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49話

「殿も考えたな」

 大三島の一角、安吉達の暮らす大山祇神社から数キロほど離れた場所にある越智邸。

 ここには隆実が常駐しており、越智家の領地は息子の義実が取り仕切っている。

「しかし良いのですか? あの話が破談になったり……」

 義実はそう言って心配そうに言った。

 越智家と武吉の間には密約がある。

「ふん、武吉が望むのは殿を当主の座からひきずりおろすことだ」

 隆実はそう言って目標を再確認した。

 今回の件で安吉の強引な手段に疑問を持った家臣も多くいるだろう。

「安舎様がわれらに味方してくださればこのような……」

 義実はそう言って頭を抱えた。

 隆実ら保守派は安舎を当主に復権させようとしているが、安舎自身にその気がないのではどうしようもない。

「なぜ、安舎様は安吉なんぞに……。養子に迎えるとすればわれら越智家だろうに」

 本来であれば大祝家の分家である越智家が子のない安舎に養子を送り込むのが順当であった。

 しかし突如として村上家の人間が現れ家督を簒奪していった。

「挙句の果てには帆船などと」

 義実は悔しそうにこぶしを握り締めた。

 安吉が軍備改革を進めるたびに旧式の船を装備する越智家への風当たりは強くなっていた。

 それに加え大祝家内で安吉と交流のある新興勢力が幅を利かせているというのもまた越智家にとっては面白くなかった。

「ふん、武吉も気に食わぬがな」

 隆実はそう言って面白くなさそうに言った。

 彼らからすれば海賊衆の武吉など由緒ある越智家の人間からすれば格下であり、野蛮人といっても等しいのだ。

「近畿で間もなく戦があるという。三好はそれにつられてしばらくは動けぬだろう」

 隆実はそう言った。

 それを聞いて義実は笑みを浮かべた。

「では、それに備え根回しを」

 義実の言葉に隆実は「ぬかりなきよう」と答えた。



「なんだか、久しぶりに会ったような気がしますね」

 安吉の自室には小春ともう一人、女性が来ていた。

 彼女の名はみつ、堺で身投げをしようとしていた彼女を安吉が救い、小春が侍女として登用した。

「それで、要件は?」

 安吉は小春の機嫌を損ねぬようにそう尋ねた。

 最近、安吉が侍女たちと話すと機嫌が悪くなってしまう。

「越智様の所に日々家臣たちが集まっておられるご様子で」

 みつの報告は大変興味深いものであった。

「……その顔触れは?」

 安吉は表情を一層真剣なものにさせ食い入るように顔をずいっと前に出した。

 視界の端で小春がやや不快そうな表情をしているが、気にしている暇はない。

「いわゆる保守派の面々です」

 その言葉に安吉は溜息を吐いた。

 前から家臣団同士の対立は何となく感じ取っていたが……。

「会話内容を盗み聞いてくれ」

 安吉は「できるか」ではなく、「やれ」と命じた。

 ここ最近のみつは侍女としての立場を最大限に利用していた。

 彼女のおかげで安吉は今まで家中での争いもなく、適切なかじ取りをすることができた。

「はぁ……。わかりました、お任せください」

 みつは溜息を吐くとそう答えて静かに立ち上がった。

「報酬は弾む」

 安吉の言葉に「金よりも休息が欲しゅうございまする」とみつは笑ってその場を去っていった。

 二人のやり取りをみて不快そうな表情を浮かべる少女が一人。

「ずいぶんと楽しそうですね」

 普段は大人びている小春だがその年齢はいまだ18ほど。

 精神的には不安定な年頃ではあるのだが、安吉は彼女にある違和感を抱いた。

「……癪に障ったか?」

 安吉の問いに小春は大きくため息を吐いた。

「旦那様は何もお気づきになられないのですか?」

 小春の問いに安吉はどこか変わったところがあるだろうかと小春の顔をじぃっと見つめた。

 安吉に見つめられた小春は「恥ずかしいのでやめてください」とプイッとそっぽを向いた。

「頬が紅いぞ?」

 安吉が小春を小ばかにしたように笑うと彼女はさらに顔を背けて「そういうことじゃないです!」と声を荒げた。

 何をそういら立つのだろうかと首をかしげる安吉に小春は溜息を吐いた。

「……おなか」

 小恥ずかしそうに言った小春の腹部に視線を移すと、以前よりもやや大きくなったようであった。

 肥えたのか? 思わずそう言いかけたが、小春の表情を見て安吉は察した。

「まさか」

 安吉がそうこぼすと小春は小さくうなずいた。

「子が、おるようです」

 その言葉に安吉は立ち上がった。

 こういう時にやることは決まっている。

「旦那様?」

 立ち上がった安吉に小春は怪訝そうな目を向ける。

 安吉は小春にニカッと笑いかけると口を大きく開いた。


「宴じゃ!!」



「……やっぱりこうなるのね」

 翌日の夜、突然決まった祝賀会にもかかわらず家中のほとんどの者たちが出席した。

 先に通された食事はすでに食べ終わり、今は皆が好きなように輪を作って談笑している。

 こういう酒の席になると上も下もなく、改革派も保守派もなく笑いあって酒を飲みかわすのだから不思議なものだと小春は眺めていた。

 彼女の旦那である安吉も家臣たちと談笑していて、小春は侍女のみつとつまみを食べていた。

「……酷いお方ですねぇ」

 小春を置き去りにして酒を呑み続ける安吉を見てみつは苦笑いを浮かべた。

 彼がともに酒を呑んでいるのが紀忠や門左衛門などの保守派だけだったら、小春は怒鳴りつけていただろうが、安吉は改革派の面々と酒を呑んでいた。

「まぁいいわ」

 小春はそう言うとみつが使っている杯に目をやった。

「ダメですよ?」

 みつは小春の表情を見ることなくそういった。

 彼女を堺で拾ってから数年、小春とみつの仲は非常に親密なものになっていた。

「むう……少しくらいいいでは無いですか」

 そう言ってむくれる小春にみつはそれでも酒を渡そうとしない。

「初めてのご懐妊なんですから、慎重に慎重を重ねても足りぬくらいです」

 みつはそう言って小春の平らげた器を見つめた。

 小さくため息を吐くと小春に指を突き付けた。

「お食事の制限はしませんが、酒は絶対にダメです。いいですね?」

 みつの言葉に小春はしょぼくれると「はい」と答えた。

「楽しそうじゃのう」

 突然後ろから男の声がした。

 その声は以前に比べて老け入り、やや弱弱しくなってしまってきていた。

「父上」

 小春が後ろを振り返るとそこには安舎の姿があった。

「これは、ご隠居様」

 みつはそう言って頭を垂れた。

 安舎は現在すべての公務から身を退き、隠居生活をしている。

 大山祇神社の神主は依然彼ということになっているが、現在は彼の従甥がその業務を引き継いだ。

「おぉ、儂の孫がここにおるのか」

 安舎はそう言って小春の腹を軽く撫でた。

「ふふ、これで我が大祝家も安泰ですね」

 小春がそう微笑むと安舎は一瞬表情を曇らせた。

 そして「う、うむそうじゃな」と言葉を濁した。

 安舎の反応を小春は気に留めることなくさらに会話を続けた。

 こうして、小春の妊娠祝いという名目の宴は過ぎていった。


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