 彼は小さくそう呟いた。



「信胤がやってくれたな!」

 武吉はその光景を見て嬉しそうに声を上げた。

 自らの自論が間違ていなかったことへの歓喜の声であった。

 いとも容易く1300の兵で3500もの兵を要する冬康の陣を乱した。

「よし、仕掛けるぞ」

 武吉はそう貞道に告げた。

 貞道は小さくうなずくと、背後の兵に鋭く下知を下す。

「狼煙を上げろぉ!!!」

 すぐさま真っ黒な煙が空高く上がる。

 それ見て右翼にと左翼に展開した堀田紀久と鎌田正則の隊が前進を開始した。

「我らも行くぞ」

 武吉がそう命じると貞道は「承知」と答える。

 遂に、総攻撃が始まろうとしていた。



「クソッタレ! 風が……ッ!」

 その頃、安吉は出陣の用意を終え、40門艦の島風と神風の2隻を率いて塩飽諸島に向かい急行していた。

 しかしながら、風が止まりその場にとどまらざるを得なくなっていた。

「こういう時、帆船は弱いな」

 安吉は忌々しげにそう呟いた。

「兵達に昼食を摂らせてもいいか?」

 紀忠の問いに安吉は「あぁ」と応じた。

 旧式の船であれば通常航行時は帆を張り、戦時や風のないときに櫓を漕ぐと言った運用もできるが、島風や神風にそのような設備はない。

「難しいもんだな」

 紀忠は安吉の気持ちを代弁するかのようにそう笑った。

「まったくだ」

「だが、それに勝る利がある」

 安吉が同意すると紀忠はそう続けた。

 その言葉に、安吉は小さくうなずくと水平線を見つめた。

 一か所から黒い狼煙が上がり、戦闘が開始している様であった。

「戦況はどうかな」

 紀忠のつぶやきに、安吉は「兄上が勝つ」と即答した。

 それを聞いて紀忠は意外そうな顔をした後、「それもそうだ」と頷いた。


「間違っても、冬康殿に死んでもらっては困る」


 安吉は心配そうな顔で水平線を見つめた。

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