4話
「思ったより早かったな」
武吉が能島を出てから3日後。
彼率いる1000の能島衆は塩飽諸島に辿り付いた。
「貞道よ今回の戦で何度目だったか?」
「3度目になりまする」
貞道の返答に武吉は笑みを浮かべた。
一度目は大内家との戦い。
そして二度目は河野家との戦いであった。
「そうか、ならばよくみておけ」
武吉はそう言って自慢げな笑みを浮かべた。
「陸の者共と俺たちの違いを」
「これほどの大船が一挙に集うと壮観なものだな」
その頃、安宅冬康もまた軍勢を整えつつあった。
「能島の野蛮人共には悩まされていましたからな! これで一網打尽ですぞ!」
冬康の横でそう言って声を上げたのは熊野海賊衆の長、堀内氏虎であった。
彼らの視線の先には無数の大型船が錨を下ろしている。
「総じて安宅船は15艘! 関船は40艘! 負けるはずがありませんぞ!」
氏虎の笑みに冬康もまた満足げな笑みを浮かべていた。
中洲城沖の志度湾に集った大船たちはまさしく壮観で、天下人三好長慶の兵といっても恥なきものであった。
「我らの兵は5300! それに枯木元紀が率いる1200の兵がいる! 負けるはずございませんな!」
そう言って冬康をおだてる氏虎。
「敵は小さな小早ばかりであると聞く。聞けば安宅船は2艘に留まるという」
「なんと! 残りは小早ですかな?!」
氏虎の問いに冬康は頷いた。
治める海域が違えば船も違う。
今回の戦でそれは明確に船の大きさという形出ていた。
村上家の主力は小早であり、それを支援する関船と、指揮者が乗る安宅船としているのに対して、三好家は少し違った。
主力は関船であり、関船で戦線を構築した後安宅船で勝敗を決するという戦い方を主としていた。
この戦い方は陸戦に近いものがあり、三好家の豊富な陸戦の経験を活かすことが出来た。
「海戦も陸戦もかわらぬ。結局は人同士の戦いと言う事だ」
冬康はそう呟いた。
「兄上、敵勢の素性が判明いたしましたぞ」
「誠か!」
その頃、日比の元紀は弟の元泰を塩飽諸島への偵察に出していた。
目的はただ一つ、村上家の中でも誰の兵が来たのかと言う事。
「安宅船が2艘おりまして」
元泰は座り込むとそう口を開いた。
その言葉を聞いた瞬間、元紀は目眩がした。
能島村上家の安宅船というのは、他の家でいう安宅船とは大きな違いがある。
西瀬戸内海一体を支配する村上家の権威を示すものであり、戦に村上家の安宅船が出てくればそれはまさしく『本気』ということであった。
「その中に、村上武吉の姿を確認致した」
「……やはりか」
元泰の言葉を聞いて元紀はため息を吐いた。
「敵勢は小早が主力のようで、島を渡りながらこちらへ向かっているようです」
その言葉に元紀はハッとした。
「もしや、今塩飽諸島にはそれほどの兵はおらぬのか?」
元紀の問いに元泰はニイッと笑みを浮かべた。
そして、地図を取り出すと塩飽諸島の中でもひときわ大きい島を指さした。
「笠島、ここに居る敵勢は僅か1500。あとはまだ後方に」
武吉の誤算があったとすればこの時だろう。
日比の枯木元紀は20隻の小早を有しており、偵察能力が非常に優れていた。
「小豆島の敵勢は?」
「およそ、800」
一つずつピースをはめ込んでいくように元紀は元泰に尋ねる。
「援軍は?」
「5000の兵が志度湾ですでに待機していまする」
「先手?」
「必勝」
すべてのピースがはめ込まれた。
この日比はあと3日もすれば終結を終えた能島村上家の兵5000によって総攻めにされるだろう。
だが、今なら目の前の敵はすべて合わせても2300。
対してこちらは日比の兵が1200に志度湾で待機する5000の援軍。
「仕掛けるなら今しかあるまい」
そうニヤッと笑った元紀に元泰は満面の笑みを浮かべた。
「戦か」
「あぁ」
「塩飽諸島の村上武吉を討つ! 兵を出せ!」
「敵襲! 敵襲!!」
その日の夜。
武吉の能島衆が錨を下す塩飽諸島、本島から東に2kmの与島にて休息をとる多賀信弘は夜襲を受けていた。
「落ち着けぇい! 敵は何処か?!」
慌てる兵にそう喝を入れる。
「北東より! 小早10艘ほどかと!」
すぐさま帰って来た返答に「慌てなければ負けることはないぞ」と余裕ありげに笑みを浮かべた。
そして言われた通りに北東を睨むと海上にポツリポツリとかがり火の光が見える。
「敵は港に停泊する我らの船に火矢を射かけて逃げていったようです!」
「追いまするか?!」
殺気立つ兵達をよそに信弘はじいっと海を眺めた。
そして、静かに命じた。
「まずは火を消せ。無事な船はすぐに儂と共に海に出るぞ」
「応!!」
信弘の言葉を聞いて弾かれたように港に向かう家臣たちを見て信弘は笑みを浮かべた。
なんと頼もしきかな。
「さぁて、武吉殿に忠義をお見せいたすとするかな」
「与島沖に船がおるようです」
その頃、本島の貞道からも与島の様子は見て取れていた。
「島に向かって火矢を放っておるな」
騒ぎを聞きつけた武吉が貞道の横に立つ。
一瞬驚いた貞道だが、すぐに「兵を出しますか?」と尋ねた。
それに武吉は静かに首を振る。
「敵はあれだけではあるまい。あの兵は信弘殿にお任せするとしよう」
武吉はそういうと身を翻した。
そして本島の港に停泊する小早に目を向けるとこう鋭く命じた。
「舫を放て! 錨を揚げろ! すぐこちらにも兵はくるぞ!」
「元泰様夜襲に成功! 敵をおびき出し南東に逃げているようです!」
その頃、元紀は兵1000を率いて本島北東、与島から見て真北に存在する櫃石島に兵を移動させていた。
兵達にはかがり火を灯させず、隠密行動に勤めていた
「わずか200で500の兵をおびき出すとはさすが元泰よ」
元紀は自慢げにそう笑った。
彼ら兄弟は何度も対立したりぶつかり合ってきたが、互いに認め合っていた。
故に元紀は主君であれ、元泰は一門衆筆頭であれたのだ。
「我らも動くぞ」
元紀がそう呟くと兵達が一斉に「応」と応じた。
「かがり火を灯せ! 本島に向かうぞ!」
「やっぱりいたか」
その頃、武吉は眉間に皺をよせていた。
与島を奇襲した敵が陽動だということは分かっていたが、まさか。
「全兵力をだしてくるとはな」
「合理的かと」
そう呟いた武吉に貞道はそう答えた。
彼の言葉を聞いて武吉は「若いな」と呟いた。
「合理的であろうと実行できるかは別だ。家中が纏まっていなければ本拠地を空にするなんてできない」
武吉はそう笑みを浮かべる。
敵を侮っていた。
「敵は手練れの海賊ぞ。三好の半端者だと思うなかれ」
武吉の言葉に貞道は息を飲んだ。
まともに海賊と戦うのはこれが初めてであった。
今までは、河野家の水軍衆やら大内家の水軍衆であり、海のみの生業にしている者たちではなかった。
ゴクリと息を飲む貞道をよそに武吉は采配を振り上げた。
「我ら能島村上家が日比の枯木ごときに負けたとなれば末代までの恥ぞ!」
「応!!」
武吉の言葉に兵が大歓声で応じる。
「櫓を持て! 武具を持て!」
「応!!」
各々手に持った武器を掲げる。
「我ら能島村上家! 死地は海にあり!」
「応!!」
兵達はその言葉で死を覚悟する。
「出陣!! 敵は枯木元紀! 手練れの海賊衆ぞ!!」
1551年2月21日。
後の世で日比灘の戦いと呼ばれる海戦の火蓋が切られた。




