21話
「そもそも近衛兵とはなんですか? 確か、今の関白殿下がそのようなお名前でしたが……」
貞時は安吉に尋ねた。
その様子に安吉と小春はハッとした。
二人はあくまで君主の親衛隊という意味で使ったのだが、よく考えればこの時代は馬廻り衆という呼びかたが一般的であったはずだ。
「……。そうそう、その近衛様に兵を献上しようという話になっていてな」
安吉がそう言って必死に取り繕った。
今度、京とこの大三島の間に就航する帆船に乗りこんで賓客を護衛する部隊を創設する予定であったのだ。
そして、その兵が我らのものでは聊か都合が悪いだろうと何処かの貴族の所轄にする予定だったのだ。
偶々とは言え、関白ならばちょうどいい。
適度に誤魔化しつつ、安吉は貞時にそう説明した。
貞時は安吉の説明に時折相槌を挟み、時折怪訝そうな顔をしていたが、最終的には納得したようだった。
「そもそも、甲冑ではいかんのですか?」
貞時はそう話を戻した。
本題は制服の色についてだった。
「甲冑ではあまりにも武骨すぎる。和装の兵に装飾を施した火縄と同様の太刀で武装させようと思っている」
そういった安吉に貞時は顎に手を添えると「よきお考えですな」と言って、館の中に声をかけた。
すると何人かの女中たちが二着の直垂を持って来た。
「こちらが紺の直垂、こちらが紅」
そう言って貞時はそれぞれを横に並べた。
「ふむ」
安吉はそう声に出して前かがみになった。
そこにあった直垂はずいぶんと上質なもので、兵に配るには勿体ない程であった。
「こうしてみると紺はダメかもしれませんね」
紺を推していた小春はそういった。
「紅の直垂に紺の帯、これで如何でしょう?」
そういった安吉に小春は「いいかもしれませんね」といった。
礼装は紅の直垂に紺の帯で決定した。
まるでどこぞの赤備えの様だったが、こちらのほうが先なので文句は言わせない。
「多少の機能性を持たせつつ、作ることはできますか?」
そう尋ねた安吉に小春は「うーん」とうなった後、ハッと顔をあげ館の奥に声をかける。
「みつー!」
呼んだのは堺で拾った女中のみつであった。
彼女はパタパタと足音を鳴らしながら現れたみつ。
彼女は直垂の前でピタッと静止すると目を見開いた。
「見事な直垂ですね!」
そう言って目を輝かせるみつに小春は微笑むと静かにあることを告げた。
「この直垂を改造して戦向きにしてちょうだい。合計で20着、期限は半年よ」
突然告げられた命令にみつは「半年で20着……」と呟いていた。
存外簡単なような気もするがみつの表情は険しかった。
「どのような用途でしょう」
みつは直垂を見つめながら尋ねた。
「帆船に迎え入れた賓客の警護よ」
そういった小春にみつはすかさず「実戦には使わないんですね?」と尋ねた。
小春はそれに感心しながら頷く。
「えぇ、それについては別途検討するわ」
小春の返答にみつは鋭く答えた。
「その命。お受けいたします」
そう答えたみつの目は真剣なものであった。
「さて、一気に多くの物事を進めておりますが大丈夫なのですか?」
寝室で、僅かな光を灯しながら二人は会話していた。
「小春殿こそ、いろいろとなされているではありませんか」
安吉の言葉に小春は言葉を詰まらせた。
どうやら感づかれていない気でいたらしい。
「銃の改良に、商人たちとの会合。織物工房も近く開くそうですね」
そういった安吉に小春は静かに俯いていた。
「女子なのですからもう少し――」
安吉の言葉に小春は目を見開いて反論した。
「わたしとて未来の知識を持つ日本人です! 御淑やかにせよとは聞きませんよ」
小春の言葉に安吉は「まぁまぁ」と宥めて落ち着かせようとした。
だが、小春はそれに応じることなく言葉を続ける。
「安吉様のほうがいろいろとなされているではありませんか! 造船! 航海訓練所の創設! それに街の改造や新たに近衛兵の創設だって――」
声を荒げる小春に安吉は呆然とした。
一体、小春は何に怒っているのだろうかと。
彼女を蚊帳の外にして叱られたり、拗ねられることはあった。
「たまには、休んでください! そして、私に構ってください!」
そういった小春に安吉は驚いた。
今まで二人で嬉々として仕事をしてきたではないかと。
「私だって一人の女子です。夫婦となったからにはそれなりの――」
安吉は小春の言葉を聞き、額に手を当てた。
確かに、今まで仕事仲間として。信頼できるものとしては接してきたが、夫婦として接したことはなかった気がする。
その一端に小春のどこか男勝りな風格があると言えばたぶん、ぶたれるだろう。
「……わかりました。たまにはどこかに行きましょう」
そういった安吉に小春は目を輝かせた。
「ふふ。堺にいきとうございまする」
小春の戯言に安吉は顔に手を当て、「堺ですかぁ」とこぼした。
安吉を見て小春はクスクスと笑いながら「そこは、任せろというのが良い男というものですよ」と小馬鹿にした。
「俺は良い男ではないか?」
そう言って安吉が小春に困り眉で尋ねると小春は頬を赤らめて安吉に抱き付いた。
「ふふ、十分よい旦那様ですよ」
小春の言葉に安吉は「そうだろう」と返すと小春を優しく抱き寄せた。
二人の夜は長いものであった。
それから半年後のこと。
帆船は無事に就役した。
同時に、水夫たちの子息と一般人から募集した航海訓練所の一期生が卒業した。
処女航海には安吉が船長として乗り組み、堺と大三島を往復する1週間程度の航海を無事成功させた。
翌月には安吉を乗せずに航海訓練所の一期生のみで堺への往復に成功。
この時代、夜間には航行できないとされていたが、1日を三分割し、三班で交代しながら航海する不眠航海を復路で実施。
これもまた見事に成功させた。
道中何度か座礁の危険にさらされたものの、何度か実践を積めばそれも解消されるだろうと結論づけられた。
また、紅衆(近衛兵のこと)の編成も随時進められ、来月にはいよいよ京と大三島を往復する旅客航路に就役できるだろ言うという見通しが付けられた。
大山祇神社の近辺に建造されていた旅館もすべて完成し、いよいよ公家宗を迎え入れるのみとなった大三島。
対してそれを蚊帳の外から見つめるある勢力があった。
「安吉がまたも前進したか」
その報を聞き、眉をひそめたのは武吉であった。
「何の相談もなくこのようなことをするとは」
そう言葉をつづけた武吉。
隆重はそんな彼に注意をする。
「大祝は同盟相手ですぞ。決して家臣ではございますまい」
そういった隆重に武吉は見るからに不機嫌そうな表情をした。
「しかし無断で我らにこのようなことをするのはおかしいのではないか?」
この瀬戸内海は我ら村上家の物。
大祝とは同盟相手ではあるが、我が物顔で使われても困る。
そんな意図が見え隠れしていた。
「しかしまぁ、対価は十分にもらっているわけですし」
そういった隆重の手元には現有戦力が記された紙があった。
戦前、村上家は関船40艘、小早が100艘程度あった。
安宅船については隆重と武吉がそれぞれ1艘ずつ持っていたのみに過ぎなかった。
しかし今はどうだろうか。
先の戦で半数が壊滅したというのに今や安宅船が5艘、関船が60艘を超え、小早に至っては130艘に迫る勢いだ。
これほどまでに戦力が増えたのには理由がある。
「まさか、大祝があそこまでやるとは」
そのほとんどが安吉の治める大三島で建造されたものなのだ。
というのもこの時代、各船舶の設計はそれぞれ職人によって点でバラバラであったのだ。
それを一つに統一した安吉はまさしくライン工場のように同じ部品を作り続け、後は組み立てるだけという工法を採用した。
結果、作業速度は加速度的に上昇し続け、いまや関船1艘に1週間もかからない。
「我が弟ながら末怖ろしいわ」
武吉は感嘆の息を吐きながらそう漏らした。
だがその表情はどこか冷酷であった。
アルファポリスの方に【転生海賊物語 〜現代の航海士が村上海賊の次男に転生したようです〜】を公開しております。
内容は変わらないのですがアルファポリスの方が好調でしたら一話先行配信なども考えております。
どうぞよろしくおねがいします。
またシリーズ作品として裏話的な小話も投稿しましたので、お暇でしたらぜひご一読ください。




