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31話

「来島が、裏切る」

 通康の決意から1週間後。

 すでに時は5月の中頃に差し迫っていた。

 安吉の言葉を聞いて評定の間に並んだ者たちは「おぉ」と声を上げた。

「翌月の1日に奴らは反旗を翻す。河野はそれに対し軍を差し向けるだろう」

 安吉の言葉に、紀忠や武闘派の者どもは表情を明るくし、理財に長けている者たちはどこか暗い表情だ。

「我等は来島を救援すべく軍を差し向ける」

 来島は瀬戸内の島である。

 それを保護するのは瀬戸内守としての義務である。

「大三島にいる紅衆250。海鳴丸及び建造中の風鳴丸を動員する」

 その言葉を聞いて越智隆実が声を上げた。

「安宅船はいかがなさいますか!」

 大祝家は小規模ではあるものの、以前と同じような水軍も有している。

 安宅船が5艘、関船が10艘、小早が20艘だ。

「総じて2000の兵で何ができる?」

 越智隆実を試すように安吉はにやりと笑った。

 隣の武吉は8000の兵を備えており、来島は5000の兵を備えているとみられている。

 わずか2000で何ができようか。

「我等2000は紅衆に負けず劣らずの精兵であると自負しております! 必ずや戦果を」

 隆実の言葉は自身に満ちていた。

 能島、来島と大祝の軍が大きく違う点はいくつかある。

 その一つは常備軍か否かである。

 この大三島の軍は非常に数が少ないが故に、訓練を完全に施すことができる。

「よろしい! ならば来島救援の先鋒となせ! 紅衆と海鳴丸は後備えとする!」

 その言葉を聞いて隆実は表情を明るくさせた。

 目には涙すら浮かべている。

 それもそうだろう、安吉は今まで紅衆や帆船に多額の投資をしてきたが、隆実率いる旧式の軍は比較的冷遇されていた。

 だが、戦になって一転。

 先鋒を任されれば武闘派の隆実としては感極まれりと言ったところだろう。


 対して紀忠は不満げな顔をしていた。

 


「なんで隆実が先鋒で俺が後方待機なんだ!」

 安吉の自室を訪れた紀忠はそう声を荒げていた。

「貴様も謀反か?」

 安吉は紀忠を小ばかにするようにそう笑った。

 今にも殴り掛からんばかりの怒気を発する紀忠に、安吉は毅然と立ち向かっている。

「何のために紅衆を作ったんだ! 何のために俺は努力してきたんだ!」

 そう言って紀忠は安吉に掴みかかった。

 だが、次第に力なく項垂れると目元に涙を浮かべた。

 悔し涙、か。

 次の戦は瀬戸内守、大祝安吉としての初陣だ。

 そこで戦功を上げれば内外共に名を広く知らしめることができるだろう。

 武辺者としてはそれがこの上ない喜びであり生き甲斐でもあるのだ。

「このために、お前は努力してきた」

 安吉は無慈悲にそう伝えた。

 その言葉を聞いて紀忠は自らのふがいなさに情けなくなった。

 所詮、帆船は過ぎたものだったのだ。

 この瀬戸内という小さな島が無数に存在する海域で帆船を使うには難しいと安吉は判断したのだろう。

「ッ……。帆船はもはや見限ったと?」

 紀忠はそう尋ねた。

 その問いに安吉はポカンとした。

 彼の表情を見て紀忠もまた、困惑している。

「なぜ、そう思う?」

 安吉は呆然としながらそう尋ねた。

「後備えだと、お主が申したではないか」

 紀忠の言葉に安吉はイマイチ要領を得ていないようであった。

 それは紀忠も同じで呆然とする男二人がその場にいた。

「すれ違い、ね」

 小気味いい笑い声と共に小春が姿を現した。

「今回は大事な戦。だからこそ、後備え」

 小春はそう言って安吉を見た。

 安吉はそれに頷くと、言葉を続けた。

「此度の戦、まさか来島を攻撃する河野を叩き返して終わり、とはいくまい」

 安吉の言葉に紀忠はうなずく。

 河野はプライドが高い。

 来島を取り戻しに来た軍が弾き返されようと、何度も軍を差し向ける。

「ならば、河野の継戦意欲を挫くほかない」

 紀忠がそう答えた。

 安吉はにやりと笑うと紀忠にこう命じた。

「海鳴丸、及び風鳴丸に紅衆をのせ湯築城を襲撃するぞ。貴様は海鳴丸を率いろ」

 紀忠はその言葉をかみしめた後、たまらず尋ねた。

「風鳴丸はだれが――?」

 安吉はその言葉を待っていたとばかりに笑みを浮かべた。

 彼の表情を見て紀忠は一瞬背筋が凍った。


「俺自ら風鳴丸を率いる」



「急げ! 急げ! 油を売っている暇はないぞ!」

 造船所は喧噪に包まれていた。

 その中心で怒声を上げるのは帆船の建造を担当する嘉丸であった。

「おいこらそこ! 丁寧に扱え! 俺たちが吹き飛ぶぞ!」

 嘉丸がこうも怒声を上げるのには理由があった。

 彼らが今積んでいるのは大筒や、その弾丸、火薬類であるからだ。

「急にすまんな」

 安吉はそう言って嘉丸にわびた。

 風鳴丸にはおよそ30門の大筒が装備される。

 対して海鳴丸はやや風鳴丸よりも小さいものの、もともと戦闘用には作られていないためわずか12門に過ぎない。

「いえ、父上があちらの方をやってくれるので多少はマシです」

 そう笑った嘉丸の表情には疲労が見て取れた。

「……。暫し待ってくれ、戦が終われば優秀な者を付ける」

 そう言った安吉に嘉丸は「かたじけのうございます」と笑うと、仕事に戻っていった。

 帆船の奥に目を向ければ安宅船が造船所の船台に乗せられており、整備作業を実施している。

 大祝家の軍は精強無比である必要がある。

 その為には整備を怠ることはできない。


「この戦、必ず勝利しなければならん」



「もはや河野にはついていけぬ」

 来島城、評定の間で通康は家臣たちにそう言葉を告げた。

「なっ! 通康、何を言い出す!」

 通康の言葉にそう反論したのは河野より来島村上家に派遣されていた目付役であった。

 彼の表情は恐怖の色に染まっていた。

「山田殿、我等は通直殿に忠義を尽くしてまいりました」

 通康はゆっくりと過去を思い出すようにそう言っていった。

「それは、通直殿に恩があったから! 道宣に恩は持ちあわせておらぬ!」

 通康はそういうと立ち上がり、太刀に手を伸ばした。

 それをみて、山田は震えている。

「これより我等は通直殿の仇討をさせていただく! 以後は瀬戸内守と同盟を結び河野に反旗を翻す!」

 その言葉に山田は呆然としていた。

「ほっ……本気ですか?!」

 山田はそう声を荒げた。

 通康はそれに無言で近づいていくと、太刀を引き抜いた。

 そして、山田のうなじに向かって振り下ろした。

「あぁ、本気だ」

 通康は山殿うなじの直前で刀を止めるとそう宣言した。

 次はない、そういう意思表示であった。


「籠城戦の支度をせい!」


 通康の命令に配下の者たちが「応!」と応じた。

 一人残された山田はガタガタと震えながらその表情は絶望の色に染まっていた。


一昨日ぶりの更新になります。

週四投稿ということでやや不安もあるのですが、励んでいこうと思います。


どうぞご支援のほどよろしくお願いいたします。

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