24話
近衛が去ってから半年が経った。
すでに紅衆が京に入り、衛門衆と交代し朝廷の警備を行っている。
「……費用対効果はどうなんだろうか」
夜、小春と安吉はそう頭を抱えていた。
紅衆を京に置くのには莫大な費用が掛かる。
だが、それと引き換えに近衛衆を召し抱えたのと、公家衆の往来が活発になった。
これを差し引きして利益が上がっていると考えるにはあまりにも楽観的過ぎる。
「さすがに、他に利益を上げる手立てを考えなきゃ……」
そう二人が頭を抱えるのには訳があった。
一年程前から武吉へと納入していた関船だが、数か月前を以てそれが打ち切られた。
結果的に、今まで大祝家の収入を支えてきた造船業が一時停滞し、大祝家は一転して赤字収支になった。
公家衆が訪れることにより利益を得ているが、それも紅衆を京に配置している費用と差し引けば利益は僅かなもの。
いよいよ、交易の活発化を考えなければならない。
「鉄砲かなぁ」
小春はそう言った。
現在、鉄砲の需要は急増し、価格は高騰している。
これに付けこんで大三島で作られた鉄砲を輸出すれば莫大な利益を得ることができるだろう。
「だめだ、俺達の優位性が無くなる」
鉄砲の輸出にはデメリットも当然存在する。
現在、大祝家は公表こそしていないが、日本有数の鉄砲保有数を誇っているはずだ。
これにより、他国よりも軍事面で優位に立っている。
安易に輸出すればその優位性が崩れることとなる。
それはできるだけ防ぎたい。
「いよいよ海外貿易か」
安吉はそう切り出した。
帆船の建造も成功し、不眠航海も成功した。
外洋遠征に乗り出すなら今しかない。
中国では日本製の太刀が大変な高値で取引されている。
また、東南アジアなどから砂糖を入手することができれば数倍の値段でもって堺で売りさばくことができるだろう。
「安宅船を上回る帆船を建造し、台湾へと進出する」
安吉の宣言に小春は不安そうな顔をした。
「……だれが指揮を?」
その問いに安吉はにやりと笑った。
「俺自ら」
数日後、図面を完成させた安吉は嘉丸の元へと届けに行った。
「造れるか?」
安吉の問いに嘉丸は眉をひそめた。
そこに描かれた帆船は嘉丸の想像を大きく上回るものであった。
「全長は30間(54メートル)。安宅船のそれを大きく上回る」
安吉の言葉に嘉丸は息をのんだ。
武吉に対して安宅船の納入こそしたが、これほどまでに大きい船、そして今までにない船体構造をしているこの船を容易に建造できるとは誰も思っていない。
「だが、帆船の建造を成功させたお前ならできると信じている」
安吉の言葉に嘉丸は照れ笑いを浮かべた。
「しかしそれにしても、この帆は何ですか?」
嘉丸の問いに安吉は唸った。
どうやら、嘉丸は安吉が思っていたよりも知的欲求にあふれているようだ。
前回造った帆船はすべて横に張った帆のみで構成されている。
しかしながら、今回の帆船は船体に対して縦に張った帆を最後尾に、そして船首からマストへ張られる三角帆が描かれている。
「船尾の帆は横から受けた風を効率的に受け、船首を向けるのに使う。船首の帆は横帆を増設するのと同じ効果がある」
そう言った安吉に嘉丸はふむふむと頷いた。
どうやら何とか自分の中で理解しようとしているらしい。
「……門外漢にはわかりませんね」
そう言った嘉丸に安吉は大きく笑うと恥ずかしがりながらこう言った。
「俺にも船の造り方には無知に過ぎる。我々は補い合わねばならない」
安吉の言葉に嘉丸は表情を輝かせると「はい!」と応じた。
「叔父上」
能島城の一角、武吉の居室で武吉と時隆は顔を合わせていた。
翌日には評定がある。
それを前にし武吉と時隆はある案件について話し合うことになっていた。
「大祝、アレをどうするかだな?」
時隆は武吉の意をくみ取ると、そう言った。
その言葉に節々には嫌悪感がにじみ出ていた。
「攻めるのか」
時隆の問いに武吉は否定しなかった。
最近の大祝はあまりにも増強しすぎている。
すでに目下の脅威は大内から大祝へと移り変わっている。
「大内は内部で派閥争いを抱えていますから」
武吉がそう言った。
現在、大内では文官と武官で対立が発生している。
故に現在は大内には村上家と向き合うだけの余力はない。
「だが、大祝を攻めるわけにもいかん」
時隆はそう言った。
大内が弱体化した今、経済的、軍事力的にも影響力を増している大祝をなんとしても取り込みたい。
内部の勢力整理をするなら大内が弱っている今しかない。
「無理に攻めれば、奴らは朝廷と交流がある。恐らくは助けを求めるでしょう」
そう言った武吉は頭を抱えた。
強引に大祝を傘下に加える時期はすでに逸した。
大祝が張った交流の根は無数に広がっている。
「それに、戦乱であの町や造船所を失えば我等は海賊衆に逆戻りだ」
今の村上家は過去の村上家とは一線を画している。
大三島という巨大商業都市を盟友に得た村上家は大三島から買っている軍船のおかげで瀬戸内一体を占める水軍大名にまで成り上がった。
「逆に言えば我等は大祝無くしては生きられぬようになってしまったということです」
大祝に往来する公家衆や商人が増えることにより村上家が得る帆別船(通行税)は増加し、格安で統一規格の軍船を得ることにより村上家の軍備は近代化に成功した。
今までの軍船はそれぞれの家々が己の思うような性能にしていた。
故に水夫を他船に載せ替えることは難しかった
だが、規格が統一化されればそれも簡単になる。
「これでは無理か」
時隆は唸った。軍備を復旧させるのを焦ったツケが今になって回ってきた。
大内との戦が終わった時にはまだ大内の脅威が強かった。
故に、大祝に依存してまで軍備増強を急いだ。
「かような様になると分かっておればこんな風にはせなんだ」
武吉は忌々しげにつぶやいた。
「まずは内情を探らせるべく使者を送りましょう」
武吉の言葉に時隆は同意した
外を一瞥すると同時につぶやいた。
「「貞道」」
「……貞道がここに来る。か」
安舎は評定の間で村上家から届けられた書状を見るとそう呟いた。
「貞道がくるのですか?!」
安吉は安舎の言葉を聞いてそう声を上げた。
彼と貞道は浅からぬ縁がある。
友人と呼んでも差し支えない仲であろう。
「失礼、貞道殿とはどなたでしょうか」
安舎と安吉の間に入ったのは柿坂正信であった。
彼は紅衆と変わって、この大三島にきた将の一人であった。
「能島村上家の筆頭家老だ」
紀忠は表情を凍らせたままそう言った。
貞道とは仲の良かったはずだが、いったい何があったのだろうか。
「ふん、たかが能島の家老ではないですか、いったい何をしに――」
正信はそう言って小言を吐く。
彼ら京で暮らしてきた人間にとって、ここにきて初めて聞いた能島村上家はただの田舎侍という認識しかない
対してこの大祝家が持つ紅衆の雄姿は正信もまざまざと見せつけられている。
どうやら、彼の中ではこの大祝家のほうが格上だという認識らしい。
「正信よ、勘違いするな。我等と村上家は同等だ」
安吉の言葉に正信は驚いた
「……はっ。申し訳ございません」
どこかまだ納得していないようであったが、正信はそう言って平伏した。
「ともかく盟友のご家老が我が家に参られる。くれぐれも無礼の無いように」
安吉の言葉に皆が平伏した。
そしてその場は開かれることとなった。
去り際、紀忠が小声で耳打ちしてきた。
「失望するんじゃねぇぞ」
皆々様、ご無沙汰しております雪楽党です。
おかげさまでブックマーク1000という大台に到達することができ、大変光栄です。
このまま日々精進を続け、いずれはブックマーク2000。
そして、書籍化を目指していきたいと思います。
ブックマークが増えると同時に、皆様に満足していただけるようなものを書くことができているのか不安になることもあります。
もし暇がございましたら、感想、評価等々よろしくお願いいたしまする。




