43話
「老木実家500で対処させよ」
その命令が発せられ、実家のもとへと届くと実家の表情は青くなった。
良房はさしたる意味もなく、「領地の近い実家が対応すれば反感も少なく凄惨なことにはなるまい」と思い差配したのだが、実家からすれば違うように受け取れた。
「良房殿は老木を試しておられる……」
昨今裏切ったばかりの老木家、三好家からその忠義の程を試されたとしてもしょうがない。
「三好殿は老木が裏切らぬか勘ぐっておられる」
家臣たちが口々にそうはやし立てた。
重臣たちにそう言われてはいくら戦場に慣れた実家と言えど焦り始める。
「うぬら! 武具を用意させよ! 女子供と言えど三好殿に刃を向けた罪は変わらぬ!」
実家の言葉に重臣たちは「はっ!」と平伏し、応じた。
三好長慶の権威は彼らから正常な判断能力を失わさせていた。
「静かにせい……。音を立てずに行くのだ」
恵良城西方の森。
常木は音をひそめて先頭を進んでいた。
背後には怯える女子供たち。
いくら三好と言えど手を出してくることはないだろうが……。
それでも、常木は得体のしれない不安感に襲われていた。
「常木殿。この先に老木勢がいるようです」
行く道の先から数名の手勢を連れた三治郎が戻って来た。
「老木か、元同胞の奴らならば見逃してくれるだろう」
常木はやや安心したようにそう言った。
大野家と老木家はそれほど強いつながりはないが、多少の縁はある。
まともな将ならば見逃してくれるはずだ。
「拙僧が交渉に出向う、三治郎案内してくれ」
常木は背後の者たちにその場で待つように伝えると、三治郎と共に林の中を駆けた。
「老木は我らを助けてくれますでしょうか」
道中、三治郎は不安そうに尋ねた。
三好勢はこれまでの道中でいくつかの城下町を焼いている。
その点を考えれば老木勢も似たような状況にあると考えられなくもない。
「しかしこのままではいずれ見つかってしまうのも事実」
常木はそう答えた。
これまでの道中、敵の斥候と思われる者たちを見かけた。
何処まで敵に情報が伝わっているのかはわからないが、用心するに越したことはないだろう。
「……そうでございまするな」
三治郎は何処か納得していない様子ではあったが、最後には同意した。
「この先にございまする」
三治郎はそう言って立止まった。
物陰から三治郎の視線の先を見ると開けた場所があり、そこには老木実家の陣があった。
「何故このような場所に……」
三治郎は不思議そうにつぶやいた。
確かに不自然な位置ではある。
この場所は恵良城とその後方にある城を結ぶ街道からやや南方に行った森の中だ。
「三好が包囲に移ったのだろう」
常木はそう答えた。
このような小さな山道まで抑えると言う事は城への物資搬入を防ぐためだろう。
恐らくは他の道にも三好の手勢が回っているのだろう。
「ここが老木で良かった」
常木はそう呟くと大胆にも物陰から身を乗り出し声を張り上げた。
「実家殿はおられるか!」
常木はそう声を張り上げると、森の中から身を乗り出した。
一瞬でざわつく老木の陣。
森から現れた常木を一瞬にして老木の兵達が取り囲む。
その数およそ20程。
「常木殿ではないか! 何用か!」
老木勢の包囲を割って現れたのは実家本人であった。
「実家殿! 息災でなにより」
常木はなるべく敵味方だという意識を相手に取らせぬように平素を装った。
それにつられてか実家も笑みを浮かべた。
「三好は如何ですか」
常木はそう尋ねた。
三好に不満があるならばあわよくば再度裏切らせようと欲が出てしまった。
「はは、河野家よりもあたりが強く頭を悩ませておる」
実家は頭をポンと叩くとそう言って冗談を言った。
「じゃが、恩賞は確実に出る。それに三好には勢いもあるぞ。お主もどうだ」
常木は実家の言葉に安堵した。
どうやら今ここで切り捨てられるようなことはなさそうだ。
「道宣様には申し訳ないが、拙者には三好があっているようじゃ」
常木は笑うと「拙僧には三好は難しそうですな」と笑った。
「主は河野家の家風があっているか」
実家はそう笑うと「して、何用か」と眼光を強めた。
常木は一瞬怯んだものの、気を取り直すと本題を切り出した。
「城下に住むものたちの妻子を逃がしていただきたく」
彼の言葉に実家は目を細めた。
「誠に城下に住む者たちのみなのだな」
実家の問いに常木は一瞬ドキリとした。
だが、ここで利通の嫡男である月丸や正室である柚がいると明かして何になる。
むしろ事態を悪化させかねない。
常木はそう考えた。
「誠に」
実家は常木の言葉をかみしめた。
そうか、そうかと目をつぶって繰り返す。
張り詰めた空気が周囲を支配した。
そして、実家はため息を吐くと小さくこぼした。
「残念だ」
直後、実家は抜刀すると常木を囲む者たちに鋭く「かかれぇぃ!」と命じた。
常木に殺到する無数の槍。
彼は軽々と身を翻すと、その全てを避けた。
「実家殿! 血迷ったか!」
常木は顔を紅潮させ怒鳴った。
実家という人間は裏切り者ではあるが、卑怯者ではないと勝手に思い込んでいた。
ある程度の武士道や、義という物を最低限は持ち合わせている、そう判断していた。
事実、実家は河野家の中では忠義者としてある程度の名があった。
しかし三好長慶という権威は実家を狂わせるには十分であった。
「敵を頼り、断られれば怒るなど笑止千万! 今やその妻子共は骸となっておろう!」
実家の言葉に常木はハッとした。
慌てて周囲を確認するとすぐにあることに気が付いた。
あまりにも実家の兵が少ない。
「貴殿は鬼か!」
常家はキッと睨み付けるとそう怒鳴り上げた。
「犬畜生と言われようが! 勝つことが武士也!」
常木に実家は毅然とした態度で答えた。
直後、甲高い音とともに歓声が上がった。
「常木殿を救うのじゃ!」
戦闘を走るのは幼き若武者、三治郎であった。
護衛の兵7名ほどと共に森から駆け出した三治郎達は常木を取り囲んでいた兵達を蹂躙した。
一瞬にして混乱する実家の手勢。
「ええい! 落ち着け! 敵は寡兵ぞ!」
実家は混乱を落ち着かせようと兵をまとめた。
その瞬間に隙があった。
「三治郎! 退くぞ!」
常木は鋭く叫ぶと森の中に身を翻した。
すぐさま三治郎やその手勢も続き、一瞬にしてその場は静寂に包まれた。
残された実家に兵は訊ねた。
「追いまするか?」
彼の問いに実家は中空を見上げたまま答えた。
「構わん、奴らの命運は最早断たれた」
「やられた!」
常木は走りながらそう叫んだ。
実家は最初からこのつもりだったのだろう。
徐々に置いてきた者たちに近づくにつれ、悲鳴や金属がぶつかり合う音が聞こえ始める。
「月丸様ァ!!」
三治郎は雄叫びを上げながら走る。
やがて、悲鳴は聞こえなくなり視界の先から二人の人影がこちらに向かってきた。
「三治郎ー!」
人影はそう声を上げた。
その声に三治郎は聞き覚えがあった。
「月丸様!」
その声に呼応するように三治郎は叫ぶ。
おそらく隣にいるのは月丸の母柚だろう。
母子ともに無事でよかった。
常木と三治郎が安堵した瞬間──
一本の矢が柚を貫いた。
お久しぶりです雪楽党です。
ようやく山から帰ってくることができました。
今後は更新頻度は落ちるかもしれませんが週一程度での更新にしていきたいと思っております。
さて、作品の話ですね。
安吉の出番が最近なくて主人公がわからなくなってきております。
そろそろ出番を作ってあげなければ……。




