表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/131

45話

「揃っておるな」

 堂々とその場に現れた男は天下人、三好長慶であった。

 そのプレッシャーに安吉は冷や汗をかいた。

 一瞬たりとも気を抜けば殺される。

 本能がそう告げていた。

「いやはや、湯築は良い城じゃのう」

 長慶はどかりと腰を下ろすとそう満足げに笑った。

 その瞬間から、交渉は始まっていた。

 この一言で、長慶は湯築城を手にしたいという意思を表示したのだ。

「大山祇にも匹敵しますなぁ」

 安吉はすかさずそう答えた。

 長慶は眉をひそめる。

 三好家から見て、大祝家は小さな地方領主にすぎない。

 だが、安吉の発言で長慶は大三島に興味を持つ。

「ほう、大三島の大山祇神社周辺はこれに匹敵するか」

 長慶の言葉に安吉はほくそ笑んだ。

 この瞬間、西園寺家や宇都宮家と同列だった大祝家への興味が一段階上へとなった。

「西園寺殿、宇都宮殿。貴殿らが当家に臣従なさるとは、誠か?」

 長慶の問に場が凍りついた。

 まさか、安吉は脳裏で叫んだ。

 今まで安吉は西園寺と宇都宮は三好家と同盟を結ぶ程度だと思っていた。

 だが、臣従するとなれば話は別だ。

 伊予全体が三好家の手へと渡る。

 讃岐、阿波の2つを手中に収めた三好家が更に伊予も抑えたとなれば次は土佐。

 そうなれば三好は南海道と畿内を手中に収め、いずれその視線は山陽道、山陰道へと向かっていくだろう。

 ともなれば、いずれ大祝と三好は矛を交えることになる。

「大祝殿はいかがなさるか?」

 長慶はニヤリと笑って尋ねた。

 三好に服従するか、矛を交えるか。

「当家は三好殿と誼を結びたく」

 震えた声で安吉はそう答えるので精一杯だった。

 ここで堂々と「貴様なんぞと手を結べるか」とも言えない。

 更にこれから海外に目を向けて行きたいのなら三好に臣従することは論外だ。

 結果、無難な答えとなった。

 安吉の言葉に長慶は目を細めた。

「くくく、難しい問いであったな。よくよく考えられよ」

 長慶は笑うとそういった。

 その言葉に安吉は胸をなでおろした。

 どうやら逆鱗に触れずに済んだようだ。

「では、領土の取り分を──」

 長慶がそう言い出した瞬間、安吉はすかさず答えた。


「伊予の本土は要りませぬ。島のみいただければそれで結構」


 安吉の言葉に長慶は意外そうな顔をした。

 河野家の有していた島など、伊予本土にくらべれば10分の1にも満たない。

「よいのか?」

 長慶は目を細めて安吉に尋ねた。

「此度の戦は瀬戸内の安全を確保するために起こしたもの故、伊予の本土まで手にすればそれは私欲のための戦になってしまいまする」

 ここで、長慶に釘を刺した。

 現状、伊予守は河野通宣の手にある。

 長慶に伊予を支配する大義名分がないのだ。

「……ふむ、なるほど」

 長慶はため息を吐いた。

 現状、長慶は天下人であり彼に逆らえる人間など数えるほどしかいない。

 長慶が私利私欲のために伊予を併合しようと誰も気にすることはない。

 

 だが、当の長慶がそれを気にした。

「そこで、提案がございまする」

 安吉はそう言って切り出した。


「嫡男のいない通宣に三好から養子を出されてはいかがでしょうか」

 

 安吉の提案に長慶はニヤリと笑った。

「村上が大祝にやったようにか」

 その言葉に安吉は何も答えずにニコリと微笑む。

 嫡男のいない当主に養子を送り込むことに成功すれば合法的にその家を簒奪することができる。

 普通、相手方の重臣が障害となることがほとんどだが、今回の戦でそのほとんどが壊滅した。

「……弟の冬長を送り込もう」

 こうして、三好家による河野家乗っ取りが正式に採決された。

 その後、河野家が失った家臣団や人材の補填についてに話し合いが行われた。

 その中で理財に長けた人間を公募することとなり、両家の領地若しくは伊予の人間から募集することとなった。



「有意義なものであった」

 結局すべてが終わったのは日没間近であった。

 長慶は足早に去っていくと安吉もそれに習い、充てがわれた部屋へと戻った。

 ゆっくりと薄暗い廊下を歩いていくと紀忠と出くわした。

「意外な結末だな」

 開口一番紀忠はそういった。

 どこからか会談の結果を聞きつけたらしい。

「何がだ」

 安吉は平静を保ち尋ねた。

 それを見て紀忠は鼻で笑った。

「三好が落ち目だとにらみ、毛利と手を結んだのではないか」

 紀忠の言葉に安吉は焦って周囲を見渡した。

「誰かに聞かれていたらどうする」

 安吉の表情は必死そのものであり、紀忠は一瞬ひるんだ。

 安吉は紀忠の手を引っ張り安吉にあてがわれた部屋へと入った。

「失策だ。それは認めよう、勝ち馬に乗るべきだ」

 安吉の言葉に紀忠はふむふむと頷くと「で、毛利と三好。どちらを選ぶ?」と尋ねた。

 毛利家は大内家に謀反を起こし、中国地方の覇権を握ろうとしている。

 だが、これに三好家は反発するだろう。

 できることならば中国地方にある銀山や鉱山地域を手中に収めた上で、瀬戸内まで手にし海洋貿易にまで手を出そうとしているはずだ。

「三好か、毛利か」

 紀忠はそう言って迫った。

 この状況で日和見を決め込むことはできない。

「……つくなら、三好だ」

 安吉はそうひねり出した。

 いかに未来を知っていようと近畿、四国で勢力を伸ばす三好はあまりにも大きく見える。

 しかも歴史から逸脱した河野侵攻が発生し、見事達成して見せた。

 細川から権力を簒奪しおそらく朝廷とも協力関係にあるはずだ。

「……しかし、毛利には鉄砲を売ってしまったではないか」

 紀忠の言葉に安吉は頭を抱えた。

 将来的に毛利家が大きくなると信じ、鉄砲を毛利家に売りその戦力の底上げを狙った。

 だが、毛利家が敵に回るとなりふり構わず鉄砲の技術を方々にさばくだろう。

「困った。毛利が三好に従ってくれるのが一番よいのだが……」

 安吉はそう答えた。

「そもそも、われらが三好についてお前の目標は果たせるのか?」

 紀忠の言葉に安吉は動揺した。

 確かに三好についたとして国外進出という目標を果たせるだろうか?

「……それもそうだろうな」

 三好にはすでに安宅氏という水軍衆がある、それにとって代わって水軍筆頭になれるとも思わない。

「三好と一戦交えてやろうか」

 安吉はそう言ってやけくそに笑った。

 紀忠は「おう、冥土までついてってやろう」と豪快な笑みを浮かべた。

「まぁ、大三島に戻ってからみなと決めるとしよう」

 安吉は大きくため息をはくとそう答えた。

 その返答に紀忠も「おう」と小さく答えると彼もまた、自室に戻った。



「計画通り、じゃのう」

 京の都。近衛邸

 近衛前久は満足そうに笑った。

 彼の対面には穏やかな笑みを浮かべて酒を呷る男がいた。

「近衛様もお人が悪い」

 その男が軽く笑うと近衛はくっくっくと喉を鳴らした。

「大祝はまんまと乗せられてくれたわ」

 前久はそう言って「愉快愉快」と言わんばかりに酒を呷る。

 その男はやや不快そうな表情を浮かべたが「純粋にもほどがありまするな」と笑った。

「ふん、あのような制度的に不安定な令外官が長続きするとでも思ったか」

 声音を低くして前久は嘲笑った。

 これで大祝は反発するかもしれないが、もはや強大化した三好家や朝廷からすれば有象無象に過ぎない。

「三好家の圧倒的軍事力と! 朝廷の権威! この二つが合わされば何者にでも勝る!」

 前久はそう言って縁側から見える庭に向かって杯を投げつけた。

「瀬戸内守は今日をもって廃止とする!」

 前久は堂々と宣言すると、天に向かって雄たけびを上げた。


「幕府の下に鎮海府を設置し、鎮海公方には三好長慶を任じるとともに、鎮海管領に安宅冬康! その配下に瀬戸内守として大祝安吉を任じる!」


 前久の宣言に冬康は満足げに笑みを浮かべた。

 彼の宣言は安吉の権限を大きく制限するものであり、三好家による瀬戸内支配を容認するようなものであった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ