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7話

「枯木勢! 昨夜、夜陰に乗じ夜襲をかけるも失敗! 兵の内200程を失った様子!」

 翌日の朝、安宅冬康の元に夜襲の結果について報告がなされた。

 それを聞いた冬康は自らの無策ぶりを悔いた。

「氏虎を呼べ、小豆島を攻める」

 冬康はそう決意を固めた。

 やられっぱなしではいけない。

 枯木勢が決死の覚悟で村上家に夜襲をかけたのだ。

 連戦となれば流石の村上海賊と言えど士気が持たないだろう。




「殿! 志度湾に動きが」

 その頃、小豆島でも動きがあった。

 小豆島には南北朝時代より佐々木氏がその居を構えていた。

「我が代でまたも細川と刃を交えるか」

 当主、佐々木信胤はそう呟いた。

 いまから200年ほど前、佐々木氏は細川氏と果敢に戦い、1ヵ月も持ちこたえて見せた。

「志度湾の安宅衆、熊野衆に動きがありまする!」

「ついにか!」

 昨晩起きた塩飽諸島での戦いに乗じてのことだろう。

 戦意を滾らせる兵をよそに信胤はどこか飄々としていた。

「よし、退くぞ。塩飽へ向かう」

 その言葉を聞いて兵は驚いた。

「何を申しまするか!」

「勝てるのか、我ら800で」

 信胤はそう言って笑みを浮かべた。

 何処か諦めたようなその表情に兵は困惑した。

「悔しくはないのですか……?!」

 兵の言葉に信胤は鼻で嗤った。

「誇り、尊厳。そんなもの足枷だ。この乱世でいえるのはたった一つ」

 信胤は兵の肩を叩くと自慢げにこう伝えた。


「犬畜生と言われても、生きて、勝つことが武士道ぞ」

 


「小豆島勢が退いていきます!」

 意気揚々と出陣の用意を整える中、枯木家から驚くべき報告がもたらされた。

「なんと?!」

 その言葉に怒気と共に応えたのは、熊野水軍の頭領である堀内氏虎だった。

 戦の機会がようやく与えられたのにもかかわらず、このような仕打ちを食らえばストレスもたまるだろう。

「信虎、耐えよ」

 声音を低くして氏虎にそう忠告した。

「解った、このまま出陣し本陣を小豆島に移す」

「ッ! 追いましょう!」

 氏虎は冬康にそう食い下がったが、冬康はそれを一蹴した。

「ならん、罠かもしれない」

 枯木元紀が簡単に夜襲を破られたのを見て、油断するほど冬康は阿呆ではなかった。

 敵はただの海賊衆ではない。

 それなりに規律を持ち、将は狡猾である。

「全軍に出陣の用意をさせろ。総攻撃をかける」

 冬康の言葉に氏虎は目を輝かせ。

「なんと! 先にそれを言ってくれませぬと!」

 そう言ってわざとらしく迷惑そうなそぶりを取るがその表情は爛々としている。

 表情が二転三転とする氏虎を見て冬康は笑みをこぼした。

「主を頼りにしているぞ」

 冬康の言葉を聞いて氏虎は一瞬ぽかんとしたあと、口角を釣り上げ、不敵な笑みを浮かべた。


「村上家如き、鎧袖一触ですぞ」



「これが……村上海賊か」

 数時間後、佐々木信胤の部隊が塩飽諸島の錨地に辿り付いた。

 関船3艘、小早28艘を引き連れた彼の軍勢ですらかすむほどの軍勢がそこにはいた。

「佐々木信胤殿か?!」

 一艘の関船が近づいて来ると信胤に向かってそう誰何を投げかけた。

「如何にも! 小豆島衆が長、佐々木信胤である!」

「我は村上家が家臣難波泰房である!」

 その名を聞いて信胤はおぉ、と感嘆の声を上げた。

 難波家といえば、先代が非常に有能で陪臣という立場から直臣にまでのし上がった武将であると信胤も聞き及んでいた。

「軍勢は東の与島で塩飽衆の多賀信弘どの軍勢と共に錨泊していただきたい」

「承知、多賀殿とのなら安心である」

 信胤がそう言ってニカッと笑みを浮かべると泰房が続けて彼にこう伝えた。

「ご当主の信胤殿にあっては、武吉殿とご対面頂きたく」

 泰房の言葉に「おぉ! 会っていただけるのか」と仰々しく驚いた。

 信胤を見て泰房は苦笑いを浮かべると「勿論ですとも」と答えた。

「どうぞ、こちらへ」

 泰房がそう言って信胤を手招きした。

 どうやら、乗り移れと言う事らしい。

「又兵衛あとは頼んだ」

 信胤は背後に構えていた将にそう伝え、太刀を投げて渡すと、泰房の船へと跳んだ。

「なっ?!」

 距離は10メートルもあろうか。

 それを軽々と飛び越えた信胤に泰房は驚きの声を上げた。

「随分と船に慣れておられるようで」

 信胤は引きつった笑みを張り付けるとそう笑った。

「すこしばかり、な」

 


「其方が、佐々木信胤か」

 村上家の陣を割るように島へと向かっていくと、最奥に2艘の安宅船が鎮座していた。

「ハッ。関船3艘、小早28艘の総勢800。ただいま参陣致しました」

 信胤はそう言って跪く。

「小豆島を棄ててまでの参陣感謝する」

 武吉は謝意を述べるが、その瞳の奥には別の感情が見えていた。

 小賢しい奴め、そんな感情であった。

「武吉様が我らが小豆島を取り返していただけると信じているが故でございまする」

 そう言って信胤は媚びるような笑みを浮かべた。

「ふん、小賢しいな」

「それが、小領主の生き方ですので」

 率直な武吉の物言いに、信胤はそう言って飄々と笑った。

 武吉を前にこんな態度をとる信胤を見て泰房は内心穏やかではなかった。

 いつ、武吉の逆鱗に触れてもおかしくない。

「殿、一つだけよろしいでしょうか」

 信胤はそう声を上げた。

 構わん、武吉はそう答えた。

「この戦の先に、殿は何を見ておられますか」

 信胤の言葉に武吉は言葉を詰まらせた。

 そして暫し逡巡するとこう答えた。

「瀬戸内を我が手に」

 その言葉を聞いて信胤は小さく笑みを浮かべると、こう答えた。


「それは、大層なことですね」と。



「気に食わぬ」

 泰房の船に乗せられて与島へと向かう信胤の後姿を見て武吉はそう呟いた。

「如何したのですか?」

 背後で弓の手入れをしていた貞道がそう尋ねた。

 すると武吉は多きくため息を吐くと「食えぬやつよ」と笑った。

「弟君に似ておりますか?」

 貞道の問いに武吉は「なるほど」と呟いた。

「安吉も、この場にいればな」

 武吉はそう言って儚げな目で瀬戸内の海を見つめた。

 いつの日か、安吉と共に戦うことを夢見ていた。

 だが、これほどまでに方向性が違えばそれは難しいのかも知れない。

「貞道よ」

「はっ」

 ふと、武吉はこんなことを尋ねた。

「安吉と戦になったら、お前はどちらに付く?」

 その問いに貞道はため息を吐くと興味がないと言った風に手入れを終えた弓を背後に放り投げた。

 カランカランと甲板に転がる弓に目も向けず、武吉に向かってこう答えた。

「いつまでも、武吉様と共に」

 貞道の返答に武吉は「愚問だったか」と小さくこぼした。


「三好に勝って、どうする。か」

 小さく呟いた武吉の言葉に答える者はいなかった。 

 

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