表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/131

2話

「良かったのですか?」

 居間きょのまにて武吉たけよしはある男と対面していた。

 周囲に人はおらず、二人きりで何やら話している。

「叔父上、ご不満ですか?」

 その相手は村上隆重(たかしげ)

 武吉たけよしの叔父に当たり、先の家督争いでは武吉たけよしの後見人となった男であった。

「……正直、未だ病弱なのではないかと」

 率直に隆重たかしげは疑念を漏らした。

 おそらくそれは家中の皆が抱いている疑問であった。

 見事に酒を呷ってみせた船丸ふねまるだが、翌日はひどい頭痛に悩まされたりなど、病弱を克服したわけではない。

「それに船丸ふねまる様はアレをなさっておりませぬ」

「あぁ、そうか」

 隆重たかしげの言葉に武吉たけよしは同意した。

 そして立ち上がると、隆重たかしげに向かってニヤリと笑った。

「初陣前の男子を集めよ。久方ぶりの祭りじゃ」

 武吉たけよしの言葉に隆重たかしげもまた笑って平伏した。



船丸ふねまる! 祭りじゃ祭りじゃ!!」

 昼頃、船丸ふねまる貞時さだときと共に木刀を打ち合っているとドタバタと武吉たけよしがやってきた。

「祭りとはなんのことにございまするか?」

 武吉たけよしが突然はなった言葉に船丸ふねまるは困惑しながら尋ねる。

 すると武吉たけよしは少し驚いたような顔をしてから「そうか、知らぬのか」とすこし悲しげに呟いた。

 そして、少し間をおいてから祭りの詳細を語り始めた。



 祭りの詳細は案外単純なものであった。

 現代でいうところのレースだ。

 ここ、村上家の居城である能島城のしまじょうは周囲を海に囲まれた島にある。

 また、隣には鯛崎島たいさきじまという出丸的役割を果たす小さな島がある。

 この周囲約1キロメートルをどれだけ早く回ることができるか、というのを競うものであった。

 使う船は小早という20人乗りの小さな船。

 しかし村上家ではこの小早が最も多用されており、この船を扱えぬということは船が扱えぬのと同一視されている。


「やれるか?」

 すべての説明を終えた武吉たけよし船丸ふねまるを試すかのように尋ねた。

 無論、それに応じぬ船丸ふねまるではない。

「もちろん」

 挑むような顔つきで武吉たけよしに言った。

 それに慌てたのは貞時さだときであった。

 仮に兄弟といえど、武吉たけよしは主君で船丸ふねまるはその家臣。

 このような挑戦的な態度を取って許される相手ではない。

「初陣の前支度じゃ! 派手に行け!」

 そう豪快に笑いながら武吉たけよしは去っていった。

「相変わらず、嵐のようなお人だ」

 去っていった武吉たけよしを見つめながら、船丸ふねまるはそうつぶやいた。

「やるぞ、貞時さだとき。やるからには頂点だ」

 船丸ふねまるは視線を動かさずにそう宣言した。

 貞時さだとき船丸ふねまるをみて「かわってしまった」と思うと同時に、どこか頼もしさも感じていた。

「今すぐにでも海に出られますか?」

 貞時さだときの問に船丸ふねまるは胸を張り、声を張り上げて答える。

「応!!」



「時に、この祭りには誰が出るのです?」

 修練を終え、船丸ふねまる武吉たけよしが縁側に座ってくつろいでいると船丸ふねまるはそう尋ねた。

「多くが元服前の男衆だ。総じて5名」

「その5名で同時に競い合うのですか……」

 5名と聞くと少なく思うかもしれないが実際はもっと多い、指揮者が5名ということは小早が5艘。

 水夫を合わせれば総じて100名ほどがこれに参加することとなる。

「お主が最も幼い。だが、当主の弟でもある。後れを取ることは許さぬ」

 厳しい口調で船丸ふねまるにそう言った武吉たけよし

 船丸ふねまるはそれにひるむことなく不敵に笑った。

「わたくしにお任せください」

 そう言った船丸ふねまるの笑みは自信にあふれていた。

 船丸ふねまるの表情を見た武吉たけよしはフッと笑うと「楽しみにしている」と言い、突然その場を去っていった。

 その時の表情は酷くゆがんでいた。



 それから3ヶ月のこと。

船丸ふねまる様、いよいよでございまするな」

 出港を前にして貞時さだとき船丸ふねまると言葉を交わしていた。

 各桟橋には各家から来た若者が傅役たちと言葉を交わしている。

「ご無理はなさいませぬように」

 そう表情を引き締めていった貞時さだとき船丸ふねまるは「心配するな」と笑った。

 彼の秘策、それは無理難題というものであった。

 もしもそれが可能であるのならば、この城そのものの意義が揺らぐかもしれないような試みであった。

 だがそれを船丸ふねまるは為そうとしていた。

「必ず勝つ。兄上のために」

 そう言った船丸ふねまるの視線の先には本丸があった。

 本丸の中では重臣たちと武吉たけよしがこの一部始終を見守っている。

 船丸ふねまるは振り返ると背後に控える水夫たちに向き直った。

 この時まで、長かった。

 だが誰一人として欠けることなく訓練についてきてくれた。

 その水夫たちを船丸ふねまるは信頼していた。

 故に彼は右手を振り上げ、ただこう叫んだのであった。 


「出陣じゃ!!」

 

 村上船丸(ふねまる)

 彼の歴史が始まろうとしていた。



 船丸ふねまるが船出をしようという時、別の桟橋に嶋貞時しまさだときの孫、嶋貞道しまさだみちの姿があった。

 彼に傅役はついておらず、桟橋には父である嶋貞義(さだよし)が自ら立っていた。

 貞道さだみちはすでに元服を終えたばかりの若武者だ。

 少しばかり早い元服も村上家の中で先陣を切る嶋家としては誇りでもあった。

「嶋家最高の操船者」と呼ばれた貞義さだよしが自ら育て上げた貞道さだみちは、他の者たちでは相手にならないと誰もが思っていた。

 それは嶋の父子も同じであった。

貞道さだみちよ、遠慮はいらぬ。お主の力、見せつけてこい」

 貞義さだよしはそう言って息子の肩を押した。

 息子の貞道さだみちは心配するなどばかりに笑うと、配下の者たちを小早に乗り込ませた。

 

 この祭りは操船術のすべてを競う。

 文字通り出港から入港まで。

 各桟橋に付けられた小早は太鼓の合図とともに出港すると、能島のしま鯛先島たいさきしまを回り戻ってくる。

 そして再び桟橋に着けるまでの速さを競うのだ。

 当然、貞道さだみちはそのすべてに自信があった。

 今か今かと太鼓の合図を待つ。

 彼のほかの者たちも小早の船尾に立ち、号令を待っている。

 その中には当主の弟、船丸ふねまるもいる。

船丸ふねまる様。どれほどのものか」

 貞道さだみちはつぶやく。


 そして、太鼓が打ち鳴らされた。



「行け!」

 貞道さだみちはそう命じると自らは船尾にある舵に手を添えた。

 漕ぎ手たちが全力で漕ぎ、貞道さだみちは左右を操る。

 素早く出港した貞道さだみちは当然のように先頭を切っていく。

「力の限り漕げ!」

 落ち着いて貞道さだみちはそう命じた。

(勝てる)

 そう確信した。

 この競技、船を操る技能を競うと謳ってはいるが、何か大きなことがなければほとんど逆転は起こらない。

 ここまで潮を見事に乗りこなし、速度を減じることなく進んできた。

 これならば勝利間違いなし。

 貞道さだみちはそう油断してしまった。

 彼が余裕をもって後ろを見た時、信じられないものを目にした。


 自分の遥か後方を進む3艘の小早。

 そして、もう1艘は――



 貞道さだみちの斜め後ろにピタリと張り付いていた。


2話から前作とは大きく内容が変わっていきます。

前のバージョンを読んでいた方にも楽しんでいただけると思いますのでどうぞご期待下さい。


追記


ブックマーク96に到達しました(1/23現在)。

誠にありがとうございます!

また、日刊ランキング5位に載ることも出来ました。

感謝をしてもしきれません。


贅沢なことを言うのなら、感想を頂けると嬉しいです。

ぜひ、ご一考ください。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ