36話
「下った兵は隆実の船に乗せろ。負傷兵と共に大三島に送ってやれ」
戦後処理を安吉は手早くこなしていた。
この戦はあくまで行軍中の出来事だ。
ここで勝ったところで何一つ変わらない。
「貴殿が大将か」
降った者たちの中に一人、闘志を燃やし続ける者がいた。
その見た目は初老に差し掛かっており、重臣であろうと察せられた。
「大祝安吉だが。そなたは?」
安吉の問いに男はにやりと笑った。
「桂山幸田、良き戦にござった」
幸田はフッと笑うと、闘志を失った。
それもそのはず、安吉の身なりは清楚であり、返り血一つついていない。
まさかこの戦で返り血がないというはずもなく、着替えてきたということを意味している。
「戦の直後に着替える余裕があるとは。戦う相手を間違えたわ」
幸田はの言葉に安吉はにやりと笑った。
そして、隆実の隊から離脱した2艘の関船に降った兵が乗り込んだのを確認すると前を向いた。
もうすでに靄は晴れ、水平線がよく見える。
「全軍前進!! 来島城を目指しつつ、赤松幸右衛門の先鋒を探すぞ!」
そのころ、来島城近海では。
「大野殿は何をしておる!」
道宣から利通に貸し出された軍勢を取りまとめる木城武忠が荒れていた。
彼は利通から「来島へ向かい、攻め落とせ」としか命令を受けておらず、それ以降の連絡もない。
「殿、これは好機にございまする」
武忠の家臣である常木がそう尋ねた。
彼は仏門に入っていながら戦に出ている。
扱いとしては道宣の家臣である武忠の家臣という陪臣の立場でありながら、道宣が直接召し抱えたがるほどの智の持ち主であった。
対して武忠は道宣が呆れるほど間が抜けており、たいして武芸に優れているわけでもない。
「何が好機だ! すでに先鋒のほとんどは壊滅してしまったのだぞ! おぉ……おぉっ!」
武忠はそういうと目元から涙をあふれさせた。
先鋒の兵たちの名前を繰り返しては悔しそうに泣き叫んでいる。
これが、木城武忠の将器であった。
底知れぬお人よし。
河野という大名の直臣で、彼のように一兵卒の名前を言える人間はほとんどいない。
「殿、兵が見ておりまする」
常木はそう言って武忠の肩をさすった。
彼が武忠に仕える理由もこの底知れぬお人よしさにある。
武忠がまだ地位の低かったころ。
彼の率いる100名ばかりの隊は全滅した。
彼は首を3つほど上げていたが、それで得た恩賞をすべて死んだ部下の供養に費やした。
その時、供養をしたのは常木であった。
「なぜ、私腹を肥やさぬのですか」
常木はそう尋ねた。
すると武忠はポロポロと泣きながらこう言った。
「この手柄は儂が獲ったものではない。皆が獲ったもので、みな儂の物にしてくれたのだ……」
その言葉を聞いて常木は底知れぬ高揚感に胸が包まれた。
この時代の兵士、一兵卒から将までその全ては自らの功名にこだわる。
兵たちが喜んで手柄を明け渡したこの武士は一体どんな奴なんだと。
「しかし、儂は戦下手で皆を死なせてしもうた……」
無様に涙を流しながら地団駄を踏む武忠に常木は思わずこう言っていた。
「では、拙僧がお支え申し上げましょう」
以後、常木を得た武忠は戦で数々の功績をあげ出世街道を駆け上がっていった。
そんな過去を思い出しながら常木は微笑んだ。
「殿はお優しすぎまする。後は、拙僧が」
常木は泣き崩れた武忠の肩に手をポンと置くと、兵に向け大声を張り上げた。
「皆の衆! 今一度奮戦されたし! 此度の戦、功名を上げるまたとない機会である!」
常木の言葉にあちこちからポツポツと歓声が返って来る。
先鋒の壊滅で士気が落ちている。
「我等が大将は木城武忠! 情に厚く、才覚も道宣様が認めるところである! 負ける道理がどこにあろうか!」
常木が武忠の名前を出すと歓声がより大きくなった。
だが、まだ足りない。
「敵の大将、通康を討ち取ったものには通常の3倍の恩賞を! 敵の将を討ち取ったものには2倍の恩賞を!! 皆の衆、励まれよ! 拙僧も存分にやり働き致す!」
そう言って常木が槍を天に掲げると歓声は水面を揺らすほどになった。
武忠がこのような恩賞の約束を違えたことはない。
日々質素倹約に努め、恩賞のために備蓄をしている。
兵たちもそれを知っている。
「皆の衆死ぬなぁ!! 生きて里に帰るぞぉ!!」
武忠は突然そう叫んだ。
思わず常木は武忠を取り押さえてその口を塞ごうとした。
だが、それは杞憂であったようだ。
武忠の言葉を聞いた兵たちは皆一様に手にした武器を天に掲げた。
「えいえい!」
「応!」
「えいえい!!」
「応!!」
まさしくその勝鬨は水面を揺らした。
その瞬間、武忠の底知れぬ将器を感じた。
「おやおや、これは大祝殿の軍勢ですかな」
炎上する河野軍の船に囲まれた通康はそうニコリと微笑んだ。
「お、大祝勢先鋒大将。赤松幸右衛門にございまする」
幸右衛門はそう動揺しながら答えた。
彼の手はガタガタと震えている。
いったいこの地で何があったのか。
「赤松……。あぁ、最近雇われたという衛門衆の方ですな」
通康の言葉に幸右衛門は頷いた。
「して、これは一体?」
幸右衛門の問いに通康は残骸となった敵の船を見て「あぁ」と小さく呟く。
その動作に幸右衛門は底知れぬ恐怖を感じていた。
「敵が攻めてきた故、軽く遊んでやったまで」
通康はそう言って微笑んだ。
中型船を主力とする来島村上家ではあるが、決して小早を有していないというわけではない。
先ほどまで周囲を包んでいた靄は利通にとっては有利に働いたものの、来島城周辺では通康にとって有利に働いた。
来島城西方から迫った敵に対して通康は籠城の構えを見せつつも密かに小早を集結させていた。
そしてまんまと接近してきた敵の先鋒に対して炮烙や火矢を浴びせかけ見事壊滅させた。
「大祝殿は何処に?」
通康はことの経緯を説明すると、そう尋ねた。
「解りませぬ。帆船二艘を率いて援軍に来ているのは確かにございまする」
幸右衛門の言葉に通康は少し驚いたような顔をした。
通康も兼ねてより造船所で建造される安宅船よりもやや大きいかという具合の帆船を見ていた。
「ほう、遂にアレが完成したのか」
通康の瞳は歳不相応に輝いていた。
南蛮の船乗りが自慢げに乗り回しているそれをいとも簡単に再現してみせた。
その才覚はまさに鬼才というところだろうか。
「では、大祝殿に良いところを魅せねばならないか」
そう笑った通康の目は籠城戦を迫られている将とは思えないその眼差しに幸右衛門は何度も戦を切り抜けてきた通康の頼もしさを感じた。
「赤松何某殿! お力添えいただけるか!」
通康の問いに幸右衛門は「応!」と力強く答えた。
「衛門が唯の儀仗兵ではないことを証明してみせましょう」
水平線の奥に陣取る河野軍からは鬨の声が響き渡る。
来島沖海戦が始まろうとしていた。
ノートpcが壊れました。
充電式ができなくなり、追加の執筆が難しくなってます……。
一応数話分は書きだめがあるので更新はできますが一週間程度でそれも尽きますので、投稿を延期することになるかもしれません。
どうかご了承ください。




