23話
「なんともこれは」
大三島にたどり着いた近衛は口をポカンと開けて呆然としていた。
「いかがですか?」
近衛の後ろから安吉はそう尋ねる。
すると近衛は声を震わせながら「京に勝るとも劣らぬ」と目を見開く。
「船酔いは大丈夫ですか?」
安吉に問いに近衛は小さく微笑む。
船上で海に向かって嘔吐する近衛の姿を何度も見ていた。
「関船なんぞに比べれば随分と楽なものよ」
京からこの大三島まで関船では夜間、航行できないため、数日はかかる。
だが、帆船なら僅か一昼夜でたどり着く。
よほど疲労は軽いだろう。
「では、向かいましょうか」
安吉がそう言って右手を上げると帆船から水夫たちが腰輿を担いで降りてきた。
その周囲には紅衆の護衛が20人ほどばかりついている。
「紅衆は見事な衣装よのう」
近衛はそう羨ましそうに零した。
今の公家衆にこれほどの兵を用意できる金はない。
「日に日に衛門共も貧相になってゆく……。いまの朝廷はさみしいものよ」
衛門。現代日本の感覚で言うと名前のようである。
しかしながら、本来の衛門というのは朝廷の各門を守る兵たちの役職のことだ。
朝廷が満足な俸禄が出せず、その服装や武具は貧相なものだ。
「近衛様。後ほどその件についてお話が」
安吉はそう耳打ちした後に腰輿の戸を開ける。
近衛は小さくうなずくと、腰輿にのそりと乗り込む。
「出せ!」
安吉がそう鋭く命じると水夫たちが腰輿を担ぎ上げ、雲上館のほうへと向かって行った。
その後ろを5つの腰輿が続いていく。
「紀忠」
彼らが去っていった桟橋で安吉は背後に控えている紀忠に声をかけた。
「応」
紀忠はそう静かに答え安吉の隣に並んだ。
安吉は雲上館を見つめながら口を開く。
「紅衆、見事だ。加えて命ず」
その言葉に紀忠は身構えた。
「船上で戦う兵である紅衆を500名に増強せよ」
紀忠は安吉の言葉に呆然とした。
現在たったの30名ほどの紅衆を突然500に増やせという。
「出自は問わぬ。戦を専業とする兵を500だ」
常備軍。この発想は小春から得たものであった。
この時代、兵というのは半農半士で、農閑期にのみ戦に従事する。
それは大祝家や村上家でも同じで、普段彼らは水夫として漁船や商船で働いている。
故に、水夫が損耗しようと、兵を割り当てることで対処できるのだが、ある欠点がある。
武術について疎いのだ。
故に安吉と小春は戦を専業とする兵を編成しそれを埋めようとしたのだ。
「加えて、そこから50名を選出し、京に送る」
その言葉に紀忠は目を見開いた。
「御所の護衛を我等大祝家で代行する」
「兄上、ようこそおいでくださいました」
それから数刻後。
絢爛豪華な安宅船が入港し、その中から二人の男が出てきた。
「おぉ、安吉。息災であったか」
「これはこれは大三島殿」
片方は大柄な男であるが精悍な顔つきで。
もう片方はやや細身ではあるが、老けていた。
「村上武吉様。村上通康様。ようこそおいでくださいました」
安吉がそう頭を下げると二人はカラカラと笑った。
「よいよい、我等は一門衆。そのような堅苦しい挨拶など無用だ」
通康はそういうと安吉の肩をポンポンとたたいた。
武吉の正室は通康の娘であり、通康からすれば遠いものの、安吉と血縁を持ったことになる。
「……承知いたしました」
安吉はやや気後れしながらそう答えると背後から恰幅の良い男があらわれた。
「これはこれは安舎殿」
武吉はやや目を輝かせてそう声を上げた。
盟友の再会。
「武吉殿、ようこそおいでなさいました。通康殿も、ごゆるりと」
安舎はそう微笑むと「では」と言ってその場を去って行ってしまった。
「むぅ」
少しばかり話したそうな顔で武吉は声を漏らした。
この式典において主役は安舎だ。
大祝家当主の座は安吉に譲ってはいるが、大山祇神社の神主は未だに安舎だ。
「方々から賓客がいらしているので仕方ありません」
そう言った安吉に武吉は「仕方あるまい」と応じると街の家々を見渡した。
「随分と変わったな」
武吉はそう感慨深そうに言った。
この街は何度も訪れたことがあった
先の戦の後、焼け野原となったこの街を見た武吉は何とも言えないむなしさを感じた。
だがその町がこれほどまでに発展したのを見てうれしさと同時に、かつてあったこの街の姿が消えてしまった寂しさもあった。
「恐らく瀬戸内で最も発展している街でしょうなぁ」
通康はそう答える。
能島も、来島も。
すべて小島一帯を囲うように城を築き、周辺の島に街を開発している。
故にこの大三島のように区画統一や密集化が難しいが、ここはそうではない。
「おほめにあずかり恐悦です」
安吉は頭を下げると二人を宿に案内すべく歩き始めた
武吉と通康の二人も、それに続いた。
それから数日後、大山祇神社の落成式が行われた。
それはそれは大層なもので、近衛や公家衆はもとより参列した皆が終始笑顔であったという。
さらに紅衆も周囲の警備に努め、その精強さを公家衆にアピールした。
また、この式典で安吉が正式に大祝家の跡継ぎとして近衛に認知されることとなった。
「……大祝か」
深夜。雲上館に安吉は訪れていた。
もちろん、近衛に会うためであった。
「儂に話があると言うておったな」
最上級の部屋に安吉が入るとそこには近衛が静かに空を眺めながら座していた。
彼は安吉を背後に捉えながら、酒をちびちびと口に運んでいる。
「衛門衆の話でしたか」
安吉がそう言うと近衛は小さく「ふふ、我等も貧しくなったものよ」と言うと酒を一口に呷った。
「公家様方がこれより先もこの大三島に時折足を運んでいただけるのでしたら紅衆をお貸し致しましょう」
その言葉に近衛は息をのんだ。
乗船前にあれほどにまで盛大に紅衆の力を見せつけたのだ。
それを貸してやると言われれば誰だって動揺する。
「対価はなんじゃ」
だが、そんなことは一切表情に出さずそう尋ねた。
「年に数度、大山祇神社に参拝していただければ十分です」
安吉の答えに近衛は目を見開いた。
彼は今回この大三島にきて十分楽しんでおり、来いと言われずとも来るつもりであった。
だが、そうやってここに来るだけで兵を養う費用が浮くというのだ。
「……それは願ってもいないことだが」
近衛はやや表情を明るくしてそう言った。
「今まで勤めていたものはどうする?」
その問いはかねてより懸案であった。
今まで勤めていた者たちを無碍に放逐するわけにもいかない。
故に、近衛にこう伝えた。
「当家が召し抱え、希望者は紅衆となっていただきまする」
彼らは教養もあり、そこそこではあるが家格もある。
重臣の多くが討ち死にした大祝家にとって召し抱えたい。
安吉の言葉を聞いた近衛は安心したように表情を綻ばせると口を開いた。
「その案、受けよう」
どうも皆さまこんにちは。
雪楽党と申します。
一週間ぶりになる方はお待たせいたしました。
最近は定期更新をしっかりできており個人的には満足しております。
これ以上更新頻度を上げろと言われれば……。
出来ないこともないですかね(笑)
追記
ブックマーク1000に到達しました。
機会があれば番外編なども考えております。
もし「こんな話が見たい」だとか、「この人物をメインにして話が見たい」というものがありましたらどうぞ感想にてお伝えください。
出来る限り採用して書いていきたいと思います。




