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42話

「三好が、動いた」

 利通は信じられないとでも言いたげに繰り返した。

 そしてくっくっくと笑い始めた。

 呆然とする三治郎をよそに利通はぽつりぽつりとつぶやく。

「老木実家の謀反、それに高木正義が続き来島が続いたかと思えば大祝が攻めてきた。あまりにも軽く皆が裏切るわけだ!」

 三治郎はそこまで聞いてハッとした。

「最初から三好はこのつもりで……!」

 大祝安吉が瀬戸内守などという令外官に任じられたのも。

 最初から筋書き通りであったというわけだ。

「宇都宮、西園寺も動くだろう」

 利通は静かにそう答えた。

 伊予西方海岸沿いに勢力を広げる宇都宮家や西園寺家とは同盟関係ではあるが、両家は公家の出でもある。

 おそらくは、朝廷を介し繋がっている。

「大野家も勝馬にのるか? 三治郎」

 利道は諦めたように乾いた笑みを浮かべた。

 たしかに、ここで河野を見限って三好に付けば、大野家は血を残すことができるだろう。

「それで。良いのですか」

 三治郎は静かに諌めるように尋ねた。

 大野家は河野家に忠義を尽くした結果、大祝家との戦で多くの主だった家臣を失った。

 であるのに、ここでノコノコと河野に反旗を翻すことなどできようか。

 それは、大野家のプライドが許さなかった。

「我が桂山家は最期まで、殿にお供致しまする」

 三治郎の言葉に利通は微笑んだ。

 そして、自らの頬を平手で叩くと表情を引き締めた。

「貴様も俺も、阿呆だな」

 利通はそう言って戯けて笑うと立ち上がった。


「ここで、三好を撃退する」



 三好家先鋒衆本陣。

「恵良城は籠城の構えの様です」

 物見の兵が戻ってくると大柄の男に跪き報告した。

 男の名は三枝良房みえだよしふさ、三好家先鋒5000を率いる大将であった。

「1500の兵でよくも15000に歯向かおうと思うものだ」

 良房はそうため息を吐いた。

 彼の背後には10000の本隊がいる。

「恵良城はいかなる城か」

 良房が尋ねると、初老の男が姿を表した。

 老木実家であった。

 彼は河野家に反旗を翻すなりすぐさま三好に下り、伊予侵攻の道案内役を努めていた。

「大した城ではなかったと思いまする」

 そう答えた実家を良房は鼻で笑った。

「ならば、力攻めにしてやろう」

 吉房はニヤリと歪んだ笑みを浮かべると采配を振り下ろした。



「間断なく射掛けよ!」

 それから数刻後、利通は枯れた声で叫び続けた。

 もはやすでに二の丸は敵の手に渡った。

 今、利通に残されたのは本丸のみ。

「利通殿! 常木殿がお戻りになられました!」

 櫓で指揮を執っていた常木が戻ってきた。

「目を覚まして早々に戦場とは利通殿も人使いが荒い」

 常木の声が響く。

 利通が振り返るとそこには憔悴しきった姿の常木がいた。

「いかがか?」

 利通の問に常木はニヤリと笑って答えた。

「見事兵を損じることなく敵に打撃をくれてやったわ」

 常木の言葉を聞いて利通は飛ぶように喜んだ。

 目を冷ました常木に利通は現状を伝え、敵の方位がゆるい地点を探させた。

「あの様子なら包囲網はあと半刻程度なら穴が空いているかと」

 常木の言葉聞いて利通はため息を吐いた。

 そして、表情をキリリと結ぶと兵たちに声をかけた。

「皆の衆! ここで死んでくれるか!」

 その言葉に兵たちは呆然とした。

「城内にいるうぬらの妻子を逃がすべく、我らはここで死ぬ!」

 恵良城には百姓たちがなんとか力になろうと共に籠城を戦っている。

 それはおなごも同じことで炊事など積極的に励んでくれている。

「三治郎は残りまする!」

 三治郎が声を上げたのを皮切りに、まずは老練な将が続き、若人衆がつづき、百姓達が続いた。

 いつの間にか「拙者も!」と口々に上げていた声は「えいえい! 応!!」とくりかえす勝鬨に変わっていた。

 利通はその光景を見て胸が熱くなるのを感じながら、三治郎を呼び寄せた。

「お主は逃げ延びよ」

 冷酷にそう伝えた。

 三治郎の胸中は困惑に包まれていた。 

「殿! 拙者もお供いたしまする!」

 三治郎はそう叫んだが、利通は静かに首を振った。

 香山家は大野家の筆頭家老であった。

 この恵良城から主君をおいて逃げ出すなど考えられなかった。

「儂の嫡男をお主に託す」

 だからこそ、利通は三治郎に重大な役目を伝えた。 

 まだ5つ程の利通の嫡男、月丸つきまるは三治郎によく懐いている。

「柚ともども、お主に任せる……! 必ずや恵良を落ち延び、大野家を存続させるのだ!!」

 利通の言葉に三治郎はハッとした。

 主君とともに死ぬことだけが忠義ではない。

 たとえ、逃げたとしても主家の再興に務めるのも忠臣としての役目だ。

 渋々、三治郎は目元に涙を浮かべながら頷いた。

「常木殿」

 三治郎が頷いたのを見ると利通は常木を呼んだ。

「お主に、道案内を任せる。見事落ち延び、大野家を続けさせてくれ」

 利通の言葉に、常木は静かに頷き「今生の別れだ」と応じた。

 わずか数日間ともに戦っただけに過ぎないが、二人は大いに語らい、ともに助け合った。

 友情、がたしかにそこにはあった。

「殿! 月丸様の元服なされたあとの名はなんとなさりまするか?」

 その空気を引き裂くように三治郎は訪ねた。

 利通から名を得ておけば、誰かに名付けの親になられることもない。

「藤嘉……。藤のように、美しく生きるのだ」

 利通は絞り出すようにそう答えた。

「藤嘉様。良き名にございまする」

 三治郎の言葉に利通は微笑んだ。

 かねてより考えていた名前であった。

 大野家という小さな地方領主の嫡男に藤と付けるのはいささか不相応かもしれない。

 だが、それ相応にまで登りつめればよいのだ。

「大野家を頼んだ」

 利通の言葉に、三治郎はもはや悔しげな表情をすることはなかった。

 表情を引き締め、厳かに答えた。

「では、三治郎これより生き恥を晒してまいりまする」

 三治郎はそう言い残すと常木と合図を取り、月丸、柚。

 そして、領民たちの妻子を連れて城を降りていった。

「死ぬは今ぞ! 命は惜しむな、皆がこの城を脱するまで戦い続けよ!」

 利通の言葉に兵たちは大地を揺らさんばかりに叫んで応じた。



「城より300ほどの者たちが静かに山を降りているようです」

 ある一箇所をわざと開けさせた。

 そしてその穴から敵が逃げ出そうとしている。

 常木が蹴散らしたのは敵の包囲であることに間違いは無かったが、それは良房の策であった。

「10ほどの護衛を引き連れた女子供と、聞いておりまする」

 報告をあげる将はそう続けた。

 一瞬、良房はためらった。

 恐らくは敵の城にこもった者たちの妻子だろう。

「しかし、敵の策かもしれない」

 良房は畏怖と敬意を持ってそう言った。

 敵には河野家随一と呼ばれる常木がいる。

「おなごに扮した兵であると?」

 良房は静かに頷いた。

「確かに先頭には坊主がいるとの報告も聞いておりまする」

 良房の意図を理解した将はそう続けた。

 その言葉を聞いた良房は何かを決心するようにため息を吐くと、静かに命じた。

「老木実家の500で対処させよ」

【お知らせ】

明後日から二週間程度山ごもりをしてきます。

そのため一ヶ月程度は更新ができません。

再三に渡り更新が遅れ、誠に申し訳ございません。


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