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2話

「殿! 能島の武吉様より書状が参りました!」

 そのころ、安吉は自室からツボミを付け始めた梅を眺めていた。

「そんなに慌ててどうしたんだ」

 安吉はそう言って小姓を諫めるように笑った。

 小姓はそれに「申しわけございませぬ」と答えると安吉に書状を手渡した。

「ふむ、確かに兄上だな」

 そう言って安吉は包みを解く。

 ゆっくりと文面に目を通す安吉だったが、次第に表情が険しくなる。

「日比の枯木海賊を攻めるだと?!」

 安吉は信じられないといった様に声を上げる。

 これは安吉の失策だった。

 三好の権威を前に瀬戸内の海賊衆の多くは三好に付くと思っていたのだ。

 それでも武吉の兵とこの大三島の後ろ盾があれば五分だと思っていた。

 しかし、海賊衆のほとんどが武吉についてしまった。

 それは塩飽諸島と小豆島も同じであった。

 塩飽諸島と小豆島を結ぶ中間点に日比海賊は位置する。

 武吉にとってみれば邪魔で仕方ないはずだ。

「能島村上家とはこれほどに強大だったのか」

 安吉はそう言って呟いた。

 陸上の覇者よりも海の覇者に従うという海賊衆の心意気に安吉は驚いていた。

「この情報は何処にも漏らすな。よいな」

 安吉はそう言って小姓を睨んだ。

 そしてこう言葉をつづけた。

「紀忠をにこう伝えろ『島風を用意せよ』と」

「承知仕りました!」

 安吉の言葉に小姓はそう答えると勢いよくその場を去っていった。


「冷戦構造など夢を見過ぎたか……」




「殿、能島衆1000。召集が完了いたしました」

 武吉が5000の召集を命じてから僅か半日で1000の兵が能島に集った。

 彼らのほとんどは周辺諸島にいる漁師を生業をする者たちで、能島村上家でも指折りの精鋭部隊でもあった。

「うむ。能島衆は俺と共に塩飽へと向かう。残りは現地で集合せよ」

 武吉はそう下知すると立ち上がり、家臣たちに向かって仁王立ちした。

 大祝家では内紛に乗じ家臣団の一新が成されたが、この能島でも家臣の顔ぶれは大きく変わっていた。

「叔父上、留守を頼みます」

 武吉はそう言って隆重に頭を垂れた。

 南の伊予が三好の勢力下にある以上、能島を空にすることは出来ない。

「うむ、任せるがいい」

 隆重はどこか疲れ切った表情でそう答える。

 その返答を聞いた武吉は満足げに頷くと采配を振り上げた。

 いざ、出陣。そう言い放とうとした瞬間、ドスドスと足音が響いた。

「何奴!」

 貞道がそう言って声を上げ、腰の太刀に手を添える。

 その直後、大きな音を立てて襖が開け放たれた。

「御免仕る!!」

 現れたのは安吉であった。

「おぉ安吉。如何した」

 武吉は何処か不機嫌そうな表情でそう尋ねる。

 それに、安吉は表情一つ変えず答える。

「兄上、ご出陣は取りやめください」

 その言葉を聞いて武吉はぽかんとした。

 能島の家老たちもそれは同じだった。

 特に紀忠の父、紀久は大笑いして「安吉殿も冗談が上手くなられた!」などとぬかしている。

「兵を集めた、今更『出陣は取りやめる』など道理が通らんだろう」

「そこを承知でお願い申し上げておりまする」

 武吉の諭すような言葉に安吉は素早く答えた。

 そうなると家老たちもこれが安吉の冗談ではないということに気が付き始めた。

「鎮海公方と刃を交えて何になりまする」

 安吉はそう冷静に訊ねた。

 今此処で三好と対立すると言う事は、背後にいる朝廷や幕府と対立することになる。

 確かに暫くの内は海上戦力の優位性を上に戦えるかもしれない。

 だが、少し時間が立てば陸上からの食料が断たれ、立ち行かなくなる。

「日比はまだ三好にしたがっておるだけじゃ」

 武吉はそう答えた。

 まだ、三好の配下にある訳じゃない。

「それにだな」

 武吉はそう言って安吉の前に立つとこう言い放った。


「我らは海賊衆だぞ? 鎮海公方だの瀬戸内守など、あずかり知らぬ」

 

 その言葉に、安吉は衝撃を受けた。

 だが、武吉はそんな安吉を気に留めることもなくこう言い放った。


「出陣じゃ! 塩飽諸島へと向かうぞ!」

 


「安吉」

 評定の間に取り残された安吉に声をかけたのは、隆重であった。

「叔父上」

 隆重は安吉の横に座ると肩に手を置いた。

 昔は武吉の貢献者として権威を振るっていた隆重も、最近は手綱を握り切れていない。

「殿はああいう人なのだ。お主も知っておろう」

 隆重の言葉に安吉は小さくうなずいた。

「幼き頃から能島村上家の当主として立派に働かれておる。許してやってほしい」

「……はっ」

 安吉は小さく答える。

 その返答を聞いた隆重は「うむ」と頷くと表情の間から島の周りに展開した戦船を眺める。

「我らが手で瀬戸内全てを治める。それではいかぬのか?」

 隆重の言葉に安吉はこう答えた。


「所詮、人は陸に生きるのです」


 その言葉を聞いて隆重は「儂もそう思う」と答えた。

「儂もかつては大内家に取り入り、大内家の庇護下での強大な能島村上家を目指した」

 隆重はそう言って天をみつめた。

 十数年前の家督争いで隆重と武吉は圧倒的劣勢だった。

 それでも、家督争いを制すことが出来たのは大内家という大きな後ろ盾があったからだ。

「来島は河野、因島は小早川だった」

 南北に位置する両村上家も同じだった。

 そして、大祝も。

「だがな。武吉は我が二足で独り立ちしようとしている。儂はそれを応援したい」

 隆重はそう言ってどこか遠い眼を浮かべた。


「大祝はどうなのだ?」

 

 安吉は答えを窮した。

 今の大祝家は村上家と三好家の板挟みにあっている。

「瀬戸内守として、勤めを果たすまで」

 そう答える仕方なかった。

 どちらに味方するともいえぬ状況だった。

「そうじゃな、そうするほかないだろう」

 隆重は大きくため息を吐いた。

 そして、安吉にこう微笑みかけた。

「できれば、戦いたくはないのう」




「どうするんだ」

 能島から大三島への帰路。

 神風の甲板でぼうっとしていると紀忠にそう尋ねられた。

「黙って指を咥えていれば、武吉様は日比を落とすぞ」

 日比海賊は周辺海域では大きな力を持つ。

 その気になれば2000の兵を用立てするだろう。

 だが、武吉率いる5000の兵を前にしては木端も当然だ。

「三好もまさか、こんなに早く兄上が動くとは思っていまい」

 安吉はそう言ってため息を吐いた。

 すると紀忠が突拍子もないことを言い出した。

「もういっそ、三好と戦えないのか?」

 その問いに安吉は笑った。

「能島と大祝、来島に因島の4家が手を合わせてようやく2万と少しの兵だぞ」

「三好はどれほどなのだ?」

 紀忠の問いに安吉はぶっきらぼうに答える。

「10万だよ」

 それを聞いて紀忠は大きな笑い声をあげた。

 2万対10万。

 まともに考えて勝てるはずがない。

「伊予の河野家が力を取り戻しつつある。10万など軽く超えるやもしれん」

 安吉はそう言って唇を尖らせた。

 それほどまでに、陸上の戦力というのは強大なのだ。

 三好家と能島村上家が支配下に置いている面積はさほど変わらない。

 だが、人の数は何倍、何十倍にも及ぶ。

「海に人は住めぬ」

 海賊衆などと言おうと結局は島という陸に頼っている。

 陸無くして人はいきれない。

「だが、兄上は分かっておられぬ」

「あまりにも強いからなぁ」

 そう、村上水軍は余りにも強いのだ。

 恐らく三好相手になら数ヶ月は持ちこたえられる。

 だが、その先には何もない。


「一度負ければ、気が変わるのだろうか……」


 安吉はそんな風に呟いた。



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