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35話

「敵がきまする!」

 物見の兵がそう声を上げた。

 安吉はうんざりそうな顔で「またか」と零した。

「何度やっても同じだと。なぜ解らぬ」

 安吉はそう零した。

 何度やっても、砲撃で薙ぎ払い。

 鉄砲で掃討するだけ。

 この時代の脆い船では砲撃に耐えることなどできない。

 いとも簡単に粉砕できる。

「砲撃戦用意!」

 安吉の鋭い命令。

 何度来ようと変わらない。

「……。河野もこの程度か」

 安吉はそううんざりそうに呟いた。

「放て」

 大砲の射程に入ったのを確認すると安吉は静かに命じた。

 その一撃は、戦を終結に導く。


 ――はずであった。



「右舷櫂止め! 左舷前へ!」

 敵の砲撃を確認した利通はそうすぐさま叫んだ。

 河野軍の船は一斉に右へ回頭する。

 その瞬間、敵の砲弾はすべて水面へと突き刺さる。

「両舷前へ!」

 利通がそう命じると、彼に付き従っていた4艘の船は風鳴丸の船首を目指した。

「安吉ィ! ただで死ぬと思うな!」

 利通はそう雄たけびを上げると、弓兵に射撃を命じた。

 いまだ、戦は終わらず。



「敵船団! 右転!」

 突然、敵の船団が右転した。

 その距離、大砲の射程よりもやや外。

「全弾、外れもうした!」

 兵はそう報告を上げた。

 安吉はくやしさをにじませると同時に笑みを浮かべていた。

「左舷装填! 展帆いたせ!!」

 安吉は即座にそう命じた。

 船首に回られては大砲を活かすことができない。

「海鳴丸! 前進し敵の頭を押さえよ!」

 安吉はそう命じると、紀忠の「応!」という声が返ってきた。

 後方の海鳴丸も風鳴丸に続くように帆を張る。

「主舵! 一杯!」

 安吉はそう声を上げると左転を命じた。

 前方を海鳴丸で抑えながら、側面を風鳴丸で抑えるという陣形であった。

「紅衆! 脅しでもよい! 撃ちかけ続けよ!」

 安吉がそう命じた瞬間、上空から矢の雨が降り注いだ。

「殿ォ! 射撃は難しゅうございまする!」

 衛門衆の一人がそう答えた。

 その瞬間、安吉はハッとした。

 風鳴丸の構造はあまりにも先進的過ぎた。

 矢に対する備えが不十分であり、一度矢が降り注ぐと甲板作業が難しくなってしまう。

狭間さまからでよい!」

 安吉はそう苦々しく命じた。

 狭間とは天守や城壁にある矢や銃を放つ穴のことだ。

 この風鳴丸にもわずかではあるがその狭間がある。

 現在、風鳴丸は回頭を終え、左舷を敵に指向している。

 海鳴丸も展帆を終え、風鳴丸の後方を行き過ぎ敵の頭を押さえようとしている。

「装填終わり申した!」

 その言葉を聞いて安吉は鋭く返す。

「よく狙え!」

 今度こそ、当てる。

 当てなければならない。

「放てぇ!」

 


「殿ォ! 来まする!」

 幸田はその言葉に「応!」と応じた。

「左転し、敵の大型帆船をめざせぇい!!」

 そう雄たけびを上げた。

 その瞬間、水面が爆ぜた。

 今度は敵の射程内真っただ中。

「殿! 羽山殿が!」

 兵が悲鳴を上げた。

 幸田が隣を見ると、安宅船が粉々に砕け散って海底に沈んでいくのが見えた。

「山崎殿! 被害甚大!」

 さらにその奥、山崎の率いる関船も甚大な被害を負ったようであった。

「構うな! 前へ! 前へ!!」

 しかし、幸田はそれを振り払うと前進を命じた。

 もはや我等は死兵。

 この場に残ったのが、安宅船と関船1艘づつであろうと前進を辞めることなどできはしない。


「貴様らぁ! 死ぬはここぞ!!」



「敵船! 2艘撃沈! なおも2艘来まする!」

 その報告を聞いて安吉は笑みを浮かべた。

 発砲と同時に敵が反転したのにもかかわらず、2艘の船を沈めた。

 その精度、称賛に値する。

「次弾装填!」

 安吉はそう叫んで、敵船との距離を確認した。

 その瞬間、目を見開いた。

 距離が近すぎる。

 次の想定までには必ず接舷される。

「紅衆! 射撃戦用意!」

 安吉がそう叫ぶも、未だ甲板には矢が降り注いでいた。

 

 ――これが狙いだったか!


 安吉は心の中で叫んだ。

 敵は船首を取ると見せかけ、右転する。

 それに対応すべくこちらは右転して頭を海鳴丸に抑えさせようとした

 だが、それは風鳴丸と大野軍の距離を著しく狭める物でもあった。

「白兵戦用意! 敵は乗り込んでくるぞ!」

 的確に大砲と帆船の弱点を突いた戦術に安吉は驚嘆しつつも冷静さを保っていた。

 安宅船と関船に乗り込む人員は合計でおよそ200。

 だがその半数が水夫であり、兵は半分に過ぎない。

 対して風鳴丸に乗り込む紅衆は130。

 数の利はあるはずだ。

「よいか! 敵は死兵ぞ! 油断するな!」

 死兵。

 もはや死を厭わずに狂信的に主君を信じ敵を蹴散らし続ける。

 どんな精兵を当てようと時には粉砕されることもある。



「矢を射かけ続けよ!」

 幸田はそう命じた。

 敵からの反撃は恐ろしいほどにない。

「恐らく、白兵戦の心づもりか」

 幸田はそう呟いた。

 面白い。

 そうにやりと笑った。

 数年前、大祝軍と共闘した時は弱兵という印象があった。

 だが、今はどうなったのか。

「梯子を用意せよ! 接舷し切込みをかける!!」

 幸田はそう命じた。

 もはやここまで来て撤退など出来るはずない。

 進むほかないのだ。

「殿! とりつきました!!」

 敵の帆船に接舷すると兵たちは素早く梯子をかける。

「一番乗りはこの田嶋五郎がいただく!!」

 隣の関船からそんな声が聞こえた。

 幸田が隣を見ると関船から一人の大男が梯子をよじ登っていっている

「皆の衆! 田嶋に続け!」

 幸田の言葉に配下の兵たちが「オォッ!」と応じ、次々に梯子をよじ登っていった。



「叩きおとせぇぃ!!」

 対して安吉は必死の形相で叫んでいた。

 砲のある第2甲板から飛び出た紅衆の先頭を行く。

 最上甲板に躍り出るとそこには太刀を担いだ大男がドシリと構えていた。

「大野家家臣が田嶋五郎! 御首みしるし頂戴いたす!」

 田嶋はそう咆哮を上げると、1.5メートルはあろうかという太刀を下段に構えた。

「大祝家! 大祝瀬戸内守安吉! いざ、尋常に!」

 一騎打ちを所望された以上、逃げては兵に示しがつかない。

 こうなると兵たちは敵味方の区別なく安吉と田嶋を囲む。

「ふんっ!」

 先に仕掛けたのは田嶋であった。

 1.5mの太刀とそれを振り下ろす剛腕によって加速されたその攻撃を安吉は太刀で何とか受け流す。

 まともに受けていては腕が吹き飛ばされる。

 安吉は瞬時にそう判断した。

 過去に元久と一騎打ちを演じた時に安吉はあることを痛感していた。


 圧倒的技術力の不足。

 

 故に、安吉はこの数年間、合間を見つけては京から来ている公家の護衛たちから太刀筋を学んだ。

 流派などない。ただの我流である。

 死合(試合)の為だけに得た殺人術である。


「小癪なぁッ!」

 田嶋は吠えると再度大きく太刀を振り上げた。

 そして、重力に身を任せ振り下ろす。

 しかしそれを安吉はヒラリと身をかわして受け流す。

 どこぞの武辺者のようにまともに一騎打ちを演じる必要はない。

「往生せいやぁッ!」

 田嶋はそう吠えると慣れぬ手つきで太刀を横に振り払った。

 刹那の隙間を安吉は見過ごさなかった。

 何度も受け流していれば相手は焦れる。

 

 焦れれば、慣れぬことをする。

 その瞬間に――。


「田嶋五郎討ち取ったり!!」

 首筋に鋭く一撃を加えるだけ。

 安吉は素早く太刀を振り払い、田嶋の首をはねた。

 その瞬間、兵たちは歓声を上げた。

「皆の衆! 敵を討ち取れぇぃ!!!」

 安吉の怒号に紅衆は「応!」と応じると抜刀し、とりついた兵たちを切り伏せていった。



「田嶋五郎殿! お討ち死に!!」

 幸田の元に、その報告が届いた。

 彼はいま、安宅船に乗り移らんとしていたところであった。

「狼狽えるな! 勢いは我等に――」

 狼狽える兵をよそに梯子を上ろうとした。

 その瞬間、敵船の甲板から無数の鉄砲が幸田に向かって向けられた。

「もはや勝敗は決した! 降れば命まではとらぬ!」

 幸田はその言葉を聞いて、真っ先に太刀を甲板に落とした。

 もはや甲板の上から歓声が聞こえることもない。

 降ったか、殺されたか。

 どちらにせよ勝ち目は最早なくなった。

 これ以上幸田が抵抗すれば部下を無駄に殺すことになる。


「皆の衆、よく頑張った。降るとしよう」

 

 幸田の言葉に兵たちは涙を流しながら、「承知」と声を震わせながら応じたのであった。


10万字突破しました!

前作は5万字で止まってしまいましたので、此処までこれたのもみなさまのおかげです。

本当にありがとうございます!


感想、ブックマーク、レビュー。

全てお待ちしております。

気が向きましたら、どうぞご一筆お願いいたします。


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