表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/131

33話

「出陣!」

 安吉が大三島を発った。

 すでに先鋒800は出陣しており、彼は現在本隊と共にあった。

 だが、数分後に彼らを不運が襲う。

もやが、掛かってきたか」

 安吉がそう呟くと、周囲に靄が広がり始めた。

「全船!2列縦隊となせ!」

 安吉はそう叫んだ。

 その声は次々と伝播してゆき、隊全体に広がる。

 やがて、上空から見て円形に並んでいた船団は、3列の縦列へと変形していった。

「隆実も遊んでいたわけではないということか」

 安吉はそう呟いた。

 現在、安吉の乗る風鳴丸は紀忠の乗る海鳴丸と共に縦隊の後方に連なっている。

「以後の指揮は隆実に任せる! 注意して進め!」

 安吉の命令もすぐさま伝播していき、隆実の座乗船からの返答が返って来る。

「……海難が起きなければいいが」

 安吉はそう物憂い気に前方を行く船団を見つめた。

 過去に何度も海に出た安吉にとってこの瀬戸内海域での靄に不安を覚えずにはいられなかった。

 無数の海の男たちと船がその海底に引きずり込まれている。

 座礁、衝突。枚挙にいとまがない。

「いや。配下の水夫たちを信じるとしよう」

 安吉がそう呟いた瞬間、靄の奥が明るく光った。


「敵襲!」


 前方からその声が響き渡った。



「静かに、静かにだ」

 それから少しばかり前のこと。

 利通は自ら小早3艘を率いていた。

「靄がかかった。敵がまともならばここを必ず通る」

 靄がこの海域にかかったのはまさしく天運と言わざるを得なかった。

 そのおかげで敵の進軍経路を絞ることができた。

 大野利通は、来島の通康から愚将と目されているが、それは誤りである。

 確かに通康と戦略眼や思想は異なるものの、彼とて河野を支えてきた将だ。

「……。殿、敵です」

 水夫の一人が声を上げた。

 利通も耳をひそめると、船が水を切り前進する音が聞こえた。

「後方へ伝達。第1陣、前方より襲撃せよ」

 利通の言葉に、後方に控えていた小早の水夫長が「応」と答えると、ゆっくりと漕ぎ出していった。

「安吉とかいう将は名将だ」

 利通はそう笑った。

 この海域はほかの海域に比べて広く、島嶼も少ない。

 故に海難も起こりづらく比較的安心して航行することができる。

「やはり、将ではなく船乗りとして優れているらしい」

 利通はそう嬉しそうに笑った。

「情報はあっていたらしい」

 満足げな笑みを浮かべると後続の関船集団が到着した。

 関船5艘の400程度。

 利通はそれに乗り移ると、声高に宣言した。

「火矢をつがえろ! この戦、貴様らの働きにかかっている!」

 利通の言葉に兵たちは「応!」と大声で答えた。

 その直後。靄の先に大祝軍関船の舳先が見えた。

「放てぇぃ!」

 利通の鋭い命令に兵たちは素早く応じる。

 宙に向かって放たれた火矢は数本が海中に没したが、白い靄の奥で敵船に当たって燃え広がった。

「全船突入! 敵をけちらせぇい!」

 その命令と共に彼の元にいる5艘の関船は突進を開始した。



「一体どうなってるんだ!」

 安吉は狼狽していた。

 靄の中、突然敵に襲われたのは分かったが、

 どの方向からどの程度の数に襲われたのかは不明だ。

 これでは手の施しようがない。

「前方より敵の関船が迫ってまいります!! 先頭を進んでいた関船の1艘が炎上中!」

「先鋒との連絡途絶!」

 漸く届いたその報告は酷く曖昧であったが、ある程度の状況を理解することはできた。

 要約すると、敵の待ち伏せを喰らった。

 その地点は先鋒と本隊の中間であり、先鋒800との連絡が途絶。

 本隊1200はこの靄の中孤立したということだ。

 だが、疑問が残る。

 一体どこの軍勢だ。

「前面に船を集中させろ! 決して孤立するなかれ!」

 靄の中での戦闘で最も気を付けならなければならないこと。

 何度も武吉から口を酸っぱくして言われてきた。

「同士討ちには気を付けろ!」

 味方同士の誤射。

 技術の進歩した現代でも起きうるそれはこの時代も多発していた。

 兵力の少ない今、なおさら気を付けなければならない。

「迂闊だった」

 安吉は指示を出し終えるとそう唇をかみしめた。

 不確実な情報を確実なものであると過信し、敵の襲撃はないと安易に縦隊へと移行させた。

「紀忠ァ! 紅衆を用意させよ! 靄が晴れ次第攻勢に転じる!」

 安吉は舷側に立つと、隣を並走する海鳴丸に向かって叫んだ。

 敵は恐らくそれほど多くない。

 能島、大祝、来島。この三家の諜報網を潜り抜けられる兵数はおそらく1500程度だ。

 冷静に対処すれば負けない。

 


「殿、第1陣は乱戦となっておりまする」

 利通は後方へと交代すると、幸田と現状を確認していた。

「我等は3000。400が交戦しておりますからのこりは2600にございまする」

 幸田の言葉に利通は静かに頷く。

 そして、新たな命令を下す。

「敵はいま、最前列の船と後続の船が密集し、上空から見れば丁字になっている」

 その言葉を聞いて幸田はふむふむと頷いている。

「400程度では押し切られますな。増援を?」

 幸田がそう尋ねた。

 縦隊であった敵が、徐々に横隊に変形しつつある。

 これは奇襲の効果が薄れてきていることを如実に表していた。

 当初こそ大祝軍は動揺したが、すぐに規律を取り戻した。

「否、第1陣はさらに攻勢を続けさせろ」

 利通の無慈悲な命令に幸田は目を見開いた。

 利通の命令は第1陣の400に「死ね」と言っているようなものであった。

「……承知。して、その後は?」

 幸田は唇をかみしめながらそう尋ねた。

 現在利通ら2600は大祝軍と戦っている第1陣のやや後方に錨を下ろしている。

 味方の後詰をしないとなれば一体――。

「第2陣2000は北上、敵の側面を強襲する」

 利通の命令を聞いて幸田は目を見開いた。

 第1陣が敵の前方集団を足止めさせる。

 その間にも敵の後方集団は前進し続けるため次々に前方集団は渋滞する。

 そこを、2000の本軍を突入するとどうなるか――。


「我が名を後世に刻んで見せよう」


 利通はそう言ってにやりと笑った。

「全軍前進! 600の兵はこの場に残り敵の先鋒が帰還するのを阻害せよ! 半刻(1時間)経っても敵の先鋒が戻らぬ場合第1陣の後詰をせよ」

 利通の命令に兵たちは「応!!」と応じると、船を一路北に進め、大祝軍の側面を目指した。



「……。本陣からの定時連絡はどうした」

 赤松幸右衛門は靄の中で困惑していた。

 本来であれば本陣との距離を保つため、定期的に小舟が連絡を取りに来るはずなのだが、それがない。

「我等を見失った、か?」

 幸右衛門はそう呟いていた。

 この靄では仕方ないかもしれない。

 迂闊に引き返して突然衝突しても困る。

「このまま、前進するぞ。来島で殿の軍勢を待つ」

 戦の経験に乏しい幸右衛門はそう判断を下した。

 彼の中では本陣が奇襲を受けている、という可能性は一切なかった。

 

 それから数刻後、靄が発生している海域を抜け、来島城を目前にした幸右衛門は自らの目を疑った。

 彼の眼前には海上で燃える数多の大型船。

 その中心で小早に乗り笑みを浮かべる一人の将がいた。

「おやおや、これは大祝殿の軍勢ですかな」

 その男は来島城城主、村上通康であった。


すぃせん、プロット段階の作品を誤って33話として投稿してしまいました。

現在は削除しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ