46話
「皆の衆! 今戻ったぞ!」
大三島に戻った安吉を一目見ようとすさまじい群衆が集まった。
「殿ー! お見事にございまする!!」
「さすがは村上殿のご子息!!」
町民たちがそう言って歓声を上げる。
ここ最近の大祝家は暗い話題ばかりであった。
しかし安吉が来てからというものの急速に町が発展し明るさを取り戻していた。
そんな中で舞い込んだ大勝利の報告に彼らは歓喜している。
「おぉう! キツイ戦ではあったがな!」
安吉は群衆にむかってそう笑いかけた。
それに集まった者たちはドッと笑った。
今回の戦、ある程度の損害に目をつむればこれまでにないほどの完勝だ。
沈められた軍船も少なく、なおかつ海に投げ出された者たちも多くが生存している。
「おうおうおう! 俺の活躍も忘れるでないぞ!」
そう言って声を上げたのは紀忠だった。
彼は大工仕事の指揮を執らせていた故に町民たちからも覚えが良い。
「覚えておりますぞ! 大工所殿!!」
大工の一人がそう声を上げるとまた大きな笑いに包まれた。
彼はあまりにも大工仕事にかかわっているがため、みなから「大工所」とありもしない役職で呼ばれている。
「えいえい! 俺はこの戦で武功をあげたのだ! もう大工所とは呼ばせぬぞ!」
紀忠の言葉に群衆が「おぉっ!」と声を上げた。
「できるかのう!」
安吉が声を上げると爆笑の渦に包まれた。
この情景を見て安吉はにやりと笑った。
この調子なら、次の戦も勝てる。
そう確信していた。
「おかえりなさいませ、旦那様」
大山祇神社に戻ると小春が安吉のことを出迎えた。
「あぁ、今戻った」
小春はニコリと微笑むと「お疲れ様です」と小さく頭を下げた。
そしてそのあと、安吉の耳元に口を近づけると小さくささやいた。
「少し、話したいことが」
小春の言葉に安吉はまたかと言いたくなった。
誰もかれも三好の動向が気になってしょうがないようだ。
安吉は小さくそれに頷くとまずは安舎のもとへと向かった。
「此度の戦、ご苦労であった」
安舎の自室へと向かい、お互いに向かい合って座ると安舎は開口一番にそう言った。
「これほどまでの大事になるとは思いにも」
安吉は忌々しげにそう言った。
本来、来島村上家を保護して湯築城に一撃加えたところで講和というのを想定していたがゆえに、三好家がこれほど大きく動いたのは予想外だった。
「どうも1年ほど前に近畿での政争をある程度済ませていたらしい」
安舎の言葉に安吉はうなずいた。
小春によると本来三好家はこの時期近畿で連戦しているはずだ。
さらに、これから大きな戦もあるらしく伊予までは来ないと思っていた。
「申し訳ございませぬ」
安吉はそう言って頭を垂れた。
安舎の妻は河野家の娘であり、大祝家と河野家には強いつながりがあった。
それを破棄してまで戦をした結果、得たのはわずかばかりの島嶼。
安舎が納得するはずなかった。
「……かまわぬ」
安舎は静かにそう笑った。
「縁者同士の争いなどこの世の習い。古今いくらでもある」
その言葉に安吉はほっと肩をなでおろすと「ありがたきお言葉」と静かに答えた。
おそらく安舎はこの結果に納得はしていないだろう。
だがここで安吉を叱責したところで何か改善されるわけではない。
「そう縮こまるでない。さぁ、小春の所に行ってこい」
安舎はそう言うとにやりと笑った。
どうやら彼は事情を知っているようだ。
「かたじけない」
安吉はそう言って照れ笑いを浮かべてその場を後にした。
「あら、意外と早いのね」
自らの自室へ戻るとそこには平静を保った小春の姿があった。
「お父上はお優しいですからね」
小春はそう続けて微笑むと扇でパシリと畳をたたいた。
表情こそ笑っているが、声音は真剣そのものであった。
「三好はなんと?」
彼女の問いに安吉は微妙そうな表情を浮かべて答えた。
「従わぬか、と」
その言葉に小春は溜息を吐いた。
しばらく遠くを見つめた後「旦那様はなんとお答えになられたのですか?」と尋ねた。
「考えさせてくれ、と答えた」
安吉の言葉に小春はニコリと微笑んだ。
「で、どうなさるおつもりですか?」
間を開けずに小春は追及する。
その問いに安吉は逡巡した、小春は安吉の様子を見るとあきれたような顔をした。
慌てて安吉が「三好に従おう!」と言った。
この三好の勢いはだれの目に見ても明らかだ。
あれに従わぬほど小春は愚かではないだろう。
彼の言葉を聞いて小春が大きなため息を吐くとぴしゃりと言い放った。
「旦那様は川に流される木の葉になるおつもりですか?」
小春の言葉に安吉はぎくっとした。
確かに、三好に従うという選択は時流に流されるだけの存在だ。
それで、いいのだろうか?
「旦那様はこの瀬戸内を、大海原を統べられるおつもりなのでしょう?」
彼女の問いに安吉は何も答えられなかった。
三好のもとがそれができるだろうか。
「しかし、三好に勝てるのか?」
安吉の問いに小春は鼻で笑った。
「盛者必衰。かならず三好は崩れるわよ」
自信満々に答えた小春に安吉は不信感を抱いた。
なぜそこまで確信を持って言えるのだろうか。
「歴史は変わっているのでは?」
安吉の言葉に小春は「大丈夫、三好は室町幕府を乗っ取っただけよ。織田や豊臣、徳川には及ばないわ」と自信をもって答えた。
そう、確かに三好家はその大きな力をふるってはいるがその実は室町幕府の枠組みの中でやっているだけだ。
「それで、旦那様はいかがないさますか?」
小春はそう言って尋ねた。
ここまで言われて後に引くことなどありえない。
海の男としての矜持がそこにはあった。
「わかった、三好には従わぬ。我らは自らの道を行く」
その言葉に小春はニコリと微笑むと「ふふ、期待しているわ」と応えた。
彼女はしばし考え込むようなそぶりを見せた後不敵に笑った。
「一計を案じましょう」
小春の知略が光る。
「殿が三好からの従属要請を断るつもりだ」
その言葉は家中に瞬く間に広がった。
特にそれは侍女たちから広がり気が付けば大三島の町へ波及していった。
町民の反応はおおむね悪くなく、一部の輸送業に従事する船乗りたちが未来を案じ不安がるばかりであった。
問題は家臣たちであった。
大きく分けて二つの反応に分かれた。
一つが、安吉に追随しようとする革新派。
これには紅衆のほとんどと帆船を推進させようとする者たちが続いた。
もう一つは、これに反発し安舎を再度当主へと持ち上げようとする保守派。
これには旧式の安宅船や関船を主力に置くべきだという者たちが続いた。
結局のところ、この二つの派閥は三好家に対する安吉の行動を迎合、批判する形をそれぞれとっているが実態は軍備に対するそれぞれの考えが対立した結果であった。
結果としてそれぞれの派閥が現当主と前当主を担ぎ上げたが、当人たちにその気は一切なかった。
この状態は長く続くこととなり、評定の間では左右にそれぞれの派閥が分かれ口撃する光景が散見された。
数日後これを一変する事態が起きる。
『度重なる非礼を鑑み大祝安吉の瀬戸内守を解任し、幕府の直下に鎮海府を設置しその公方に三好長慶を任じる』
この京から届いた書状により大三島は大荒れすることとなる。
更新が遅れてしまい申し訳ございません。
特にこれと言って事情があったわけでもなくただ、私の怠慢です。
すいませんでした……。
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