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8話

「皆の衆、準備は良いか」

 小豆島から信胤が退いた後、すぐさま安宅冬康と堀内氏虎の軍勢が小豆島に入った。

 冬康の命令で略奪の類は固く禁じられ、兵達は港に船をつけることなく、沖に錨を下すのみであった。

 そして、その小豆島に各部隊の将が集っていた。

「応! 堀内氏虎以下、熊野衆1000。小豆島にて待機中!」

 素早く氏虎が声を上げる。

 それに続くように諸将が声を上げた。

「十河一存、讃岐衆1500。志度湾にて待機中。兄上、何時でも行けまする」

 この戦いには冬康の弟である十河一存まで参陣していた。

 三好長慶の弟が2人も参陣するこの戦は最早、地域紛争の域を脱していた。

「阿波衆が加羅義則500。同じく志度湾で錨泊中」

「端山友義! 和泉衆300。同じく」

 大別して、冬康の陣はこの4つの軍勢と冬康本人が指揮する2000の軍勢で構成されていた。

「総勢、5300。安宅船15艘、関船50艘、小早33艘」

 氏虎がすべてを合わせた数を冬康に伝える。

 関船を主力に安宅船が決戦兵力として備えるこの陣容は、まさしく天下人の水軍であった。

 普段、大阪湾や紀伊水道、播磨灘といった広い海域を主戦場とする彼ららしい陣容ともいえた。

「日比に向かう! 皆の衆、存分に注意し進軍せい」

 冬康の言葉に諸将は立ち上がった。

「瀬戸内の長は我ら三好家であると知らしめるぞ!」


「応!!」



「殿、最後尾の堀田衆が参陣致しました」

 それと同時刻、ようやく武吉の軍勢もそろった。

「総じて安宅船2艘、関船31艘、小早125艘。揃いました」

 貞道の報告を聞いた武吉は満足げな笑みを浮かべる。

 総兵力は5300。奇しくも、安宅冬康の総勢と全く同数であった。

 だが、その陣容は全く異なる物であった。

 安宅船や関船の数はでは大きく遅れを取っているが、小早の数は4倍にも及ぶ。

「敵も動いたか?」

 武吉の問いに貞道は「はっ、日比に向かって進軍しております」と答えた。

「そうか、迎撃すべきだと思うか?」

 ふと、武吉が貞道にそんなことを尋ねた。

 その問いは貞道を試すようなものではなく、自らの決断が揺らいでいるかのようにも感じた。

「日比の残存兵力と合流されると厄介この上ないかと」

 貞道の返答を聞いた武吉は「そう、だな」とまだ決心がつかない様であった。

「この戦に勝ったとして。何が残るのだろうか」

 武吉はそんな風に呟いた。

 聡明な弟は早々にこの瀬戸内海を棄てた。

 そして、一見迷走しているかに思える帆船建造も着実に進めている。

「安吉は何を見ているんだろうな」

 恐らく、武吉と三好家の対立だって彼の筋書きの中に在るはずだ。

「結局、安吉の掌の上か」

 武吉は諦めるようにそう呟いた。

 佐々木信胤にも同じことを尋ねられた。

 勝って何をするのかと。

 瀬戸内を我が手に。武吉はそう答えた。

「いや、忘れよう」

 武吉はそう呟いて目の前に広がる自らの軍勢を見つめた。

「俺は、勝ち続けなければならない。この能島村上家のために」

 安吉とは背負っているものがちがう。

 歴史の重みが違う。

「それが海賊の矜持だ」

 武吉の自問自答を貞道は静かに隣で聞いていただけだった。

 何も答えず、ただたたずんていた。

「貞道、今回も勝つぞ」

「はい」

 迷いを押し殺した武吉の言葉に、貞道は静かに応じた。

 そして、目線を鋭く結んだ武吉は采配を振り上げた。


「抜錨! 日比に入港せんとする、安宅冬康を叩く!」

 


 両軍はほぼ同時に出陣した。

 安宅冬康はその先陣に熊野海賊が長。

 堀内氏虎の1000を送った。

 対する村上武吉は難波泰房の800を先陣として出陣させると、その支援として塩飽衆の多賀信弘と佐々木信胤の1300を日比に向かわせるとその港を包囲させた。



「兄上! はじまるぞ!」

 窓に張り付いて戦場となるであろう海域を見つめる元泰はそう嬉しそうに声を上げた。

「何がそんなに楽しいのだ」

 元紀はそう言ってため息を吐きながら立ち上がると、元泰の隣に立った。

 彼らから見て向かって右に村上武吉。左には安宅冬康と言った様子だった。

「こんな戦が見れるのは一生に一度だ」

 元泰は目を輝かせてそう呟いた。

 出来ることなら、自分も参加したい。

 そんな勢いであった。

「下に敵がおるのだ、出陣はさせぬぞ」

 元紀はそう諫めるように言った。

 すでに日比の港は敵の軍勢に包囲されており、残された兵でそれを突破するのは不可能だった。

「むぅ……わかっておる」

 元泰はそう不満げに答える。

「それにしても、対照的だな」

 元紀はそう興味深そうにつぶやいた。

 村上家は小早を中心に、安宅家は関船を中心にその部隊が編成されている。

「兄上はどちらが勝つと思う」

 元泰は兄を試す様にそう尋ねた。

 彼は元紀が悩むのを期待していた。

 そして、戦が終わった後に自慢げに「ほら、村上家についていれば」と言うつもりであった。

「どちらも勝つ」

 元紀はそう答えた。

「なんだそりゃ。戦はどっちかが勝って、どっちかが負けるんだろうが」

 元泰はそう兄を馬鹿にするように笑った。

 これほどの規模に発展した戦いで両陣営が引き分けに満足するはずがない。

 必ず、明確な敗者が生まれる。

「戦には武吉が勝つだろうが、冬康様は政に勝つ」

 元紀の言葉に元泰は首をかしげてこうつぶやいた。

「やっぱり、俺には政はわからぬ」

「戦の腕は貴様に及ばぬ」

 お互い、反発する様でお互いを認め合っていた。

 二人は見つめ合うとケラケラと笑った。

「静かに見守るとしよう。この瀬戸内の未来を決める戦いを」

 海に視線を戻した元紀は元泰にそう笑った。



「あれが能島村上家か」

 先鋒1000の先頭を進む安宅船の舳先に氏虎は立っていた。

「小早ばかりですな!」

 氏虎の背後にいた兵がそう言って声を上げた。

 確かに海面をゆく村上家の軍勢のほとんどは小早ばかりであった。

「小早が50艘や100艘こようと我らの敵ではないな!」

 氏虎はそう言って笑った。

 それに兵達がつられて笑う。

「敵の先鋒を蹴散らすぞ! 一番槍はこの堀内氏虎が頂く!」

 彼は太刀を振り上げるとそう宣言すると兵達が「おぉっ!!」と歓声で応じた。

 戦場で大事なものは士気を如何に高くするかだ。

「両舷前へ! 恐れることなかれ!」

 


「敵は誰ぞ?!」

 その頃、難波泰房もまた氏虎の軍勢を発見していた。

「熊野海賊が長、堀内氏虎かと!」

 泰房の問いに傍に立っていた目の良い兵がそう答えた。

 氏虎の名を聞いた瞬間、泰房の口角が吊り上がった。

「熊野海賊か! 相手にとって不足なし!」

 そう声を上げる。

「しかし殿ぉ……敵は安宅船が2艘もおりますぞ」

 兵の一人が弱音を上げた。

 それを聞いて泰房は大きな笑い声をあげた。

「あのような鈍重な船、我らの敵ではないわ!」

 そう自身満々に笑う泰房を見て兵達は目を見合わせる。

「あれは鯨と思え! 我らはそれを喰らう鯱ぞ!」

 泰房の言葉を聞いて兵達は沸いた。

 必ずしも大きな船が強いわけではない。

「己が頭脳をつかい狡猾に敵を喰らってやれ!」

 

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