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20話

「休憩せい!」

 旅館建造地の前で紀忠はそう大工たちに命じた。

 彼の言葉に応じるようにぞろぞろと数十人の大工たちが物陰へと入っていき水を口にする。

 時は既に8月。日差しもだんだんと厳しくなってきている。

 あまり無理をさせて倒れられても困る。

 紀忠はそう思いながら街を見渡した。

 ちょうど一年ほど前、紀忠がこの地を訪れたときはそれはそれは見事な町が広がっていた。

 だがどうだろうか、たった一度の戦で焼け野原となってしまった。

 今でも端のほうには除去しきれていない焼け跡が残っている。

 戦とはなんと怖ろしいのだろうかと身震いした。

 だが、それ以上に怖ろしいことがあった。

「まさかここまで発展するとは」

 紀忠の目の前には無数の家々が整然と並び立ち、まるで京のような整理された街並みをしている。

 これでもすべて、彼の主君である安吉の功績である。

 船大工を招き、造船業を盛んにするとともに商人たちを招き居住環境を改善する。

 そして商業規模が大きくなったころに逃散していたはずの町人たちや漁師たちがいつの間にか現れた。

 逃散した町人たちに安吉は無償で家を貸し与えた。

「あまりにも甘い」

 紀忠はそう声を荒げたが、今やどうだろうか。

 町人が増え、商品の需要が爆増した結果商人たちが増えた。

 大祝家はそれで儲ける。

 店を開くのに必要な税や関所での課税、それに渡し船など。

 気が付けば町人たちに与えた家の数倍もの税収を得ていた。

「なんと怖ろしい」

 それを嬉々として、まるで子供が遊ぶかのように笑いながら安吉はやるのだ。

 しかも小春とか言う大祝家の娘もまた恐ろしい。

 昔共に堺に行ったが、よくわからない鉄を買ったかと思えば、今やそれが各地に広がり当時の値の数倍で取引されているというではないか。

 その慧眼、おそるべし。

 

 普通の姫君ならそこで終わる。

 南蛮由来の何やら面白き武器を手にして喜ぶ、奇妙な姫。

 まぁ、いないことはないだろう。

 だが小春は違った。

 旅館の建造や船の迎賓室を作るために呼び寄せた細工技師を使って火縄銃を製造させ始めたのだ。

 普通ではない。

 紀忠はそう思うとともに何処か浮ついた気分でもあった。

 これから何が起こるかわからない。

 これほど楽しいことはないだろう。

 紀忠はそう考えると立ち上がり、大工たちに作業の再開を命じたのであった。



「放てぇ!!」

 安吉の怒号とともに爆音と少し遅れて硝煙があたりを包み込む。

 暫しすれば煙も晴れ、3名の兵が姿を表した。

 手には鉄の筒を持ち、視線の先には3枚の皿がある。

「一枚だけですか」

 安吉はその皿の様子を見に行くと残念そうに言った。

 そこには、一枚の砕け散った皿と二枚の皿があった。

「これではこけ脅し程度にしか使えませんね」

 兵たちの後ろに立った小春はそう答えた。

「精度を上げなければなりませんね」

 小春の言葉に安吉はそううなった。

 初の国産火縄銃と言う事もあり、射撃に成功したことを褒めるべきなのだが、二人にそんな妥協はない。

 いかに効率的に人を殺すのか。

 兵器とはそういうものだと思っている。

「貞時はどう思う?」

 新たな視点を求めて安吉は縁側に座る貞時に尋ねた。

「このままでよろしいかと」

 貞時の答えは意外な物であった。

 てっきり二人の意見に同調するとばかり思っていた安吉はポカンとした。

「こけおどしで良いのでは? これほどの爆音が響けば兵は混乱します。それに僅かであろうと戦友が死ねばこの筒を妖術か何かだと思い、錯乱するでしょう」

 そういった貞時に安吉と小春は目を見開いた。

 兵器とは効率的に人を殺すためにあるわけではない。

 敵を退かせるためにあるのだ。

 時には殺傷するよりも士気を挫く方が簡単なことすらある。

 何度も死線を潜り抜けて来た老将故の視点であった。

 貞時の言葉を聞いた安吉と小春は嬉々として別な方策を練り始めた。

 そんな様子を貞時は縁側に腰かけながら微笑ましく眺めているのであった。



 思えば、貞時と安吉は長い付き合いであった。

 天文4年(1535年)に生まれた安吉に家中はお祝いムードに包まれた。

 勿論、酒宴も開かれ安吉の父である義忠もそれに参加していた。

 しかしその年の夏。

 義忠が急死したのだ。

 評定の最中突然腹痛を訴えた義忠はそのまま気を失い、死んでいったのだ。

 それからは地獄のような日々であった。


 そもそも義忠は兄、義雅が急死したことにより一時的に家督を相続していただけであり、義忠が死んだ後は義雅の息子、義益に返すのが道理であった。

 しかし、それに反発する勢力も多数おり、その筆頭格が義忠の息子である武吉と義忠の弟である隆重であった。

 生まれたばかりの安吉はどちらかの陣営に入るようなことはせず、能島城の一角でひっそりと暮らしていた。

 さて、当時は嶋家の当主は貞時であった。

 家中でもそれなりの地位を築き上げていた貞時は当然の如く義益、武吉の両陣営から陣に入るように要請されていたがどちらも断り、安吉の警護をつづけた。

 何が彼を突き動かしたのかはわからない。

 だが、将来この安吉が村上家のためになるというどこか予感のようなものがしていた。

 

 その期待は淡く朽ち果てる。

 歳を重ねるにつれ病弱さが表に出るようになり寝込むことが多くなってきたのだ。

 年に二度は風邪を引き、年に一度必ず高熱を出す。

 だが、病気には弱くても体自体は頑丈であったようで、そんな生活をしながらでも時折外に出ては転んでけがをしていた。

 貞時はこの時には自身の予感に懐疑的になっていたが、それは裏切られることとなった。


 数年後の天文14年(1545年)家督争いを終え、落ち着いた武吉とともに外に出かけた安吉はその道中で高熱を発した。

 それより三日三晩意識を取り戻さなかった。

 時折うめき声を発し、何とか生きながらえている様であったが、この時ばかりは貞時は死を覚悟していた。

 しかしどうだろうか。

 それより四日後、安吉は目を覚ますとまるで憑き物が落ちたかのような晴れやかな顔であった。

 以降、同年代の者たちを集めた競技会で一位になるなど、まるで病弱であったのが嘘かの様だった。


 精力的にあちこちに出向くようになり、今やこの大三島を統べる大祝家の当主にまで上り詰めた。

 貞時は今この時、自らの予感が正しかったと確信している。

 いずれ安吉は、武吉を超える。

 そんな気すらしている。


 

「貞時! どっちが正しいと思う?!」

 思い出に浸っていた貞時を安吉の声が現実に引き戻した。

 どうやら小春と口論になったようで両者とも息をつきながら貞時の言葉を待っている。

「……いかがなされたのですか?」

 そう尋ねた貞時に安吉は聞いていなかったのかと呆れるような表情をするとこう言った。

「近衛兵は赤の制服と青の制服! どちらが良いと思う?!」

 安吉の言葉に貞時はそんなことかと呆れながら「お好きな方になさいませ」とため息を吐きながら答えた。


 どうやら、兄を超えるにはまだまだかかりそうだ。

 貞時はそう落胆した。


 

感想ありがとうございます。

貴重なご意見もたくさんいただき大変参考になりました。

今後とも励んでいきますので、どうかよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いですけど、何年だとか何歳だとかの情報があったほうがいいですね。
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