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6話

「村上安吉でございまする」

 大三島の大山祇神社おおやまづみじんじゃの本殿にて安吉と安舎は対面していた。

堀田紀忠ほったのりただでございまする」

 松之助から紀忠と名を変えた彼は安舎に平伏する。

 そしてその横に並んでいた貞道も名乗ると頭を垂れた。

「久方ぶりであるな。息災であったか」

 安舎の問いに安吉は表を上げると答えた。

「兄共々、元気にやらせていただいておりまする」

 安吉の言葉に安舎は「そうかそうか」と嬉しそうに笑う。

 そして視線を少し後ろに向けると声をかけて手招きした。

 入ってきたのは美しい髪をなびかせる少女であった。

 年は17歳ほどだろうか。

「これは我が娘、名を小春と申す」

 そう言った安舎の言葉に応じるようにその少女は会釈した。

 小春は安舎の横に腰を静かに降ろす。

「この者たちがお主を護衛する。こちらに見える安吉殿は村上殿の弟君である」

 安舎の言葉に小春は目を見開いた。

 そして小さく唇が動いた。

「誰」

 困惑したような表情でそう顔が言っていた。

「大祝小春でございまする。長旅ではございますがよろしゅうお願いいたします」

 小春は恭しく頭を垂れる。

 そのわずかな動作だけで人を魅了するには十分なほどの美しさを持っていた。

「我等、身命を賭してお守り申し上げる所存にございまする」

 小春に応じるようにして安吉は頭を下げた。

 それを見て微笑む安舎。

「では、準備はできておりますので今すぐにでも」

 安舎はそういうと小春を手で促した。

 小春は立ち上がると下女を2名ほど従え、去っていった。

 それに続こうと立ち上がった安吉に対し、安舎は悲痛な顔で声をかけた。

「小春をお頼み申します」

 そう言った安舎の表情は父親のそれであった。



「ただいま戻った」

 大三島の左岸にある桟橋に戻った安吉は自らの乗ってきた関船せきぶねに乗り込むとそう言った。

 そこでは傅役である貞時が待っていた。

「どうでしたか?」

 その老いた男は安吉に含みを持って尋ねた。

 安吉は「大層な美人であった」と笑って答えた。

「楽しみでございまするな」と貞時はニカリと笑った。

(この助平爺め)

 海の男らしい言葉に安吉はニヤニヤと笑うと甲板の最上部へと出た。

 この関船は漕ぎ手が50名ほど乗り込み、兵士が30名ほど乗り込む中型船である。

 両隣には安吉の乗る関船よりも少し小柄な、貞道と紀忠の関船が並んでいる。

 更にその奥にはひと際大きい安宅船あたけぶねが鎮座している。

 これには水夫80名と兵士40名が乗り込む。

 ただ、それでさえ安宅船の中では小型というのだから驚きだ。

「殿、準備が整ったようでございまする」

 両隣の船を見るとどうやら貞道と紀忠の船ではすでに出港準備を終えたようで、さらに奥にいる安宅船も狼煙を上げて準備完了を告げている。

「……よし。舫綱もやいづな放せ!」

 安吉がそう命じると桟橋側にいた兵士が船首から桟橋に延びていた綱を解き放った。

「両舷後へ!」

 そして安吉はそう声を上げる。

 するとその命令がいくつも繰り返し伝えてられていき、両舷の50枚の櫂が後ろへと後進し始める。

「右舷櫂止め」

 安吉はある程度後進したところでそう命じた。

 それに応じるように右舷の櫂が止まり、徐々に船尾が右へと動いていく。

「両舷前へ!」

 船首が外へと指向し始めると安吉は再度命令を伝えた。

 ガクンと強い揺れが安吉を揺らすと船は前進を始めた。

「そのまま進路を保て」

 静かに安吉はそう命じた。

 大三島を発した4隻の船はそのまま堺を目指した。



「間もなく淡路でございまする」

 安吉が内部でくつろいでいると貞時が入ってきてそう伝えた。

 淡路、そこには細川氏配下の安宅あたぎ氏が居を構える。

「構わぬ。突き進め」

 三好と村上家はほぼ交流はないが敵対的というわけではない。

 むしろ友好的だ。

「既に通達は行っているはずだ」

 武吉によれば一応、安宅氏に使いを出したようではある。

 それ以外にも国人衆はいるようだが、たとえ襲われたとしても逃げ切る自信はある。

「進路そのまま! 臆することなくすすめ!」

 安吉はそう鋭く命じた。



「ここが、堺か」

 堺にたどり着いた安吉はそう驚きの声を上げた。

 この時代、堺という町は会合衆えごうしゅうという商人による自治組織によって統治されていた。

 故に、周辺の政権争いに巻き込まれることなく活発な商品のやり取りが繰り返されている。

「小春殿。何をご所望で?」

 桟橋から堺市内に入り大通りで目を点にする小春にそう尋ねた。

 かような年の女子だからもしかすると明などの簪とか衣類だろうか。

 しかし、そのためだけにここまで船旅でくるのだろうか?

 安吉はそんな疑問を浮かべていた。

顕本寺けんぽんじへ向かいます」

 そう応えた小春に安吉は驚いた。

 神道である大山祇神社の娘が仏門の寺に行く。

 現代の感覚で言えばなにか争いでも起きるのではと思うかもしれないがこの時代、仏教と神道は互いに過干渉することなく平穏に過ごしている。

「私一人で行く故、皆の者は好きになされよ」

 小春はそう振り返るとあっさりと言った。

 それに唖然としたのは紀忠と貞道であった。

 呆れてしまい、紀忠は配下の者たちを纏めると武具を取り扱っている地区へ、貞道は明より伝来した商品を多く取り扱う地区へと向かってしまった。

「……村上様は行かれないのです?」

 彼らの背中を寂し気に見つめたあと小春は安吉にそう尋ねた。

「小春殿をお守りいたせと安舎様に仰せつかった故。それと、名前で良うござる」

 その言葉を聞いて小春はくふと唇に袖を当てて笑った。

 安吉は表情に乏しかった小春の初めての表情に驚きつつも人間らしさを感じて安心した。

「それに何かお考えがあるのでしょう?」

 神主の娘が寺に行く。

 ただの参拝などということはないだろう。

 それにここは堺。

 もしかすれば市井に出回らないような品も寺ならば保有しているかもしれない。

「私は鉄砲を求めています」

 その言葉に安吉は心底驚いた。

 この時代、鉄砲の有効性を知っていた人物が何人いただろうか。

 しかもこの小春はただの神主の娘。

(尋常ではない)

 安吉はそう感じた。

「話には聞いておりまするぞ。なんでも非常に面白きものだとか」

 安吉はそう言って言葉をごまかした。

 相手がこの時代の人間である以上、その時代に沿った価値観で話さなければ何れ怪しまれる。

 この安吉の身体に入っている心が安吉ではないと武吉が気付けば。

 一体どうなるのだろうか。

 そう考えた安吉は身を震わせた。


「えぇ。騎馬武者が一瞬にして雑兵になぎ倒されますよ」


 小春はそう安吉に言葉を浴びせた。

 ハッと思い振り返った安吉。

 小春はそれにただ静かに微笑むだけであった。

もうこれで日刊ランキング1位は何度目なのでしょうか……。

予想外の伸びに正直驚いております。


一週間だけ毎日投稿し、それ以降は週一で投稿すると申してましたが、皆様のご期待に応えるべく、週一+αという形にさせていただきます。

必ず週一回投稿しそれ以外にも投稿するという場合がございます。

ぜひ、ご期待ください。


また、感想などお待ちしております。

ご一考の程よろしくお願いいたします。


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