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48話

「帆船の増強ができないと来ましたか」

 夜、安吉の自室で小春と安吉は向かい合って今後について話し合っていた。

「小回りが利かないから戦には向かぬと、隆実が言うておってな」

 本来、安吉の権限であれば隆実の発言など容易に握りつぶすことができる。

 そうするのも簡単だが、越智家と禍根を残せばそれは大祝家の弱点となる。

 いずれ我々が河野家にやったようなことを三好にやられてしまうだろう。

「ではどうするのですか?」

 小春の問い。

 風鳴丸と海鳴丸の二隻はそもそもが軍用を主として作られたわけではない。

 船員教育、外交、迎賓。

 多種多様な任務をこなす商船として建造した。

 この二隻では軍用に長く用いるにはやや不安がある。

 故に何としても軍用を主として作られた帆船が手元に欲しかった。

「そのための貞時よ」

 安吉はそう言ってある書状を小春に差し出した。

「……へぇ。考えたわね」

 それを見るなり小春は要領を得たように笑みを浮かべた。

 そこにはこう記されていた。


「風鳴丸及び海鳴丸の二隻を売却する」

 


「殿! 此度の決定は如何なものかと!」

 翌月の特別評定は荒れた。

 まず始まったのが先の論功行賞によって与えられた海域の問題に端を発し、改革派と保守派の利権争いが安吉の目の前で演じられていた。

 そして議題は風鳴丸と海鳴丸二隻へと移った。

「民草に大祝家が船を売ってはならぬと?」

 安吉は堂々と問いただした。

「風鳴丸と海鳴丸はわが大祝家が持つ技術の結晶であるはず! それを何故」

 そう言って声を荒げるのは越智隆実が息子、越智義実。

 この議題において隆実は静かに沈黙を貫いている。

「砲は降ろして売る、船員も付けぬ。これになんの問題があろうか」

 船の構造も極めて先進的なものであるが、見た程度でそれを完全にまねることができるとは思えない。

 安吉の言葉に義実は言葉を詰まらせた。

 ただ船を売るだけ、これを否定すれば大祝家の造船産業そのものを否定することになる。

 帆船の発注が滞っている今、大祝家の造船所では民間向けの漁船や輸送船が生産されている。

 そのほとんどが勢力を問わず各地の漁師や商人のもとへと渡る。

 これに少しばかり大きな船を加えたところで何の問題があろうか。

「買い手にアテはあるのですかな?」

 今まで沈黙を貫いた隆実が口を開いた。

 その問いに安吉は「いずれかの御仁がお買いになられるようで」と茶化すように笑った。

 隆実はすぐさま「どなたでしょうか?」と聞いてきたが安吉は「確定していない事項を伝えることはできぬ」と答えた。

「どうしても欲しいというのだ、それなりに価格は吊り上げるさ」

 安吉はそう言って口角を吊り上げると挑発的な笑みを浮かべた。



「うまくいきましたかね」

 その日の夜、安吉と小春はほくそ笑んでいた。

 今回の売却騒動、小春が大きく動いていた。

「安舎殿には迷惑をかけたな」

 安吉はそう言って杯を呷ると笑みを浮かべた。

「父上は最近怠けていらっしゃるようなのでよろしいかと」と微笑む。

 というのも、帆船の売却先は安舎であった。

 だが、金は一切動いていない。

 というのも売却時に発生した資金を次期帆船建造に充てるというものであった。

 つまり、安吉が造船工である嘉丸に払うはずであった資金を安舎が代わりに受け持つことで帆船を得たのであった。

 そして、嘉丸には先の戦においての論功行賞の一部に「軍備を整える礎」として1年間、税の免除をその親族に言い渡した。

 その代わりとして帆船を無料で発注したのだ。

 これは両者にとって得のあることで、安吉からすれば税を免除することで帆船を無料で手にすることができ、嘉丸からすれば安吉の持つ技術を図面という形で得ることができる。

 事実、海鳴丸建造後から嘉丸率いる工廠で作られた商船はその安定性がほかの造船所で作られたものに比べ復元力など倍以上の性能を示している。

 そのうわさを聞き付けた各地の商人たちによって嘉丸のもとに注文が殺到し、今や彼の一族が持つ船渠は20にも及ぶ。

「これから数年、軍用に用いる帆船は2隻までとするが! 練習船や貨物船はその限りではない!」

 安吉はそう雄たけびを上げると空をにらんだ。

 これから風鳴丸と海鳴丸はその武装のすべてを陸上に降ろし、今後は練習としてこの日本各地を回ることになるだろう。

「三好がなんだ、俺は俺の道を行く」

 そう言って安吉は一人でつぶやいていた。

 彼の背後では小春が静かに座り、微笑んでいた。



「戦がひと段落した隙を狙ったのだが、安吉め」

 打って変わって瀬戸内海の小島。

 そこには安吉に調略を仕掛けた張本人がいた。

「殿、この件が露見すれば大祝との関係が一挙に悪化するのでは?」

 重臣の問いに男は爪を噛んだ。

 どうやらずいぶんとイラついているらしい。

「兄より優れた弟などあってはならん」

 その男は村上武吉、安吉の兄であった。

「貴様は思わんのか? 安吉の持つ大三島をわれらの手中に収めることができればどれほどの富がわが手に来るのか、手にしてみたくはないか?」

 彼の瞳は野望に満ちていた。

「それに安吉が俺に先んじて瀬戸内の太守となったことも気に食わぬ」

 武吉の言葉は私怨そのものであったが、この時代では標準の感覚であった。

 常に年長者を立てるべきであり、次男が長男を官位が立場で追い抜くことなどタブーに近かった。

 だがそれは安吉にしてみれば安舎に養子入りした時点で村上家という枠組みを抜けていると考えていたが、武吉にとってはそうでなかったらしい。

「しかも我が物顔で大型の帆船まで作っている、到底許せたものではなかろう?」

 能島村上家ではその地位に応じて所持できる船の大きさが決まる。

 当然目上の者を差し置いて配下の者が巨大な船を作ることなど許されてはいない。

 武吉からすれば安吉は多少大きな船を作るだろうとは思っていたが、風鳴丸ほど大きな船を作るとは思っていなかったのである。

「しかも、断りもなく」

 武吉の私怨ではあるものの、言っていることは尤もであった。

 安吉の行為を容認していたは部下に示しが付かず、いずれ家臣団が崩壊するだろう。

 それゆえに重臣、村上隆重は何も言えずにいた。

「もし、越智隆実が謀反でも起こしたらどうするつもりですか?」

 隆重の問いに武吉はニヤリと笑みを浮かべて答える。


「もし、もしそうなったら。戦うしかないだろうなぁ」


 わざとらしい言葉に隆重は頭を抱えていた。 

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