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18話

「水夫が足りない」

 武吉から依頼された船の建造を進めながら帆船の建造を監修する安吉は、その事実にたどり着いた。

 その大きさは安宅船より一回り小さく西洋諸国がつかう物よりは随分と小さいが、最初の帆船としては十分だろう。

「殿! ここはどうなってるんですかい?」

 資材が運び込まれていくのを眺めていた安吉に船大工の一人が尋ねてきた。

 彼の名は嘉丸。若手の船大工だ。

「あぁ、そこは二重底といって――」

 図面と照らし合わせながら安吉が説明していると嘉丸の父がズカズカとやってきた。

「殿! こまりやっせ! あっしらは伝統と経験に基づいてやってるんでさぁ! こんなちんけなものだされても困りやす!」

 そう言った嘉丸の父は見るからに嫌悪感に満ちていた。

 それもそうだろう。

 自らの領分に突然門外漢であったはずの武士がくればいい顔はできない。

 だが、安吉は前世でその専門家であった。

 新型船の航海試験を行ったこともあり、ドックでの作業は見慣れている。

「では尋ねるが、今までの構造で船底に穴が空いたらなんとする?」

 そう尋ねた安吉に嘉丸の父は胸を張って答えた。

「そりゃぁ使い方が悪いんですよ!」

 この時代、船舶の船底部はその下端が最低部の甲板となっていた。

 だが、それではひとたび船底に穴が開くと一挙に船内に水が押し寄せてくる。

 喫水が浅い小早程度なら問題ないが、関船ともなるとそれが原因で沈没することも多くなる。

「だが、それが安舎殿の乗る大安宅であったとしたらどうする? 安舎殿は死ぬやもしれないんだぞ」

 そう言った安吉に嘉丸の父は言葉を詰まらせた。

 所詮、安吉は外部からやってきた人間だが安舎は違う。

 焼き放たれる前からこの市街で善政を布き、領民に愛されていた。

「だったら、なんでこんなに船首を補強してるんですかい! やりすぎでやしょう!」

 嘉丸の父はそんな風にわめき始めた。

 それに安吉は溜息を吐くと答えた。

「船首が最も衝突しやすく、座礁の時に穴が開きやすいとも知らないのか?」

 そう言った安吉に嘉丸の父は顔を紅潮させた。

「いいか、瀬戸内だけを行く船なら今までの船でいい。だが、この船はその外に出る! 航海術に関しては貴様よりは長けていると思うが? その俺の言うことが信じられないか?」

 そう尋ねた安吉に嘉丸の父は「クッ!」と吐き捨てるとその場を離れていこうとした。

 だが、彼を止めたのは紀忠であった。

「まぁまぁ、落ち着けよ。あんたの作り方は間違っちゃいねぇ。だが、安吉は酔狂でな。それじゃ満足できねぇんだよ」

 紀忠はそういうと、嘉丸の父と何やら話し込んで、突然笑い出した。

 気が付けば嘉丸の父も大笑いしており、話はまとまったらしい。

 彼はひとしきり笑ったあと、安吉に振り返ると頭を下げた。

「あっしが浅学でやした。すいやせん。嘉丸! 気張って安吉様のために働けよ!」

 突然そんなことを言ったもんだから、安吉は困惑したが「かまわん」とにこやかに答えた。

 


 この一連の出来事を通じて、船大工との信頼関係はある程度築けたが、水夫が不足しているという問題を解消できたわけではない。

 そこで、小春と相談してある建物を建設することとなった。

「これはなんだ?」

 港の一角、広大な敷地に柵で囲まれたを前に安舎は不思議そうに首をかしげていた。

 そこには3棟の建物がコの字に連なっており、その中には中庭がある。

 また、港側の建物の近くには桟橋があり、安宅船でも係留できるだけの大きさがある。

「航海訓練所。新たに作る船の水夫たちを育成する教練所です」

 そう言った安吉はどこか懐かしげな表情であった。

「あの船に乗せる者たちか?」

 そう尋ねた安舎に安吉は首を縦に振った。

「えぇ。帆船は何分特殊ですので」

 安吉の言葉に安舎は静かに頷く。

 そして心底不思議そうな顔で尋ねた。

「そこまでして帆船を使う意味はどこにある?」

 安舎の問いに安吉は目を輝かせて、海を見つめながら笑いながら言った。

 彼の表情は年相応に若いものであった。

「安宅船や関船では遠洋に行くことができませぬ。しかし、今作っているものならば」

 そして安吉は安舎に向かって微笑むと口を開いた。


「蝦夷地や南蛮にだって行って見せます」



「安吉様! 百姓から水夫を雇うというのは本当でございますか?!」

 安吉の眼前で声を荒げるこの男たちは大祝家海賊衆の水夫長たちであった。

 彼らは安吉が航海訓練所を創設すると聞き、駆け付けてきたのだ。

「どうしてそう思った?」

 そう尋ねた安吉に水夫たちは「皆がそう言っておりまする!」と答えた。

 噂というのはどこからから現れて、その姿をはっきりと映させない。

 まぁ、どこぞの女中に安舎との会話を聞かれていたのだろう。

「まぁまぁ落ち着け」

 安吉はそういうと縁側から、地面に飛び降りると腰を下ろした。

「貴様らは何年水夫をしている?」

 そう尋ねた安吉に水夫たちは顔を見合わせる。

 そして口々に「20年!」「30年!」など自分の経歴を声だかに言う。

「つまり貴様らには20年や30年の業がある。そんなものがたったの1年や2年で身に着くとはだれも思っていない」

 そう言った安吉に水夫たちはうなずくと、不思議そうな顔をした。

「ではなぜ、航海訓練所なんかを作るのですか?」

 そう尋ねられた安吉はにやりと笑った。

 両手を広げ水夫たちに尋ねるように口を開いた。

櫓櫂船ろかいせんの扱いは慣れていても帆船は使えるか?」

 そう尋ねらられた水夫たちは困ったように眉をひそめた。

「確かに航海訓練所では水夫を養成する。だが、それは帆船の水夫も含んでいるのだ。今すぐに貴様らの仕事が奪われるわけではない」

 そう言った安吉に水夫たちは安堵の息を吐いた。

 安吉は彼らを見渡すと、諭すように言った。

「だが、これからはこの航海訓練所を出なければ水夫となれなくなる。まだ実務についていない子息については入所させるように」

 そう言った安吉に水夫たちは渋々頷いた。

 安吉は「これにて」と言い、その場を去っていった。


 水夫たちの視線を一身に受けながら安吉はその場を去っていった。



「へぇ……。学校を創設するんですか」

 小春は安吉にそう言った。

 どこか不満げな声に安吉は何か失敗しただろうかと首をかしげる。

「何か不味かったですか?」

「いいえ?」

 安吉の問いに小春はそう答えるとそっぽを向いた。

 どう考えても不満げだ。

 だが、何が彼女をそうさせるのかがわからない。

「何をしてるんです?」

 するとそこに饅頭が三個のせられたお盆を持ったみつがやってきた。

 小春は彼女を横目に見ると自らの傍らをポンポンとたたいた。

「ん」

 そう言った小春にみつは不思議そうな顔をして、困り顔な安吉を見て何か納得したような顔をした。

「まったく……。小春様、いいのですか。わざわざ京から安吉様と食べるために取り寄せた饅頭ですよ」

「なっ」

 みつがそういうと小春は顔を赤くして目を見開いた。

 そして、「嘘を言わないの!」といってそっぽを向いてしまった。

「安吉様、小春様は仲間外れにされて拗ねてるんですよ」

 そう言ったみつに小春は「そんなわけ!」と声を荒げるが、その後が続かなかった。

 どうやら、図星だったみたいだ。

「……次からはちゃんと相談します」

 そう言った安吉に小春は背中を向けたまま「えぇ」と答えると、饅頭を差し出してきた。

 安吉はそれを受け取ると口に運んだ。


「美味いな」


 そう言った安吉に小春は背中を向けたまま、嬉しそうに微笑んだ。

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