37話
「陣立ては魚鱗と致す!! 皆の衆! 一撃で仕留めるぞ!」
常木はそう叫んだ。
彼らの軍勢はおよそ5000。
対して敵の軍勢は増援が到着してようやく5000と少し。
兵力にそれほど大きな差はない。
加えて、敵の来島城は非常に小規模なもので、籠れる守兵は多くても2000程度だ。
「敵は必ず全軍で打って出る! 我等はそれに決戦を挑む!!」
常木の言葉に皆が「おぉ!!」と歓声を上げる。
木城武忠はその光景を見ながら、表情の暗い兵を見つければ船を渡っていき、鼓舞して回っている。
――絶えぬ士気。
武忠の人柄がよく出ていた。
将来、天下を統一した豊臣秀吉もこの人情と憎めない性格で家臣を纏め、同盟を取り付けてきた。
木城武忠にはその才覚はないが、戦で最も大切な士気を上げ続けることならできる。
「常木殿! 敵が現れました!」
見張りの兵の声を聞き、常木はバッと来島城の方を睨んだ。
そこには城の陰から続々と姿を現す来島通康の軍勢。
数はおよそ3000ほど。残りは城にこもったのだろう。
来島城には無数の旗印が風で靡いている。
「前進せよ! これより我等は裏切り者、村上通康を成敗致す!!」
「……拙者にできましょうか」
通康から策を伝えられた幸右衛門はそう不安げな顔をした。
通康の背後に控える弓削政明もどこか不満げな表情であった。
「大丈夫だ、当家が誇る弓削政明を付けよう」
そう言った通康の言葉に政明は反発した。
「失礼ながら! 拙者は殿の御傍で――!」
通康は彼の反論を無言で制した。
政明はその表情を見て言葉を詰まらせる。
「……承知仕った」
そう悔し気にいった政明の肩を通康はポンと手を置いて耳元で説いた。
「この戦、大三島の罠かもしれぬ。疲弊した河野と来島を同時に喰らうつもりやもしれぬ。その際、お主が幸右衛門を殺すのだ」
その言葉を聞いて政明はハッとした。
確かにこの状況は大三島からすれば好機に他ならない。
来島だけではなく河野を喰らうことだって大三島の経済力をもってすれば不可能ではないかもしれない。
「信じられるのは己だけだ。よく覚えておけ」
通康はそう言って政明の瞳をジッと見つめた。
政明はそれに「承知」と頷くと幸右衛門に向き直ると笑みを浮かべた。
「赤松殿。どうぞよろしくお願いいたしまする」
その表情は先ほどまで向けていた嫌悪感とは全く別な表情であった。
「皆の衆! 陣形は魚鱗と致す! 我に続けぇぃ!!」
通康はそう雄たけびを上げると、「両舷前へッ!!!」と雄たけびを上げる。
それに応じるように両舷の櫓は前進を開始する。
等しく連なるそれは船を加速させていく。
「弓隊! 構え!」
未だに敵は射程圏外。
だが、通康は射撃用意を命じた。
「脅しでも! なんでもいい!! とにかく敵をこちらにひきつけろ!!」
通康の命令に兵たちが「応!」と応じる。
敵は魚鱗、こちらも魚鱗。
頂点を互いに向けあった三角形がともにぶつかり合う形になる。
お互いに全力での殴り合いだ。
「放てぇ!!」
射程のやや手前で通康はそう叫んだ。
「決して敵に負けるな! 怯まず放ち続けろ!」
通康はそう雄たけびを上げた。
弓の撃ちあいでは怖気づいた方の負けだ。
さもないと敵に接近され、接舷される。
「放ち続けろ!!」
通康がそう叫ぶと同時に、彼の軍勢の上に矢が降り注ぐ。
「楯を掲げろ! 桶を用意し火矢に備えろ!」
だが、歴戦の猛者である通康はその程度では動じない。
甲板の上で仁王立ちになり、指揮を続ける。
その姿に兵たちは勇気づけられる。
「火矢を放て! 両翼の隊は前進! 敵は魚鱗ぞ! 鶴翼に変形せよ!」
常木は敵の動きを見てそう声を上げていた。
敵は魚鱗、こちらも魚鱗。
これでは戦術などあったものではない。
加えて、先鋒の部隊同士のみが交戦するため、数の利が全くと言っていいほど生かされない。
ならば、左右後方の隊を前進させ、横に伸ばし鶴が羽を広げたような陣形『鶴翼』へと移行させる。
「火矢を射かけ、敵の動きを封じよ!」
常木の命令に兵たちが行動でもって応じる。
放たれた無数の火矢は敵の関船や安宅船に突き刺さる。
だが、それ以上の効果はもたらさなかった。
「流石は、来島の精兵か」
常木はそう言って感心した。
火矢には船を燃え上がらせ戦闘能力を断つ目的のほかにもう一つ目的がある
それは、敵の陣を乱すこと。
燃えた船に他の船舶が誤ってぶつかりでもすれば一瞬にしてそれは燃え広がる。
故に、燃えた船を避けようと陣は乱れる。
「近接戦用意! 槍衆共! 出番ぞ!!」
常木の言葉に槍を持った者たちが槍を掲げ「応!」と答えた。
その中には武忠の姿もあった。
「儂も共に戦うぞ! 皆の衆! 死ぬなぁ!」
武忠の言葉に常木は一瞬面食らった。
相変わらず土壇場で士気を下げるような発言をする。
だが、それで士気が上がるのだから不思議なものだ。
「左右の隊は焦らず確実に陣を敷け!」
常木はそう命じた。
陣が乱れてはいけない。
逸る気持ちもあるが、ここは丁寧に陣形を変形させなければ一瞬にして通康に付けこまれる。
「敵は歴戦の猛者ぞ! 侮ることなかれ!」
常木はそう声を上げた。
陣が乱れればすぐさま敵が仕掛けてくる。
ここは着実に、堅実にいかねばならない
「このままいけば。勝てる!」
常木はそう呟いた。
敵とこちらの兵力差はおよそ2000。
しかも魚鱗の陣を鶴翼で包み込むような形になっている。
負ける道理がどこにあろうか。
敵の陣からは狼煙が上がっているが、恐らくは撤退の段取りだろう。
「5000のうち3000のみで打って出たのは失策だったな! 通康ゥ!!」
常木は勝利を宣言し、敵をあざ笑った。
直後、彼の背後から凄まじい爆音が響き渡ったのであった。
通康の陣から紫色の狼煙が天高く上がる。
攻撃せよ。通康は狼煙でもってそう命じた。
「狼煙だ! 皆の衆打って出るぞ!!」
そう雄たけびを上げたのは赤松門右衛門。
「戦の勝敗を決するのは小早だということを教えてやろう!」
門右衛門はそう叫ぶと左右に連なる無数の小早に「進めぇ!!」と命じた
それに兵たちは「応!」ち応じると大三島の兵たちを先頭に80艘ばかりの小早が一斉に漕ぎ出した。
「関船衆! 小早の後詰だ!! 我に続け!」
門右衛門がそう命じるとその場に残っていた5艘の関船も前進を開始した。
「門右衛門殿! 小早衆は拙者にお任せくだされ!」
そう声を上げたのは通康の重臣、政明であった。
彼の目は爛々と輝いており、その戦意は旺盛であった。
「見事! 政明殿に小早衆を任せる!」
門右衛門はそう応じた。
もはや、政明は門右衛門が裏切る可能性なんて眼中になかった。
その場にはただ功績を求める武辺者の姿があった。
「この戦の勝敗行く末! 我等の手中にあり!!」
政明はそう雄たけびを上げて兵を鼓舞した。
「通康殿を扶けるのだ! この来島がここまで栄えたのは誰のおかげか!」
周りを凌ぐ速度で成長した大三島ではあったが、周りの家々もただ傍観していたわけではない。
特に来島村上家では危機感を抱いた通康主導で漁業の活性化や交易の活発化がすすめられた。
結果として通康の領内では大三島には達せずとも非常に豊かな生活を享受できるようになった。
それもすべて通康の功績である。
「皆の衆! 屍の上を行け! 通康様の恩義に報いる時が来た!」
政明の雄たけびに来島の兵たちは喉を枯らさんばかりに雄たけびを上げて応じた。
まずはじめに先日更新を忘れてしまい申し上げございませんでした。
今後は宣言通り更新できるようにいたします。
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