17話
「そして、啖呵を切ったはよいものの、どうしたらいいかわからないと?」
結局、安吉には内政なんぞわかるはずなく、結局は未来知識を有する小春に助けを求めたのであった。
「恥ずかしながら」
安吉はそう言って軽く頭を下げた。
すると小春は嬉しそうに笑った。
「私はただの箱入り娘ですよ?」
そうおどけた小春に安吉はどの口がと呆れたが、どうやら腹を割って話さなければならないらしい。
「……未来人、ですよね?」
そう尋ねた安吉に小春は一瞬驚いたような顔をした。
それは未来人ということがバレたということにではなく、いきなり話を切り出されたことに対する驚きのようだった。
「鉄砲を買ったり、蕎麦切りを発案したり。少なくともこの世の者ではないはずです」
そう言った安吉に小春はニコリと微笑んだ。
「ですが、それは貴方様も未来人だと自白するようではありませんか」
小春はそう言った。
だが、ここで退く安吉ではない。
「えぇ。そうですとも」
安吉に小春は「ふぅん」と呟くと扇子をパシリとたたいた。
そして小さく微笑んだ後に口を開いた。
「ご協力致しましょう」
「さて、まずは普請から始めましょう」
そう言った小春に安吉は静かに頷く。
小春は目の前に敷かれた街の図面を指しながら説明する。
「とにかく、神社としての機能を取り戻さないことには当家の存在意義が無くなるので、修繕を急ぎます」
「ふむ」
小春の言葉に安吉は相槌を打ちながら熱心に聞く。
「以前の規模よりも数段は大きくし、旦那様の威光を知らしめるべきでしょう」
前の安舎よりも力がある。
そう周囲に喧伝するには本拠地を以前より大きくするのが良い。
「さらに、大横島に能島城を模倣した砦を築き防衛力を増します」
そういって指したのは大横島であった。
この大横島を盾にされ相手の機動を確認することができなかったのだ。
もしここに前進拠点があれば。
「軍事面ではこんなところでしょうか」
そう言った小春は疲れたとばかりに溜息を吐いた。
「軍事面、というと?」
そう尋ねた安吉に小春は少し休ませろと言わんばかりに横になった。
安吉はそれに応じるように彼女を扇子で仰いでやる。
小春はそれに気持ちよさげに目を細めた。
そして口を開く。
「近くに城がいっぱいあるんですからここの防御力は最低限にして……。この瀬戸内海の中心にするんですよ」
そう言った小春の言葉に安吉は要領を掴めずにいた。
瀬戸内海の中心とはどういうことだろうか。
「南蛮、若しくは唐から来た船がここに来るような中継地点にすればよいのです」
そう言った小春に安吉は「うんうん」と頷く。
「台湾、博多、大三島、そして堺。そんなルートか?」
安吉の言葉に小春は「そうそう」と言いながら、その言葉をかみしめていた。
徐々にその表情は深刻なもののになっていき、何かに気が付いたようであった。
「台湾! そうだ台湾ですよ!」
そう言った小春はバッと起き上がった。
「台湾! 台湾を制するべきです!」
そう言った小春に安吉は目を点にしながらただひたすら茫然と聞いている。
瀬戸内海の小島から台湾へ。
無理があるように思える。
「無理、なんじゃぁ?」
そう尋ねた安吉に小春はふんすと鼻で息をするとこう言い放った。
「父上に兄を超えるといったそうではないですか。台湾程度取れずになんですか」
そう挑発的に言ってくる小春に安吉はカチンとした。
そして、堂々と宣言してしまった。
「だったら取ってやるよ! 台湾でもなんでも! フィリピンでも何でも言いやがれ!」
その後、安吉はこの言葉を後悔することになるのだが、それはまた別の話。
さて、それから数日後。
神社の修繕のために港を復旧させ、急造の民家を立てる段取りがある程度決まった。
「紀忠! ありがとうな」
港の付近で縄張りを決める紀忠に安吉は声をかけた。
彼は振り返ると嬉しそうに「応」と応じた。
「順調か?」
「あぁ。図面通りにはいかないことも多いが何とかなりそうだ」
そう言った紀忠が右手に持っているのは小春が描いた各区画を決めた図面と、安舎が作ってくれた正式な図面があった。
「しかし……。本当にこんなに大きくなるのか?」
紀忠の問いに安吉は苦笑いで応じた。
彼女が出した図面は堺を凌ぐとも劣らない物だった。
最初、それを見た時は安舎も目を点にしていたが不可能ではない。
というのも、周囲は毛利家の焼き討ちによって燃え落ちており、再開発は非常に容易で伐採の必要もない。
逆に言えば建材が足りないともいえるが、それは河野家や村上家の配下から購入することで賄う。
「して、造船所はどうだ?」
安吉の問いに今度は紀忠が苦笑いした。
そして広大な縄張りのされた敷地を指さした。
「あんな大きい造船所、何に使うんだ?」
呆れるように尋ねた紀忠に安吉は微笑むと、こう答えた。
「日本一の船を造る」
そう言った安吉の目は輝いていた。
「紀忠が出ていったのは痛手ですなぁ」
そう言った隆重に武吉は眉をひそめた。
「あの馬鹿者が……」
紀忠は唯一武吉の教えを拒んだ男だった。
彼は自らの手で上を目指すことを至上とし、武吉の教えを拒んだのだ。
「しかし、堀田はどうするんだ?」
そう尋ねた武吉に隆重は暫し唸るとこういった。
「どうやら、紀久は紀忠に戻るように働きかけているようだ」
しかし、紀忠が戻ってきていないことを考えるとどうやらうまく行っていないようだ。
武吉はそれに溜息を吐いて、あきらめるように「まぁ、いい」といった。
そして別な話題を切り出した。
「貞道はどうだ」
そう言った武吉に隆重は少し微笑むと「頑張ってやっているようだ」と伝えた。
また、貞道に加えて安吉の傅役であった貞時も貞道を助けるために村上家に残った。
「それならいい」
冷たく言ったようだが、武吉の言葉はどこか嬉しげであった。
当主が交代したのは嶋家だけではなく、鎌田家や笠原、難波ではひと悶着ありそうだ。
気を病んでいたところに貞道の報が届けばうれしくもなる。
自らの家督を簒奪し得る一門衆には厳しい彼も、貞道のような優秀な部下に対しては優しい心根を持っている。
「船の再建はどうだ?」
そう尋ねた隆重の返答は武吉を困らせる物であった。
「兄上が救援要請?」
再建の進む大祝神社の一角で安舎は武吉から届けられた手紙を安吉に見せていた。
文面を見た安吉は目を見開いた。
「こんなにも被害が大きいとは」
兼ねてより、武吉が指揮していた部隊の損害が大きいとは聞いていた。
文面にはその詳細が記されており、その損害は安吉の想像を上回っていた。
「人でも、資材もあるが造船所が足りないということですか」
そう言った安吉に安舎は「そのようだな」と答えた。
「紀忠! 造船所はすべて使えるか?」
安吉は外で控えていた紀忠にそう声をかけると、紀忠は部屋の中に入ってきて「船渠10のうち、7つは稼働できるぞ」と答えた。
そう答えた紀忠に「仕事が早い」と安舎は素直に関心していた。
「兄上用に大安宅を1艘。安宅を2艘、関船は3艘だ」
そう言った安吉に紀忠は「応」と答えた後、首を傾げた。
「1つ残っているが?」
そう尋ねた紀忠に安吉はニヤリと笑い、懐から図面を広げた。
そこには、安宅船でもなく、関船でもない大型船が描かれていた。
「俺用の帆船を建造する」
時代を数百年は先取りした代物であった。
これから無理な設定が増えていくかもしれません。
明らかに矛盾しているところがあればご指摘ください。
本作から随分と登場人物が多くなります。
ややこしくなるかもしれません。




