25話
それから数日後、村上家からの関船の船団が大三島に着いた。
「貞道殿。久しぶりですな」
その出迎えには安舎が就いた。
家老の出迎えにしては豪勢な人物であった。
「我等のような海賊の出迎えに安舎様のようなお方が来られるとは……。恐悦至極にございます」
貞道はそう言って、軽く頭を下げた。
「いやいや、我等の友である武吉殿の使いとあれば、私自ら出ましょう」
そう言った安舎に貞道は少しばかり微笑む。
すると安舎は貞道に背を向けるとこういった。
「では、案内いたしましょう」
安舎はなるべくこの街の全貌を見せつけるかのように歩いていった。
「貞道殿。よくぞお出でなさりました」
貞道を迎えた安吉はそう言った。
安吉の言葉を聞いた貞道は一片の笑顔を見せるでもなく頭を下げた。
「この街はいかがでしたか?」
この二人は共に過ごした日々がある。
だが、それを上書きするような立場の差があった。
安吉と貞道はすでに共に過ごしてきた戦友ではなくなってしまっている。
「我が主君、武吉様の名代で参りました」
そう言った貞道の声には感情がなかった。
なにも、なにも。
「久しいな。息災か?」
安吉の問いに貞道は「おかげ様で主家共々変わらずやらせていただいておりまする」と答えた。
そこには、感情がなかった。
その後はお互いの今後の確認。
特に今までの政策を確認する際には建造法などを詳しく尋ねられた。
その日の夜のこと。
「……貞道」
夜遅く、大三島を見渡すことのできる山の上に貞道はいた。
「紀忠か」
紙と筆を手に立つ貞道は、背後の紀忠に振り返ることなくそう答えた。
ざっざっと石を踏みしめながら貞道に近づく紀忠。
「何してやがる」
かつての好敵手としての二人の姿はなく、全くの別人のようであった。
「殿の命だ」
貞道はそういうとスラスラと筆を走らせる。
彼が何をしているのか、紀忠にはある程度予想がついていた。
紀忠は素早く腰の太刀を抜き放つと貞道の首に当てた。
「この島はそう簡単には落ちねぇぞ」
紀忠は貞道を牽制するようにそう言った。
「だからこそ、こうして調べているのではないですか」
さも当然のように貞道はそういった。
この男、家老の身でありながら自ら間諜紛いのことをするとは。
しかも、太刀を向けられているというのに動揺すらしていない。
「お主も人のことは言えぬではないですか」
貞道は筆を休めるとため息と共にそう返した。
今まで武吉が安吉や大祝家の情報を正確に得ることごできた理由は紀忠にあった。
彼は定期的に武吉の元へと書状を送っていたのだ。
「…………」
貞道の指摘に紀忠は反論できなかった。
「紀忠、安吉と武吉様。どちらを信ずる?」
その問いに紀忠はドキリとした。
今は安吉に従っているものの、父祖父は未だに武吉のもとにいる。
このまま安吉に仕えるということは、本家を棄てるということに繋がる。
「武吉様は好かぬ」
貞道の問に紀忠はそう答えた。
その瞬間、貞道の気配が一瞬にして冷え込んだ。
「お前もこっちに来いよ。安吉様はお前を気に入ってるようだぞ」
紀忠の勧誘に貞道は一瞬呆気にとられた後に肩を揺らして笑った。
「わが殿は武吉様のみ」
その言葉に、感情はなかった。
「お前さん、変わったな」
「変わってなどいない」
紀忠の言葉を貞道は即座に否定した。
「いいや。変わったさ」
紀忠はそう言うと言葉を続けた。
「昔のお前は熱があった、情もあった。だが今は冷え切っている」
紀忠の言葉を貞道はただ無表情で聞いていた。
「何があった」
その問の直後、甲高い金属音と共に貞道へ向けていた太刀が宙を舞った。
「友の好だ、一つ教えてやろう。貴様ら紅衆が特別だと思うな」
貞道はそういうと崖を飛び降りた。
紀忠はただ呆然とそれを見守る以外にできなかった。
彼は太刀を握っていた右手を見つめて呟いた。
「変わったな」
「父上、大内はもはや太守足りえませぬな」
安芸の国。
そこには毛利家当主、毛利元就をはじめ、4人の息子が一堂に会した。
「隆景、滅多なことを言うではない」
元就はそう言って最年少の息子を諫めた。
彼の名は小早川隆景。
毛利元就の息子でありながら、今は竹原小早川家の養子となり小早川を名乗っている。
「しかし父上! これよりはいかがなさるのですか」
そう言って豪快に声を上げたのは吉川元春。
彼もまた、隆景と同じように吉川家に養子として送られ、見事家督を相続することに成功している。
「大友か、尼子か。それとも河野ですかな?」
その問いに元就は暗闇中でにやりと笑った。
「どちらにもつかぬ。でしょう? 父上」
元就が答える前に、ある男が答えた。
彼の名は毛利隆元。
毛利元就の嫡男であり長男である。
形式上は。
「そうだ。尼子も、河野も、大内も。われら安芸からはいずれも遠い。独立するなら今しかない」
元就の言葉に息子たちは息をのんだ。
ただ、そんな中にあって平然と事の成り行きを見守る一人の男がいた。
「元久。予想通りか?」
元就はどこか面白くなさそうにそう言った。
「父上はいずれそうおっしゃられると思うておりました」
元久はそう答えた。
彼は天文15年(1546年)の大内家が大祝家を攻めた戦において大三島を攻め、安吉と直接刃を交わした毛利元久であった。
「ふん、つまらぬ。いつかは貴様の表情を驚愕の色で満たしてみたいものだ」
そう言った元就に元久は微笑んだ。
「無理ですよ父上、兄上は何があろうとすまし顔ですから」
元春はそういうと眉をひそめた。
彼は何度か兄である元久に悪戯を仕掛けたが、そのどれもを軽く流されている。
元春はどこかそのことを根に持っているようであった。
「将たるもの、冷静沈着なければならぬ」
元久のどこか凄みのある言葉に元春は息をのんだ。
「ところで元久。忠海を取り込んだようだな」
隆元はそう切り出した。
それに元春は続いた。
「なんでも、忠海守忠を謀殺し所領をかすめ取ったそうではないですか」
その言葉の節々には侮蔑の念が込められていた。
彼は武辺者であり、義に篤い男であった。
「おかげさまで我が毛利の水軍衆は随分と増強されたではありませぬか」
そこに言葉をはさんだのは隆景であった。
小早川家には強力な水軍衆があるが、そこに忠海守忠が有していた戦力や家臣団を加えればこの瀬戸内に君臨する村上家に迫る。
「そうだ、隆景よ。因島はどうなっている」
元就は隆景にそう尋ねた。
因島。それは村上海賊三家のうち最後の一つ。
最北に位置するそれは来島村上家が河野に従属しているのと同じように因島村上家は小早川家に従属している。
「はっ。能島、来島とも文は交わしているようですが……。今のところは我等の味方でしょう」
先の戦で小早川家が参戦しなかったのには因島村上家を気遣ってのことである。
主である小早川家と、親族である能島や来島のどちらに味方に付くべきかという選択を因島に迫るのはあまりに酷であると元就は考えていた。
だが、もはやその気遣いも不要になる。
「能島、来島。そして大三島の三家に文を遣わせよ」
元就はそう言って三通の書状を隆景に手渡した。
それを眺めていた元久は尋ねた。
「一体なんと?」
元久の問いに元就はニヤリと笑うとこう応じた。
「打倒大内を目標にした盟約の誘いだ」
いよいよ元号が変わりますね
雪楽党と申します
平成から令和へ
時の移ろいを感じつつ、新たな挑戦をしていきたいと心を引き締める所存であります
改元記念に何かできればと、思っているのですがどうなることやら
恐らく明後日には何か動きがあると思われますのでどうぞ、ご期待ください
常日頃からご愛読ありがとうございます
元号が変わっても、今後とも変わらずよろしくお願い致します




