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5話

 その晩、能島城は飲めや歌えやの大宴会となっていた。

 この場に貞道と松之助、そして船丸もいるが、彼らは蚊帳の外であった。

「我等が主役のはずでは?」

 縁側に座って貞道はそう不服そうにつぶやいた。

 それに船丸は苦笑いすると、手元の杯を手に取ると一気に飲み干した。

「まぁまぁ。これが村上家流じゃぁないか」

 松之助は裸踊りを始めた家老を見ながらそう笑った。

 相変わらずこの家中の人間は宴を愛してやまない。

 そして主役を放置して自分たちだけで楽しくなる癖がある。

「ほほ、混ざらぬのか?」

 突然声を掛けられた三人は目を点にした。

 ハッと思い後ろに視線を向けるとそこには中太の見慣れぬ男がいた。

「大祝様!」

 咄嗟に声を上げた貞道。

 そして慌てて平伏した。

「よいよい、表を上げよ」

 安舎はそういうと縁側に腰を下ろす

「お主が一着の船丸じゃな」

 安舎は初対面であるのにも関わらず船丸を見抜くとそう尋ねた。

 見つめられた船丸は背筋が寒くなる悪寒を感じた。

(兄上とは違う恐ろしさがある)

 中太で優しい物腰のこの男も瀬戸内の益荒男なのだ。

 潜り抜けた死線は数えきれない。

「村上武吉が弟、船丸でございます」

 船丸の言葉に安舎はうんうんと頷く。

 そして口を開いた。

「なぜあのようにした?」

 その問いはあまりにも鋭かった。

 否、冷めていた。

 船丸は一瞬、怖気づいたがすぐに答えた。

「貞道殿、松之助殿。両名とも我が村上家自慢の船人ふなびと故、真っ向勝負では勝てませぬ」

「卑怯だとは思わなかったか?」

 続けられる安舎の問い。

 その批判は覚悟で船丸は動いていた。

 皆が律義に鯛先島を回ってくる中自分だけは能島と鯛先島の間を通る。

 それは卑怯と思えるかもしれない。

 だが――

「武士は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候」

 船丸はそう毅然と答えた。

 安舎は物怖じせぬ船丸の物言いにニヤリと笑うと頭に手をポンと乗せた。

「見事じゃった」

 そう言った安舎に船丸は歓喜のあまり目に涙を浮かべ「はい!」と答えた。

「そして、お主が貞道で、そちらが松之助かな?」

 尋ねられた貞道と松之助は驚きと共に平伏する。

 貞道はともかく、堀田家という小さな家の元服すらしていない嫡男の名を把握しているなど普通ではない。

「ハッ。私が嶋貞道、ここに控えるは――」

「堀田松之助と申しまする」

 そう言った二人を満足気に見た安舎は「二人とも、見事であった」。

 二人に諭すように言った安舎。

 一門の人間からの期待を一身に受けたものの奮闘叶わず二等と三等になってしまった二人が一番待ち望んでいた言葉だったのかもしれない。

 予想外の言葉に二人は涙を浮かべた。

「有難きっ……幸せっ……」

「勿体なき、お言葉……」

 声を震わせながら貞道はそう言い。

 松之助は感動で言葉が続かない。

「うぬらの健闘を祈る」

 安舎はそう言ってスルスルと闇の中へと消えていった。

 その後ろ姿をただ茫然と三人は見つめていた。



「おや、安舎殿」

 船丸たちの元から去っていった安舎は武吉の元へと訪れていた。

「船丸殿は良き将になりましょうなぁ」

 安舎はそう嬉しそうに笑った。

 武吉はそれに恥ずかしそうに笑うと酒を呷った。

「あの二人もよいでしょう?」

 そう自慢げに尋ねた武吉。

 安舎は中空を少し見つめると「よい武士もののふにはなるでしょうなぁ」と小さく零した。

「将ではないと?」

 不思議そうに尋ねた武吉。

「あの二人はよい走りだったが、最後に可能性を考えなかったゆえ」

 安舎の指摘は的を射ていた。

 後先考えずに目先の勝敗にこだわった松之助と貞道。

 対照的に目の前の勝利を捨て、最終的な勝利を勝ち取った船丸。

 ここに将としての資質の差が表れていた。

「相変わらずお厳しい」

 武吉はそう言って笑い、安舎に杯を差し出した。

 安舎は軽く頭を下げ、それを受け取ると一気に飲み干す。

「しかし良いのですか?」

 顔を紅潮させながら杯を武吉に手渡すと安舎はそう尋ねた。

「あの者らにも良い経験になるでしょう」

 武吉はそう答えると奥の方で縁側に座る三人を見つめた。 

 そして安舎に向き直るとこう言った。


「では、三人をよろしくお頼み申す」



 翌日、船丸を筆頭に貞道と松之助も呼ばれた。

「貴様らにはそろって初陣を経験してもらう」

 武吉はそう言った。

 その言葉に三人は目を見開いた。

「相手は何処にございまするか?」

 期待を胸に貞道はそう尋ねた。

「……あまり派手なものではない」

 そう言った武吉に松之助は目に見えて落胆した。

 武吉はその分かりやすい態度に微笑ましく思うと地図を背後から取り出した。

 三人は食い入るようにそれをのぞき込む。

「貴様らの初陣は護送任務だ」

 武吉はそう言って棒で能島の北西にある大三島を指した。

「護衛相手は大祝氏の安宅船。大三島から、ここだ」

 棒でゆっくりと航路をなぞる武吉。

 そのまま、東へと行く。

 淡路島を超え、紀伊を指した。

さかい。ここへ行け」

 武吉がそう言ったのは紀州の中心、堺。

 経済の中心地として発達し、国外の物も多く流通している。

「兄上、大三島から護衛する物は何なのです?」

 船丸はそう尋ねた。

 恐らくは国外の物。

 唐か、南蛮か。

「護衛対象は大祝安舎の娘、大祝小春おおほうりこはる

 その意外な言葉に松之助が反発した。

「俺らの初陣は姫様を送ることですかい?!」

 怒りに声を震わせ立ち上がった。

 松之助に武吉は声を張り上げた。

「静まれぇぃ!! よいかよく聞け! 我等村上家はたとえ積み荷がなんであろうと依頼された事は必ずこなす。それが出来なければ当家にはいらぬ!」

 巨漢の松之助でさえ、それには身を震わせた。

「心得たか?!」

 武吉はそう尋ねた。

 その問いに三人は「ハッ」と答え平伏した。


「よろしい。準備に取り掛かれ!」


 武吉はそう命じた。

 


 1月後、船丸と松之助の元服の儀が執り行われた。

 船丸の烏帽子親えぼしおやには武吉が就いた。

 加えて松之助の烏帽子親は貞道の父、貞義が務めた。

 船丸は安舎と武吉からいみなを一字ずつもらい受け、安吉やすよしと名を改めた。

 この日から戦国武将、村上安吉の英雄譚が始まったのであった。

少々短いですが5話とさせていただきます。

本日も日刊ランキング1位となることができました。

本当にありがとうございます。


今後とも励んでいきたいと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。


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