表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/131

53話

「嘉丸! できそうか!!」

 それから数か月後の10月某日。

 時は1550年を過ぎ1551年を迎えようとしていた。

「こんなもの本当に作るんですかい!?」

 安吉の問いに造船技師である嘉丸は眉をひそめた。

「やってくれ」

 その言葉に嘉丸は溜息を吐いた。

 確かに今、彼のもとには安吉が創設した学校を卒業した優秀な者たちが集まっている。

 風鳴丸や海鳴丸を作った時に比べたらずいぶんと余裕があるはずだ。

「風鳴丸よりもさらに大型の船で、なおかつ砲は70門」

 嘉丸はそう言って図面をにらんだ。

 そこには全長50メートルにも及ぶ巨艦の姿があった。

 70門の主砲を三層の甲板に分けて配置したそれはのちの世で各国海軍の主力となる『70門戦列艦』とほぼ同等のものであった。

「それよりもやや小型の60門艦が4隻に、40門艦が10隻ですかい」

 嘉丸は頭を抱えたかった。

 正直なところ、最近造船所は手空きの者が増え持て余していたところだ。

 だが、これほどの大艦隊を建造するとなれば話は別だ。

「40門艦からの着手でもいいんですかい?」

「構わん。設計図通りに正確に作れ」

 安吉の言葉に嘉丸は安堵した。

「途中で設計変更なんて無いと信じておりやす」

 彼の言葉に安吉は笑みを浮かべて「任せろ」と答えた。

 船を作るうえで1隻目の反省を生かして2隻目の設計を変更することはよくある。

「最初の5隻は並列で作って構わん」

 より強固な船を作ろうと思えば1隻ずつ順次作りブラッシュアップしていくのが良いだろう。

 だが、安吉はそれよりも先に艦隊をそろえることにした。

「それだと船渠が1個あまりやす」

 いま、大三島の造船所が持つ船渠は10個。

 うち4個は商業用として使用され、残りの6個が軍事用とされている。

 嘉丸の言葉に安吉は穏やかな笑みを浮かべると微笑んだ。

「あぁ、商船を作ってくれ」

 その言葉に嘉丸は胸をなでおろした。

 安吉のことなら「70門艦」を作れと言い出しかねなかった。

 安堵した様子で嘉丸は安吉から図面を受け取るとそこには海鳴丸をやや寸胴にしたかのような帆船が描かれていた。


「あぁ、商用帆船を作ってくれ」


 嘉丸は絶望した。 



「安吉は瀬戸内を諦めたか」

 武吉は安吉の動きをつかんでいた。

 帆船の建造が一気に始まった代わりに安宅船や関船の多くが商人たちに払い下げられたのを確認した。

「おそらくは朝鮮にでも行くのだろう」

 武吉はそう吐き捨てた。

「まさか」

 隆重は信じられないとでもいったように言葉をこぼした。

 まだ戦は終わっていない。

 もっと言えば安芸で毛利が不穏な動きをしている今、安吉がそのような動きを始めた理由が不可解でしょうがなかった。

「つまり、われらに任せるつもりのようだ」

 いつになく、武吉は上機嫌だった。

 今まで、瀬戸内海で最大の経済圏を有していた大祝家が突如内乱を起こし軍備のその半分を失った。

 しかも今後は海外に目を向けるということらしい。

「安吉に遣いを送れ」

 武吉は急いで文を用意すると隆重にそう命じた。

「これを、確実に送るように」

 承知、隆重はそう言って頭を垂れると小姓を呼びその文を渡した。

 その様子を武吉はほほえましく眺めると笑った。

「瀬戸内は我らが手にある」

 


「兄上からの書状か」

 安吉は武吉からの書状を受け取ると嬉しそうに開いた。

「……何が書いてあったんですか?」

 それに対して、小春は警戒心をむき出しにしている。

 安吉が右から左へと視線を通すと「どう思う?」と小春に手渡した。

 彼女もまたその書状に目を通すと大きくため息を吐いた。

「瀬戸内は任せろ、ですか」

「三好にやるよりはマシだ」

 安吉の言葉に小春は小首をかしげた。

「……理想ではないですけど」

 小春の言葉に「どういうことだ?」と安吉は尋ねる。

 彼の問いに小春は小さく微笑むと箪笥の中から瀬戸内の地図を取り出した。

「勢力の均衡が平和をもたらします。特に三好と村上の二大構造は非常にいいと思うんですよ」

 ソ連とアメリカの冷戦のように。と彼女は続けた。

「つまりこの瀬戸内で冷戦構造を作ると?」

 安吉の問いに小春はうなずいた。

 彼女は囲碁の白と黒の駒をそれぞれ淡路島と能島に置いた。

「東西に置かれた両者の拠点は冷戦構造を起こすには最適です。たとえ境の地域で紛争が起きても簡単には落ちません」

 彼女はそう言って黒白入り混じった駒を瀬戸内海の中心部にばらまいた。

「我々は両者を取り持ちながらも、能島を経済的に支援します」

 小春はそう言って大三島に黒色の駒を置く。

 三好とも対立せず、それでいて能島を支援する。

「そのためにも、海外進出は必要不可欠。か」

 安吉はそう言ってつぶやいた。

 三好との冷戦を生き残るには莫大な資金源も必要だ。

 そのために海外市場を開拓するのは理にかなっている。

「よし、それで行こう」

 安吉はあっさりと小春の提案を受諾した

「いいのですか?」

 小春の問いに安吉はうなずいた。

「どうせ、評定で採決できるような内容でもない。それに、これ以上の策も思いつかない」

 安吉はそう言って小さく笑みを浮かべた。

 小春は少しばかり照れ笑いを浮かべると「わかりました」と応じた。



「安吉から、返答が来た」

 翌週の夜、安吉からの返答が武吉のもとへ届いた。

 武吉はその内容を目に通すと満足げな笑みを浮かべた。

「安吉は我らを支援するといってきおったわ!」

 武吉は手紙を隆重に投げつけると立ち上がった。

 彼からすれば安吉がこれ以上瀬戸内に進出しないと言う言質が取れればそれでよかった。

 だが、経済的な支援すら取り付けた。

「さすがはわが弟だ! なぁ!」

 武吉は豪快に笑って隆重に問いかけた。

「兄思いで助かりましたな」

 隆重はそう言って微笑んだ。

 だが、胸の中には疑問が渦巻いていた。

 いったい何が狙いだ。と。

 彼らとて戦力の立て直しに資金を使い果たそうとしているはず。

 それでいてなお、経済的に支援できるとは……?

「まさか本当に朝鮮進出でもするのか?」

 隆重は小さく呟いた。



 そのころ、三好長慶のもとにも安吉からの書状が届いていた。

 彼はすぐさま三好水軍の長である安宅冬康を呼び寄せるとその内容を伝えた。

「大祝が瀬戸内から手を引くらしい」

 その言葉を聞いた冬康は笑みを浮かべる。

「これで、瀬戸内は我らの手中ですかな」

 彼の問いに長慶は溜息を吐いた。

 そして地図を取り出すと瀬戸内海西部を指さした。

「能島の村上家が残っている」

 彼の言葉を聞いて冬康は首を傾げた。

「大祝が手を退くなら、村上家も今のまま収まるのでは?」

 冬康の問いに長慶は「それならよかったのだがな」と答えるともう一枚書状を取り出した。

 書状には武吉の軍勢が最近、活発化していることを知らせる旨が書かれていた。

「長門、周防、安芸、豊後沖の島周辺で村上家の船がいつもより活発に動いているらしい」

「周辺の海賊衆への威圧でしょうか」

 当該海域には小さな海賊衆が無数に存在する。

 村上家がそれらを吸収したとしたら……。

「我らが遅れを取りますな」

 三好家の水軍衆は堺、京都の経済力を基盤に数は村上家に匹敵するものの質が伴わない。

 そのうえ、数でも遅れをとるようなことがあれば……。

「我が家の影響力が低下する。それだけは避ける」

 長慶はそう言って瀬戸内海東方の海域を指さした。


「我らも周辺の海賊衆を味方につける」


 安吉の理想とした冷戦構造は着実に出来上がりつつあった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 井の中の蛙大海を知らずが故に井の中に固執する、か・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ