52話
「後世には傍若無人な大名として記録されるでしょうね」
すべてを終えた夜。
小春はそう不敵に笑った。
「越智家は根絶やした。保守派の者たちも領地召し上げ、若しくは斬首。これでいいんだろう?」
安吉は溜息を吐いて答えた。
反乱者への対応は二通り。
何もなかったかのように許すか、二度と逆らわぬように根絶やしにするか。
「えぇ、これで我が家は安泰です」
小春は後者を取るようにと、安吉に進言した。
結局、前者では見せしめにもならず強いて言えば家中の戦力低下を招かずに済むという程度の利点しかない。
「まずは家臣団の再編からだろうか」
安吉はそう酒を呷りながら小春に尋ねた。
今宵は酒がまずい。
「随分と美味しくなさそうにお酒をお飲みになられますね」
小春は羨ましそうに安吉を見つめた。
「つい先日までは酒を呑みかわした者を殺したのだぞ。正気でいられるか」
安吉はそう言って吐き捨てた。
彼の言葉を聞いて小春は溜息を吐いた。
「戦国で生きるにはお優しすぎます」
小春はそう言って微笑む。
「この世は兄だろうが、父だろうが、母だろうが。裏切るときは簡単に裏切るんですよ」
現実を突きつけるように小春はそう言った。
暗に「武吉に気を受けろ」と言っていたが、安吉はそんなことに気が付かなった。
「海の益荒男として共に船に乗ったものは信じたいんだ」
安吉はそう言って夜空を見つめた。
ひとたび船に乗れば友。
安吉はそう考えていた。
身分の違いはそりゃぁ必要だ。
だが、宴席ではその垣根を越えて命を預けあう友として語らいたい。
だからこそ、村上家の宴は無礼講で皆が好き勝手にやる。
「それに、旦那様は早とちりをしておられます」
小春は静かにそう言った。
安吉はそれに眉を動かした。
「まだ、やり残したことがあっただろうか?」
小春をうかがうように尋ねると、彼女はひどく冷たい表情をして言い放った。
「────を殺さなければ、また同じことが起きます」
小春の言葉に安吉は目を見開いた。
まさか、彼女の口からそんな言葉が出てくるとは思っていなかったのだ。
「いいのか」
安吉は深呼吸するとそう尋ねた。
すると小春は今にも泣きだしそうな顔で
「私たちの大志のために」
と絞り出すように答えた。
翌日、安吉は疲れ切った表情である人物のもとを訪れていた。
そこは、大山祇神社の本殿からさらに奥に行ったところにあった。
彼の権威を示すかのように本殿に負けず劣らず絢爛豪華な装飾が施されていた。
「越智隆実ら、逆賊を成敗いたしました」
安吉はそう言って初老の男に頭を下げた。
「……ご苦労であった」
初老の男──。
大祝安舎はしばらく溜めたあと安吉にそう伝えた。
「まさか、越智が反旗を翻すとはな」
安舎はそう言って安吉の持つ杯に酒を注いだ。
「拙者も予想外にございました」
安吉はそう答えると安舎の盃に酒を注ぐ。
思っていないことをよくも言えたものだと安舎は心の中で感じていた。
両者の動きは安舎も独自にある程度入手していた。
もちろん正確性には欠けていたが、隆実が動き出すと同時に安吉が動き出したことはわかっていた。
つまり隆実の謀反は安吉もつかんでいたというのに野放しにしていたことになる。
「これでお主の好きにできるな」
安舎は安吉にそう微笑みかけた。
彼とて、安吉の大志を否定するわけではない。
むしろ好意的だった。
「何のことですかな」
安吉はそう言ってごまかした。
だが、彼のやり方にはいささか疑問を感じていた。
流れずに済んだはずの血を自らのために流させた。
「まぁいい」
安舎はそう言って杯を飲み干すと安吉に杯を差し出した。
「お体に障りますよ」
安吉は安舎を気遣う。
それすら、安舎には罠であるように感じられた。
「どうせ、これが最期の酒じゃろう?」
安舎は率直にそう尋ねた。
直後、能面のような笑みを張り付けたまま安吉が硬直する。
「……わかっておられましたか」
しばらく考えた後安吉は溜息と共にそう答えた。
「周囲を紅衆が囲んでおるな?」
酔いが入ったかと思っていたが。
安舎の目は鋭く光っていた。
「わしを殺せばもう二度と家督関係で謀反は起こされまいな」
安舎は手酌で酒を注ぐと一気に飲み干すとそう吐き捨てた。
その姿はまるで死を覚悟しているようであった。
「妻には手を出すなよ?」
安舎は安吉を睨むとそう告げた。
「承知」
彼の言葉に安吉はそう言って頭を垂れた。
安舎の正妻は政略結婚でこの大祝家に来たものだった。
二人の間には子も恵まれなかったが、確かにそこには愛があった。
「息子よ」
死を覚悟した男は、養子に語り掛けた。
「我が屍を超え、大海へと羽ばたけ」
彼は大志のために糧となることを自ら選んだ。
直後、懐から1振りの小太刀を取り出すと自らの腹に突き立てた。
「安吉ぃ! 毒殺などと考えるではない!! 自らの手で儂を殺すのだ!」
安舎は最期の望みを叫んだ。
どうせ殺されるなら、安吉自ら。
安舎はそう思っていたに違いない。
安吉は震える手で立てかけていた太刀を手に取ると安舎のうなじに刃を当てた。
「瀬戸内なんぞで満足するのではないぞ!」
安舎は最期の力を振り絞って声を上げる。
「承知!!」
安吉は涙を流しながら一気に太刀を振り上げると、勢いそのままに振り下ろした。
翌日、安舎は暗殺されたとされた。
ありもしない不審者の情報をでっち上げた安吉は越智家の残党がやったとし、さらに旧保守派を締め付けていくこととなる。
安吉は旧来の軍備を放棄し、改革派を家臣団の中枢に据えることによって近代海軍を創設していく。
しかし、未来の技術を取り入れればいいというわけではない。
数年としないうちに、安吉は自らの安直さを悔いる。
「帆船を13隻追加で建造する」
新家臣団初の評定で安吉はそう宣言した。
以前から建造が決定していた2隻に加え13隻。
さらに風鳴丸と海鳴丸を合わせれば合計17隻にも及ぶ大艦隊を編成する物であった。
「異議のあるものは」
安吉の言葉に反論する者はいなかった。
彼らは瀬戸内の覇権を棄てた。
「瀬戸内が欲しいのなら三好にでもくれてやれ」
安吉はそう吐き捨てると日本近海が記された海図を取り出した。
「しかし! それより外はわれらのものだ! 南蛮人に我が物顔で使わせるわけにはいかぬのだ!」
その雄たけびに「応!」と家臣たちが応じる。
この日をもって大祝家は瀬戸内海の覇権争いから離脱した。




