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47話

「ややこしいことしやがる」

 がらりと静まり返った評定の間で紀忠と安吉は溜息を吐いた。

 京へ働きかけ、なんとか瀬戸内守という役職を手にし、瀬戸内海のすべてを手中に収めた、つもりであった。

 だが「度重なる非礼」とやらでそれを罷免され鎮海府という新たな組織を作られた。

 役職名は変わらず瀬戸内の警備であるが、力は大きく下がった。

 現状安吉は散位正五位上(役職なし)となり、役職自体は瀬戸内守護となった。

 重要なのは今まで上司といえるのは近衛前久以外いなかったが、鎮海府ができるとなれば話が変わる。

 しかもその上司が天下に手を伸ばそうとする三好長慶となれば……。

「いままで通り自由にはできぬな」

 安吉はそう言ってため息を吐いた。

 三好の従属要請を断るのは容易だが、上司である三好長慶の命令に違反すればそれは謀反ととられる。

 つまり今後は従属せずとも、三好の命令に従わねばならなくなる。

「どうする?」

 紀忠の問い。

「どうもこうもない。あくまで三好家よりやや一歩後ろの実力者として瀬戸内に君臨するまで」

 安吉の返答に紀忠は「小春殿が納得なさるかな」と小ばかにするように笑った。

 彼の言葉に安吉はうっと言葉を詰まらせる。

「ま、まぁ何とかするさ」

 安吉が困り眉でそういうと紀忠は他人事のように大笑いした。

 


「皆の衆、この度はご苦労であった」

 戦が終わってから初めての定例評定。

 2月に一度行われるそれは大祝家の大まかなかじ取りを決めるものであった。

 そのほかにも戦の前に行われる前評定や特段の議題がある場合に行われる特別評定などが不定期に行われている。

「大勝にございまするな」

 まずそう言って声を上げたのは向かって右側に座る赤松門右衛門であった。

 今回の戦で彼はずいぶんと地位を上げ、紅衆のなかでも上層を占めるようになった。

 門右衛門に続くように紀忠やほかの紅衆に近しい人間が声を上げる。

 その面々はほとんどが若々しく安吉に追随しようとする革新派の面々であった。

「……誠に見事なご手腕」

 やや遅れて頭を下げたのは左側に座る保守派筆頭の越智隆実。

 彼に続くようにして不満げな顔を浮かべた保守派の面々も頭を垂れた。

 今のところ、表立って歯向かってくるそぶりはない。

「うむ、みなよくやってくれた」

 安吉はそう答えて扇でパシリと床をたたき、「論功行賞といこう」と口を開いた。

 その瞬間、評定の間をピリリとした空気が支配した。

 この大祝家をはじめ、瀬戸内の海賊衆は戦の褒美に土地を得たりすることはほとんどない。

 代わりに、それぞれの海域の漁業権が認められる。

 これが陸上で言うところの土地であり、漁獲の一部を収めるのが年貢となる。

 しかし大祝家はその年貢を徴収していない。

 能島や来島、因島の村上家と同様に大祝家の収入のほとんどは通行料を徴収することによって成り立っている。

 それに加えて大祝家には造船業によって得た収入や各種の粗収入が多々あるためわざわざ年貢を徴収する必要もない。

 そのため与えられた海域で得られる漁獲のすべてがその土地を持つものに還元される。


 今回の戦で武勲一等とされたのは堀田紀忠とされ、その次点に赤松門右衛門と越智隆実が並んだ。

 この結果は実際の戦果よりも政治的側面が何よりも優先され、改革派と保守派の勢力が拮抗するようにと最大限に気を使った。

 この結果に不満げな者もいたものの、異を唱える者はいなかった。


「次の議題に移ろうか」

 安吉はそう口を開いた。

 今回の評定で最大の議題は論功行賞であったが、それと同程度の議題があった。

「今後の帆船は如何するかだ」

 安吉の言葉に反応したのは紅衆の面々であった。

 彼らは今回の戦で帆船が最も戦功をあげたため、帆船が増強されるのは道理であると考えていた。

 だが、それと同時に今回の戦では帆船の悪い面が顕著に表れた。

「海鳴丸と風鳴丸の二隻で十分かと」

 第一に口を開いたのは越智隆実であった。

 彼は視界の端で紀忠を一瞥するとこう続けた。

「帆船は、その強大な攻撃力と引き換えに機動性は安宅船よりも大きく劣りまする。これはこの瀬戸内で使うにはあまりにも酷すぎまする」

 隆実の追求にはある事例があった。

 来島へ救援に向かう最中、大野利通と香山幸田に率いられた敵勢を退けた後、島嶼部を通過しようとした際に機動性が足りず4艘の関船に綱を繋ぎその間を抜けたということがあった。

 それを知っている紀忠は隆実の追求に言葉を詰まらせた。

「しかしながら、湯築城やその周辺に存在する離れ小島への砲撃で多大な功績を上げたのもまた事実」

 口をつぐむ紀忠に代わり赤松門右衛門が口を開いた。

「いわば帆船は海に浮かぶ城である。そのようなものを多数所有してなんとする」

 すぐさま隆実は反論する。

 これには保守派の面々は満足げにうなずいた。

「帆船はその装備故喫水も深くこの瀬戸内で使うには大きすぎる」

 隆実の言葉には安吉も納得した。

 この瀬戸内で使うなら、海鳴丸と風鳴丸の二隻は大きすぎるだろう。

 かといって小さくすれば砲の搭載数が少なくなり、戦力としての価値が少なくなるだろう。

「しかも、あまりに大きな船を作れば周辺勢力を刺激することになるのでは?」

 隆実の問い。

 この言葉で安吉はあることを確信した。

「三好とはことを荒げたくありませぬな」

 隆実に保守派の面々がわざとらしく声を続けた。

 三好の内政介入。

 おそらくは越智隆実に調略を仕掛けたのだろう。

 考えてみれば簡単な話だ。

 大祝家や村上家の有する海上戦力を手っ取り早く得るには河野家にやったことと同じことをすればいい。

 内乱を起こさせ、降伏させ、養子を送り込む。

「ということだ、紀忠。よいか」

 安吉は溜息を吐くと、隆実の説得を一旦諦めた。

 何を言おうと相手は反論を用意しているだろうし、ここで「瀬戸内よりも外に目を向ける」などと公言すればそれはすぐさま三好に漏れるだろう。

 紀忠は安吉の表情をしばし凝視したのちに「承知」と深々と頭を下げた。

 それを見て隆実は満足そうな笑みを浮かべた。


 その後、紅衆のわずかばかりの増強が決定したばかりで評定は幕を閉じた。



「どうするつもりだ」

 紀忠はその日の夜、酒を呷りながら安吉に尋ねた。

 その表情は疲れ切っており、およそ老け切っている。

「新型の火縄は十分な成果を上げた、これはそのうち紅衆すべてに行き届くだろう」

 安吉は話題をそらすようにしてそういった。

「紅衆も増強された、だから──」

 その言葉を聞いて紀忠は杯を放り投げた。

 そして立ち上がると安吉を見下ろして怒鳴った。

「だから我慢しろとでもいうのか! おぬしは言ったな! 瀬戸内よりも外にある海を手中に収めると! それでは関船や安宅船では不相応だとわかりきっているはずだ! なのになぜ!」

 紀忠の言葉に安吉はうなだれた。

 安吉だって、自分の好きなようにできるのならすべて自分の一存ですべてを決めて自由にやってしまいたい。

「……それでは当主としてイカンのだよ」

 安吉の言葉に紀忠はは頬を紅潮させた。

 そしてドカドカと縁側に歩いていくと月を見上げた。

「初めておぬしと戦った時、だれもが無理だと思ったことを平然と成し遂げたな」

 それはもう5年ほど前の話。

 小早で能島と鯛先島の周囲を回るという競技のなかで、安吉は常識を破った。

「鯛先と能島の間は手練れの水夫でも通るのは不可能と言われておった、だがおぬしはやって見せた」

 手漕ぎの小早では通ることすら不可能とされたその二つの島の間を安吉はその技術をすべて用いて通過して見せたのだ。

「その瞬間は頭がいっぱいで何も感じなかったがな。あとから俺はお主を尊敬した」

 紀忠の独白、安吉は静かに聞き入っていた。

「気が付けば小春殿を嫁に娶り、それ以降二人で常識を破る政策を次々と実施した」

 いまから数年前の話。

 まだ、安吉が大三島に来たばかりの頃の話。

「俺はお主のそういう常識に囚われぬところにほれ込んだのだ。だが、今の貴様はどうだ!」

 静かに聞き入っていた安吉に紀忠は怒鳴り声をあげる。

 胸ぐらをつかまんばかりの勢いだが、安吉は動じずただ紀忠を見つめていた。

「当主だとか、そんなの関係ねぇ。お前はどうしたい」

 紀忠はスッと安吉の瞳を見つめた。

 それに何も答えることはなく、安吉は月を見つめた。

 自らの境遇を思い出して感傷に浸る。

 所詮は一度死んだ命。

 前世は人のために尽くしてきたが──。

 安吉は意を決すると立ち上がり紀忠を見つめ、口を開いた。


「やっちまうか」

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