51話
大山祇神社は本殿を中心に周囲を塀と堀で囲んでおり、一種の城郭と化している。
塀には狭間と呼ばれる鉄砲や弓矢を内側から放つことができる場所が設けられている。
「火縄用意!!」
安吉の言葉に外にいた兵たちは動揺した。
彼らからすれば中に安舎と元久がいるからうかつに手を出せない中、突如鉄砲を向けられれば動揺する。
「威嚇射撃! 撃て!」
安吉の声に応じて150人の紅衆が中空に向かって一斉に火縄を放った。
その一撃で敵は浮足立った。
直後、安吉は門を開け放ち、一人で敵勢の前へ歩んでいった。
「誰に刃向かっていると心得るか!! 我こそは鎮海府が瀬戸内の守護、大祝安吉ぞ!!」
似合わぬ口調での安吉の言葉に敵はざわついた。
「笑止! 越智隆実なんぞの甘言に騙されおって!」
安吉がそう挑発すると将の一人が前に一歩ずいっと出てきた。
甲冑に身を包んだ彼は堂々と反論した。
「安吉様が当主になられてからわれらは戦続きだ! これ以上はもはやいらぬ! 我らはこのままでいい!」
その言葉に安吉は溜息を吐いた。
やはり、改心させることは難しいらしい。
「戦うしかないか」
安吉はそう吐き捨てると門の中へと消えていった。
そして、兵たちに「次は当てろ」と伝えた。
保守派の者たちも次は当てられると察知しており、竹の楯を構える。
それを見て安吉はほくそ笑んだ。
「もはやそのような物は意味をなさぬ」
安吉はそう言って右手を振り上げ「構え!」と叫ぶ。
その声は外にいても聞こえ、包囲する敵兵たちは身構えた。
「撃て!」
安吉はそう言って右手を振り下ろすと同時に周囲を爆音と煙が包み込む。
直後敵の最前列に立つ兵たちがバタバタと倒れる。
「装填!」
安吉は鋭くそう指示を出した。
射撃を食らった敵は戦列が崩壊している。
「破城槌をもてぇ!!」
包囲する兵を指揮する越智義実が素早く命じる。
すると戦列の後ろから城門を破壊するための1本の丸太を持った8人の兵たちが現れる。
「弓で援護せい!」
弓兵たちを指揮する将の声に応じるようにして兵たちが弓を放ち破城槌を援護する。
「えい! えい!!」
破城槌を持つ者たちはそう声をそろえて門に丸太を打ち付ける。
内側にいる安吉は冷や汗をかいていた。
「ええい、やけに準備が良い」
破城槌が出てくるとは思っていなかった安吉はそう悪態を吐いた。
すでに門扉にはひびが入り、閂にかけた材木は今にも折れてしまいそうだ。
「槍衆! 用意!」
安吉がそう叫ぶと門の前に100ほどの槍を持った兵たちが集った。
彼らは紅衆ではなく、赤松門左衛門はじめ改革派の諸将が持つ兵たちだ。
「よいか! 紅衆が火縄を放った後に門を開け放ち一挙に突撃する! 覚悟はよいか!!」
安吉はそう言って太刀を抜き放つと天高く掲げた。
「紅衆! 構え!!」
その言葉に紅衆は火縄の銃床を肩に当てて構える。
敵の弓兵に照準を合わせる。
紅衆の装備する火縄銃は先の戦を教訓に改良されたもので、銃身が非常に長くなっている。
その精度と貫通力は過去の比ではない。
「放て!」
安吉は太刀を振り下ろした。
直後、2度の目の銃撃が敵を襲う。
「開門!!」
安吉の雄たけびと同時に門が勢いよく開け放たれる。
今まさに破城槌を突かんとしていた8人の兵たちは勢い余って中へとなだれ込んでしまう。
「殺せ」
安吉が冷酷に命じると槍が殺到した。
応戦する間もなく呆然とする敵兵は瞬く間に打ち取られた。
「者ども! 打って出るぞ! 俺に続け!」
安吉はそう叫ぶと太刀を掲げて城門の外へと打って出ていった。
「義実様お討ち死に!!!」
港を占領していた隆実に届いた報告はまさしく雷のようであった。
まさか250程度の兵で400の兵に対して打って出るとは思っていなかった。
もっと言えば安舎が隆実に呼応しなかったのも予想外の事態だった。
本来は安吉しかいない神社本殿に火を放ち確実に殺す予定だった。
だが、安舎や元久が神社内に立てこもってしまった。
「退路は断たれたか」
隆実はそうこぼした。
形勢は逆転した、西岸の港を抑えた隆実だが、東岸の居城に戻るには大山祇神社のある山道を通らなければならない。
「くそっ! 武吉の援軍はまだか!」
隆実はそう叫んで水平線をにらんだ。
武吉には前もって謀反を伝えている。
そして港を抑えれば2000の兵が来るはずだった。
だが、それは一向に現れない。
「いつになったら援軍はくるのだ!!」
「越智隆実、謀反」
武吉にその報告が届いたのは案外早かった。
彼の持つ諜報網は大三島に広く広がり安吉や隆実の一挙手一投足が事細かに伝えられていた。
「待機させていた2000の兵は大三島に送れ。大将は隆重とする」
武吉は確かに、2000の兵を送っていた。
「承知」
隆重は首を垂れると評定の間を出ていき、兵たちをまとめるとすぐさま出港した。
安吉は隆重が出港したのを確認すると嶋貞道を呼び寄せた。
「大三島東岸の甘崎に火を放て」
「承知仕りました」
貞道は首を垂れるとすぐさま去っていった。
それを確認すると武吉はふぅと溜息を吐いて不敵に笑った。
「隆実め、貴様なんぞを手助けするはずなかろう」
すべては武吉の思惑通りに進んでいた。
「村上隆重の軍勢が見えました!」
その報告に隆実は飛び跳ねた。
水平線を見れば確かにそこには無数の船がある。
その数は優に1000を超えるだろう。
「これでわれらの勝ちだ!」
隆実はそう喜んだ。
しかし、隆重の軍勢は予想外の動きをした。
港の直前で停止すると包囲するように横一列になった。
「……隆重殿はなにをしている! すぐに! すぐに!!」
隆実は狼狽していた。
港の見張り台に立つ彼からは東から迫る安吉の軍勢がよく見えた。
わずか250ばかりの軍勢であるはずなのにあちこちに配置した足止め用の部隊を軽く蹴散らしている。
その勢い、まさしく烈火の如くであった。
「火だ! あれは火だ!! 人には手が付けられぬ!」
隆実の混乱は頂点に達した。
嫡男の死、いまだに来ぬ援軍。
彼の混乱は300の兵に伝播する。
それでも何とか精神を保っていた。
だが、それも崩壊し。
「隆実様! このような矢文が沖の船から!」
兵の一人が慌てて隆実のもとに一通の矢文を持ってきた。
慌てて矢に結ばれた紙をほどき開く。
直後、隆実はうなだれた。
「誰が、貴様なんぞの味方をするか」
隆実に宛てられた手紙には端的にそう記されていた。
直後、村上家の船が一斉に動き大三島の港に殺到した。
瞬く間に越智家の者どもは打ち取られ、村上家の兵は安吉と合流した。
それと同時に甘崎城で突如火の手が上がり、有無をいう間もなく甘崎城は炎に包まれた。
「お見事」
大山祇神社に戻った安吉に声をかけたのは元久だった。
心にもないことを平然という彼に安吉は悪態を吐きたくなったが無視する。
「これで大祝家は瀬戸内での影響力を失ったな」
その言葉に安吉は立ち止まった。
この戦で保守派のほぼすべてを討ち取った。
謀反の芽を摘み取ったといえば聞こえはいいかもしれないが、その実態は大祝家を支える家臣団の半数を失ったことになる。
「これからは毛利の世だ、邪魔立てしてくれるなよ」
元久はそう言い残してその場を去っていった。
安吉は、苦虫を噛み潰した。
彼の言う通りだった。
降った者たちも大勢いる。
まだまだ、立て直せなくはない。
だが、ここで見逃せばまたいずれ謀反を起こされる。
関わったものすべてを殺さねばならなかった。
「……くそったれ」
兵たちが戦後処理を淡々と進めていく横で安吉はそう呟いた。




