32話
「えぇい! 和田は何をしておる! 老木如き軽く捻りつぶさぬか!」
湯築城、評定の間にて河野道宣は荒れていた。
先代より仕えた老木実家の謀反と、その鎮圧に難航していることによる苛立ちか。
それとも、他の何かか。
「なぜじゃ……。なぜみな儂についてこぬ……。えぇい! 腹立たしゅうて仕方がないわ!!」
道宣はそう怒鳴り上げると扇子を折った。
家臣の皆がこの状況に辟易していた。
主君の怒りが収まるのをおとなしく見守るほかない。
そうでもなければ一体どうなることやら。
「援軍じゃ! 援軍を送れ」
道宣の言葉に漸く反応したのは高木正義。
四方を敵に囲まれ、内乱の続くこの河野にて最大の部隊を編成し、各戦線に援軍として駆け付けては武功を上げていた。
「拙者が参りましょう」
正義の言葉に道宣はパァッと表情を明るくした。
「うむ! 逆賊、老木を討ち取ってまいれ!」
その言葉を聞き、正義は「ははぁっ!」と頭を下げた。
地に伏せた正義の表情は下非た笑みに満ちていた。
「老木が裏切ったとなれば次は高木じゃ」
暗闇の中、そうにやりと笑ったのは毛利元就であった。
老木の謀反をけしかけたのは通直などではなく元就であった。
老木へは直接元就の名で書面を送り、通直の名が書かれた偽造文書をわざと河野に抑えさせた。
「これで、河野も終わり、ですね」
元就の言葉に元久は嬉しそうに笑った。
この場に、隆元や元春、隆景の姿はなく元久と元就だけである。
「しかし、大祝や村上に伊予を抑えさせて良いのですか?」
元久はそう尋ねた。
すでに彼が知る歴史とは逸脱し始めている。
この時点の毛利氏は大内に従う一国人に過ぎず、毛利から書状を送ったところで何かを起こせるわけがない。
だが、ちょうどいい時期に大祝が動いてくれた。
海洋勢力として伊予で一大勢力を築いていた河野。
それに反抗する形として大三島の大祝氏が瀬戸内守を拝命した。
これによって表面上伊予周辺の海域を支配していた河野から、大祝にその支配権が移った。
河野として残されたのは陸地である伊予だが、その伊予も西園寺や宇都宮という勢力が存在し、伊予での影響力も乏しい。
故に、適度な軍事力を持ち、独立心の強い家臣たちは好機と捉えるはず。
毛利は最期の一押しをしたに過ぎない。
「宇都宮と西園寺はうごきますかね」
元久は元就に尋ねた。
元就はその問いに「わからん。大祝次第だな」と答えた。
彼らにとって密約を結ぶ大祝の躍進は歓迎すべきことだ。
「隆景に軍勢を用意させよ、いざとなれば大祝に加勢する」
その言葉をきいて元久は目を見開いた。
「よいのですか?」
大祝に加勢するということは大内と敵対するということだ。
元久の表情を見て元就はにやりと笑うと「ようやくその顔が見れたわ」と嬉しそうにくっくっくとわらった。
「構わん、いずれは滅ぼすだけよ」
元就の挑戦的な言葉に元久は心を躍らせると「承知」と答え平伏した。
「老木だけではなく、来島も、だと?」
来島城から命からがら帰ってきた山田によって来島通康裏切りの報がもたらされた。
重臣の裏切りは予想以上に道宣のメンタルに負荷をかけていた。
「しかし、通直殿の娘婿でありますから……。致し方ないかと」
利通がそう伝えると道宣は目に見えてイライラし始めた。
「大野利通! 6000の兵を貸し出す! 自らの手勢と合わせ来島を脅して来い」
来島の予想兵力は5000。
それを上回る兵力を誇示すれば来島が翻意するかもしれない。
「来島を落としてもよろしいのでしょうか」
利通が道宣に挑発する笑みを浮かべる。
道宣はそれに一瞬驚いたような顔をすると満足げな表情を浮かべた。
「来島が下らぬ場合には落として構わぬ」
道宣の答えを聞いて嬉しそうに笑みを浮かべた利通。
道宣はそんな大野利通を見てこの上ない安心感を得ていた。
これで河野も安泰である。
そう思っていた。
「大野利通の軍勢が湯築を発ち来島に向かっている!」
大三島神社の評定の間で、安吉はそう宣言した。
すでに戦支度は終えている。
今から来島に向かっても利通よりも早く来島に到着することができるだろう。
「先鋒は赤松幸右衛門、小早20艘と関船5艘の800を率いろ!」
赤松幸右衛門。
衛門衆のなかで唯一武将として大祝家に名を連ねる人物である。
彼の本家は現在の兵庫県、播磨国を支配する大名である。
「承知仕りました」
赤松はそう平伏した。
彼は朝廷に出仕している間、堺で一時期水上警察のようなものを指揮していた時期もあり、海には慣れている。
「本隊は越智隆実。安宅船5艘と関船5艘の1200を預ける!」
その言葉を聞いて隆実は「ははっ!」と答えると平伏した。
「後備には堀田紀忠! 風鳴丸、海鳴丸及び紅衆の合計300を率いろ!」
安吉の言葉に紀忠はすまし顔で「承知」と短く答えると平伏した。
その様子を見て隆実はどこか自慢げだ。
「なお、今回は俺も出陣する! 風鳴丸に乗船し各々の戦ぶりを見届ける」
その言葉に家臣たちは「おぉっ」と声を上げた。
古来より大祝家の当主は宮司という立場が故、前線に立つことはなかった。
だが、安吉は当主でありながら宮司ではない。
「敵は僅か6000! 我等2300に加え、来島の5000! 負ける道理がどこにあろうか!」
安吉の声に家臣たちは「応!」と答えた
その様子を見て安吉は勝利を確信した。
「この戦、勝てるか」
船上にて、大野利通は配下の将に尋ねていた。
彼の名は桂山幸田。
利通を長く支えてきた将でもあった。
「……。それは――」
幸田はそう言って言葉を濁らせた。
謀反など起こすつもりは毛頭ないが、道宣の言う通り馬鹿正直に来島に向かっていては来島の5000と大祝の2000、それに背後に構える能島の軍勢に挟撃されてしまう。
「悪いが、来島には向かわん」
利通はそういうと、采配を掲げた。
「湯築勢に伝えよ! 来島に向かえと!」
その言葉に幸田は困惑した。
後続の湯築勢は道宣から借りた6000。
現在、利通と幸田がいる軍勢は彼らの手勢であるおよそ3000。
併せて9000となるが、湯築の兵を来島に向かわせるとして、のこりの3000は何処に――
「折角、敵を欺いたのだ。さらに仕掛けさせてもらう」
安吉が察知した軍勢は、利通の率いる軍勢ではなかった。
彼が察知したのは後続の6000であった。
「何処に向かわれるのですか?」
幸田問いに利通は水平線を見つめた。
視線の方向は来島がある方角よりも北。
「これより我等は大三島にむかい、大祝の援軍2000を撃滅する!」
利通の挑戦的な作戦の幕開けであった。
週4投稿3回目になります!
まだまだ書き溜めはありまっせ!!
どうぞご期待ください。




