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55話

「……捕鯨ができぬとはどういうことだ?」

 貞時の言葉に安吉は苛立ちと共に尋ねた。

「そのままに、ございまする」

 彼はそう言って静かに答えた。

 そして、授業で使っている船の模型を二つ手に取ると安吉へ講義を始めた。

「捕鯨には母船と母船よりも小さな鯨を仕留める船に分かれまする」

 そう言って貞時は関船の模型と小早の模型を安吉にズイッと差し出した。

「帆船では小回りが利かぬのですよ」

 貞時はそう言って帆船の模型を一瞥した。

 安吉は彼に反論しようとした。

 まさかそんなはずはない。

 大航海時代、欧米諸国は太平洋で大型の帆船を使って──。

「ここは、瀬戸内なのですぞ」

 貞時は安吉を戒めるようにそう言った。

 ここは瀬戸内海。

 世界でも有数の難所と言われている。

「まさか、土佐まで行って捕鯨するわけではありますまい」

 貞時はそういって微笑んだ。

 確かに土佐沖の太平洋へ出てしまえば、帆船を使って捕鯨に勤しむことができるだろう。

 だが、それは現地の漁師との衝突を招くだろうし下手すれば土佐の大名と戦になるかもしれない。

「しかし、それがなぜ大祝が捕鯨できないという話につながる?」

 安吉の問いに貞時は「若は鯨がどこを回遊しているか知っておられるのですか?」と尋ねた。

「捕鯨というのは経験を積み重ねてようやく安定して結果を出せるものなのですぞ」

 その言葉を聞いて安吉は納得した。

 つまるところ……。

「その筆頭が越智氏でしたな」

 この前の内乱で、その技術は散逸してしまったわけだ。

「……もしかしてなのだが。俺はとんでもない失敗を犯したか?」

 安吉の問いに貞時は大きくため息を吐いて、静かに答えた。


「ようやく、お気づきになられましたか」


 そのあと、何度か議論を交わしたものの、結局大祝ではもはや捕鯨をすることは不可能という結論が出た。

 だからと言って鯨油を諦めるわけではなく、来島に依頼して捕鯨を行うということになった。

 安吉は渋々、来島村上家の通康に事情を記した書状を送った。

 現状の来島村上家は大祝家に従属するという形をとっている。

 大祝家の中では唯一、捕鯨を行うことが可能な勢力というわけだ。

 安吉からの書状を見た道康は最初、呆然とした後、苦笑いを浮かべてすぐに書状に返答を記した。

 


「道康殿が快諾してくれた」

 安吉の言葉を聞いて小春は満面の笑みを浮かべた。

「本当ですか!」

 ずいっと身を乗り出して尋ねてくる。

 それに安吉は苦笑いを浮かべると「借りを作ってしまったがな」と笑った。

「なら、火縄を譲渡致しましょう!」

 小春の言葉を聞いて安吉はハッとした。

 この間の戦で道康が配下になった。

 しかしながら、火縄銃の配備が遅々として進んでいない。

「……道康殿には旧式の船を使ってもらうか」

 安吉は小さくそう言った。

 越智隆実を筆頭に保守派の面々を打倒したのはいいが、その結果として今回のような不都合が生じた。

「よし、火縄と2艘の安宅船を代わりに譲渡しよう」

 安吉はそう言って立ち上がった。

 港にはまだ、越智隆実らが使っていた安宅船や関船が放置されているはずだ。

 その中でも状態のいいものを道康に渡してしまおうという目論見だ。

「時計作りに取り掛かっていない金細工師と、鍛冶師たちに火縄の増産を命じよう」

「道康様だけではないのですか?」

 小春の問いに、安吉はニカッと笑った。

 この際、大祝家の火縄をすべて新式の物に置き換えてしまえばいい。

 莫大な資金がかかるだろうが、城下の商業地区のおかげでその心配もない。

 そして、旧式の余った火縄を──。


「毛利、三好、河野、能島に流す」


 安吉はそう言って不敵な笑みを浮かべた。 



「殿、大三島からこのようなものが」

 安吉から贈られた火縄が三好の元へと届いた。

 中身を見た長慶は一瞬笑みを浮かべたものの、直後不思議そうな顔をした。

「……南蛮のものではないな」

 長慶の言葉に近くにいた一人の将が答えた。

 名は三枝良房。

 伊予攻めにおいて先陣を切った男であった。

「確かそれは大祝が自ら作っている火縄であったかと」

「どこかで見たのか」

 長慶の問いに良房はうなずくと「確か、湯築城の城下であったかと」と答えた。

 その言葉を聞きながら、長慶は安吉から贈られた手紙を開く。

「『瀬戸内が誠に平静足らんことを願い。天下人であられる長慶殿にこれを贈る』と来たか」

 長慶は手紙の内容を読み上げると放り投げた。

「気に食わぬ」

 彼は小さくそうこぼした。

 彼の言葉に首をかしげたのは安宅冬康であった。

「兄上。何が気に食わぬのですか」

「ふん、どうせこれを能島や河野にも送ってるぞ」

 長慶はそう吐き捨てた。

 つまりこれは勢力均衡化を狙う安吉の策であった。

 暗に「術中にあり」と言っているようなものだ。

「確かにわれらは今や京を抑え、残る敵もわずかとなった」

 長慶はそう言って地図を眺める。

 もはや近畿周辺で敵になるのは、六角程度であろう。

 足利家はほぼ配下に収め、筒井家や周辺の豪族も臣従を誓った。

 長慶は本来の歴史よりも11年早く近畿の覇者となったのだった。

 細川を下し、権力の中枢を手中に握った彼に陸上で敵う者など、もはや周辺にはいなかった。

 だが、彼らの勢いを脅かしかねないのが村上家であった。

 四国と近畿を結ぶ海域を三好家は何とか抑えているものの、村上家がここまで進出してくれば、四国か近畿を手放さなくてはならなくなってしまう。

「伊予の冬長に伝えよ。『何よりも優先して水軍を増強すべし。能島は敵だと心得よ』と」

 長慶はそう伝えると書状をしたためた。

 瀬戸内で、火の手が上がろうとしている。


 

 場所は変わり、伊予。

 一時は瀬戸内の覇者になりかけた河野家も一瞬にして三好家の配下に組み込まれ、道宣の養子となったのは三好長慶の弟、三好冬長。

 今は河野冬長と名乗っている。

「……壮観なもんだなぁ」

 湯築城の頂上から再建されつつある河野家の水軍を眺めて冬長は呟いた。

 長慶の書状が来るよりはるか以前から冬長は水軍の再建に注力していた。

 河野攻めの際に大祝家の軍勢を見た時から、彼は確信していた。


「これより先の時代で水軍は専門の者たちで構成されるべきである」

 

 この時代、水軍というのは常設されるものではなかった。

 商船などを借用し、陸上の戦闘部隊を乗船させ戦わせる。

 だが、村上家は違った。

 皆が船に慣れており、むしろ陸上の戦闘のほうが不慣れであった。

 揺れる船上と陸上ではあまりにも勝手が違う。

 専門に兵を育てることができれば、それは大きな糧となるだろう。

 事実、彼が再建した水軍は一糸乱れぬ船団行動を可能とし、その練度は村上家に迫った。

 それを見て悦に浸る冬長のもとに、一人の小姓が駆け上がってきた。

「殿、門の前でお目通りを願うものが」

 小姓の言葉に冬長は首をかしげると「何者か」と尋ねた。

 

「南蛮人のフランシスコ・ザビエルと名乗っておりまする」


 ついに、欧州の波が日本に到達しようとしていた。

 

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