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6話

「船を止めよ! 矢を番えよ! 火縄に火を灯せ! 逃げるのはここまでぞ! 敵を叩き潰す!!」

 武吉の雄たけび兵達は歓喜の声で応じた。

 彼率いる安宅船と関船、そして僅かばかりの小早で構成された船団は北から潮に乗って向かってくる元紀の軍勢に対して、船尾を向けるようにして停止した。

「我が方に負ける道理なし! 諸子諸君は奮迅努力せよ!」



「敵勢停止いたしました!」

 物見の兵がそう叫んだ瞬間、元紀は敵陣の異変に気が付いた。

「おい! 敵が少なくないか?!」

 元紀の声に兵達が騒めいた。

 最初に敵を見たときに比べて、少しばかり敵のかがり火が少ないように感じられる。

「さしたる問題ではございませぬ! 座礁でもして離脱したのではございませぬかな?」

 年老いた老兵がそう声を上げた。

 何度も戦を経験した彼の言葉に兵達は「おぉ」と感嘆の声を漏らすと納得した。

 本当にそうだろうか。

 だが、元紀はそう老兵に尋ねることは出来なかった。

 戦を直前にした今、兵達の中に動揺を与えてはならない。

「なるほど、さすがだな」

 結局、元紀はそういうほかなかった。

「かかれ! 地の利は我らにある!」

 元紀は、采配を振り下ろした。



「敵勢先鋒が鉄砲の射程内に入りました!」

 そのころ、武吉は目の前から迫って来る敵勢を見て笑みを浮かべていた。

「やつらは、鉄砲を知らぬようだな」

 何も対策せずに身を乗り出し矢を番える敵兵を見て武吉は勝利を確信した。

 数年ほど前までは武吉もその価値に懐疑的であったが、安吉の戦いを見てそれは変わった。

「雷鳴の如き砲声が鳴るたびに隣にいる誰かが死ぬ。それだけで敵は恐怖に陥る」

 鉄砲最大の利点は遠距離攻撃ではない。

 突然大きな音がなり、何が起きたかもわからずに味方が死ぬ。

 まるで魔術かのようなそれに敵は恐怖し、士気は崩壊する。

「撃て」

 武吉は、冷酷にそう命じた。

 すさまじい砲声と共に無数の弾丸が放たれる。

「各個の判断で再射撃! 弓衆も射れ!」

 すぐさま采配をふるう。

「敵を近寄らせるな!」

 小早に接近されるよりも早く、遠距離武器でこの勝負の趨勢を決める。

 幾度も放たれる銃弾に敵は勢いを失い、只潮に流されているだけになりつつあった。

「貞道、今だ」

 武吉は勝利を確信するとそう呟いた。



「かがり火に火を灯せ! 敵は此方に気付いておらぬ!」

 砲声が、貞道の鼓膜を揺らした。

 かがり火を消し、夜陰に紛れいた彼らは、南下していく元紀の軍勢を横目に、北に残っていた。

 結果、彼らの無防備な背後が貞道の前に広がっていた。

「焙烙を持て! 勝負を決するのは我らだ!」

 貞道の声に200程の兵が「応!」と応じた。

「両舷前へ! 枯木家など我らの相手ではない!」


 背後から突入した貞道は元紀の後列を崩壊させた。



「殿! 後ろから敵の兵が!!」

 元紀がその報告を聞いた瞬間、全ての辻褄があった。

 敵のかがり火が少なかった理由は全てこれだった。

「これだから村上家は!」 

 さも当然のようにこんな難易度の高いことをする。

 これだから、侮れない。

「敵の規模は?!」

「解りませぬ! 小早ばかりであるとは聞いておりますが!」

 その直後、元紀が乗る関船の後ろに陣取っていた関船が爆ぜた。

「もうここまで入り込んで来たのか!」

 元紀は忌々しげに叫んだ。

「鉄砲に焙烙に……! 奴らは我らの先を行っているな」

 元紀はそう呟くと肩を落とした。

 乾坤一擲のこの作戦は、村上家の手によって簡単にあしらわれた。

「退き陣だ、退くぞ」

 元紀はそう決断を下した。

 勝たなければならない戦だった。

 枯木家を存続させるために、この戦はなんとしても、勝たなければならなかった。

「しかし殿!」

「いいんだ。帰るぞ」

 元紀の言葉に、異論を並べる者はいなかった。


「武人の情けだ、追撃なんてしてくれるなよ」

 闇夜の奥に広がる武吉の陣に向かってそう呟くと身を翻した。

「全軍撤退! 生きて再起を図るぞ!」

 元紀の言葉に皆が「応」と力強く応じた。

 それを見て元紀は不思議と笑みが浮かんだ。

 絶望的状況のはずなのに。

 こんなにも士気が高い。


「籠城じゃ! 三好殿が来るまで守りとおすぞ!」

 



「殿! 枯木勢が! 退いていきます!」

 静かに戦況を見守っていた武吉は悦に浸っていた。

「帆船など邪道。これが正道」

 安吉が河野勢に対して帆船で無双したことは知っていた。

 だが、自分ならもっとうまくやれる。

 そんな自信が武吉にはあった。

「追撃はいらぬ! 貞道にもそう伝えよ!」

「よいのですか?!」

 武吉の言葉に兵がそう尋ねた。

「島の形も知らぬ中この闇夜で追撃などできるか」

 武吉は呆れたようにそう吐き捨てると退いていく元紀の軍勢を見つめた。


「引き際が早い。中々に有能か」



「兵糧を運び込め! 疲れているかとは思うが皆気張ってくれ!」

 城に戻るなり元紀は籠城仕度を始めた。

 この深夜に百姓を叩き起こすわけにもいかず、そのほとんどは彼の元で夜襲に参加した兵達だった。

「兄上! ただいま戻りましたぞ!」

 暫くすると、港から兵を引き連れた元泰が帰還した。

「よくぞ生きて帰った!」

 元紀は珍しく屈託のない笑みを浮かべると元泰の手を取った。

 元泰はそれにいかばかりか驚くとまた笑みを浮かべた。

「負けたそうじゃな!」

「次は負けんよ!」

 二人はそう言ってニイッと笑うと肩を叩いた。

 それを見て兵達が笑う。

「村上の者どもにはこの地蔵山城は落とせぬ」

 元紀はそう言って笑みを浮かべた。

 周囲を山に囲まれた日比の中心に少しばかり高い山がある。

 そこに枯木家の地蔵山城はあった。

「代々陸からの侵攻を防いできた我らに負ける道理なし!」

 元泰はそう言って大声で兵を鼓舞する。

 この言葉を聞いて兵達は沸いた。

 何度も、何度もこの枯木家は陸上の勢力から侵攻を受けて来た。

 だが、その全てをこの地蔵山城で撃退してきた。


「陸に生きる海賊衆の意地を見せつけてやる」

 元紀は塩飽諸島を睨みそう呟いた。

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