表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/131

15話

「父上!」

 そう声を上げた小春に安舎は微笑むと、彼女に「下がっていなさい」といった。

「斬られたくなければ去れ。死にたいなら殺して差し上げよう」

 そう言った安舎の表情は怒りがにじんでいた。

 愛する娘を殺されかけたからだろうか。

「大将首だ! 狩れ!!」

 兵の一人がそう叫んで飛び掛かる。

 とっさに目を背ける小春を背に、安舎はそれをいともたやすく切り伏せた。

「その女子さえ返していただければ無事に帰そう」

 そう言った安舎に兵たちは怒りの表情と敵意を向けるが一歩を踏み出せずにいる。

 この場にいる誰よりも安舎は強い。

「おやおや、これはこれは。大祝安舎様ではないですか」

 にらみ合いが続く中、闇の奥から守忠が姿を現した。

「某は忠海守忠。いざ、尋常に」

 守忠はそういうと一気に駆けた。

 突然の出来事に安舎は防ぐので精一杯だ。

「ハァッ!!」

 安舎は一歩足を後ろに引くと守忠をはじき返した。

 だが、手ごたえがない。

 ハッと上を向くと守忠が安舎に向かって刀を振り下ろしていた。

 安舎は守忠をはじき返すために無防備になってしまっていた。

 このまま、振り下ろされれば――。

 直後、轟音が響いた。

 安舎の後ろでただ、立っていただけの小春が火縄銃を放ったのだった。

 放たれた弾丸は守忠の兜を吹き飛ばす。

 それに驚いた守忠は安舎を一旦諦め、着地した。

「小娘ぇ! 邪魔立てするな!」

 そう叫んだ守忠の形相は鬼のようだった。

 小春はそれに足が震える。

 だが、それでも次弾の装填を続ける。

 守忠は安舎から小春に標的を変えると飛び掛かった。

 彼の太刀は寸分たがわず小春の首を狙っていた。

 

「ぬぅっ……」

 だが、それが小春に到達することはなかった。

 守忠の太刀が小春の首に到達する直前、その刃を安舎は掴んだのだった。

「娘は……殺させぬ」

 安舎はそう苦しく漏らした。

 刃を握る手から血がにじみだしても安舎はその手を離さない。

 そこには、血のつながりを超えた親子のつながりがあった。

「退け!!」

 守忠はそう叫ぶと刀を引き抜いた。

 その瞬間、安舎の拳から血が噴き出た。

「がぁっ?!」

 うめき声を上げる安舎。

「フンッ。興覚めだ」

 守忠はそう吐き捨てると安舎に背を向けた。

 そして、右手を上げると配下の兵たちに冷酷に命じた。

「討ち取れ」



「放てぇ!!」

 その直後、若い男の声が周囲に響いた。

 同時に、兵たちの上空から無数の矢が降り注ぐ。

「ぐあっ?!」

 その矢は無慈悲にその場にいた兵たちを貫く。

 僅かに生き残った者たちも体の一部に矢を受けている。

「残らず討ち取れ!」

 闇の奥から響いた若い男の声がそう命じると村上家の兵が飛び出して、敵兵を次々に討ち取っていく。

「安吉様!」

 小春はその声に聞き覚えがあった。

 そう叫ぶと、闇の奥からうれしげな声が返って来る。

「小春殿! ご無事でしたか!!」

 声を上げたのは安吉であった。 

 彼は笑みを浮かべて小春のもとにやってきたが、うずくまる安舎を見て青ざめた。

「安舎殿?!」

 そう声を上げた安吉に安舎は頬を上げた。

「村上家の、次男が。狼狽えるでない」

 その言葉に安吉はハッとした。

 そして、周囲を見渡し比較的綺麗な布を見つけると引き裂き包帯代わりにする。

「暫しこれで我慢下され」

 安吉は安舎の手のひらに包帯を巻きながらそう言った。

 そして、包帯を巻き終えると安舎を背負う。

「紀忠! みつ殿も」

 そう安吉が声を上げると紀忠は倒れていたみつを抱え上げた。

「今すぐにでもここは火の海になります。早く逃げますよ」

 そう言った安吉は小春たちを伴い港のほうへと駆けていった。

 その場には呆然とする守忠が残された。


 それから数時間としないうちに大三島に燃え盛る小早が突入し、大山祇神社周辺は火の海に包まれた。



「……そうか。大山祇神社が燃えたか」

 西方で大内家との決戦に勝利した武吉はそう静かに答えたという。

 戦術的勝利。

 されど戦略的には敗北した彼の胸の内はどうなっていたのだろうか。

 少なくとも、記録に残っているのは武吉はその報を聞き、何も語らずただ静かに撤退を命じたことだけである。



 この戦で村上家は多くの人材を失った。

 特にそれは武吉が率いていた部隊で顕著であり、先手衆大将である嶋貞義しまさだよしが討ち死に。

 副将の難波泰典なんばやすのりは重傷を負った。

 他にも鎌田義則かまたよしのり笠原真丈かさばらしんじょうが手傷を負い近く隠居するという。

 また、大将格以下の船頭衆も大勢が討ち死に若しくは傷を負った。

 しばらくの間、能島村上家は雌伏の時を強いられる。


 

 対して大内家も同等程度の損害を被り、大山祇神社を焼いたものの占領はできなかった。

 毛利家だけがこの戦で僅かな被害を被るのみで終わった。

 家老である忠海守忠の討ち死にだけであったが、彼の所領は毛利元久の所領とされ、毛利家にとってマイナス面は一切なかった。


 

 この戦で、最も大きい被害を被ったのはどこか。

 それは間違いなく大祝家だろう。

 安舎は右手に追った傷が原因で右腕の機能を失った。

 今は能島城で療養しているが、この分だと当主を続けるのは難しいかもしれない。

 また、大山祇神社含め大三島は壊滅した。

 大山祇神社のある西岸はほぼ焼け野原となり、住民たちは東岸の村上家配下の甘崎城下に逃げ込んだが、多くが死亡した。

 これにより大祝家は神職としての機能を喪失し、大内家の戦略目標は果たされた。



「申し訳ございませぬ……」

 能島城の一角。

 離れと呼ばれる館にいる安舎の元を安吉は訪れるなり、そう漏らした。

 それを聞いた安舎は左手を持ち上げると乱雑に安吉の頭をなでた。

「安吉殿。私は命に代えてでも領民を守りたいと思うておった」

 そう言った安舎の目線は慈しみに満ちていた。

「彼らを守る戦の中、弟を失い、妹を失った」

 彼が言うのは先の戦でなくした二人の兄弟。

 安舎はそういうと能島から見える大海原を見つめる。

「そして今度は右手を失った」

 そう言った瞬間、安吉はドキリとした。

 自分がもっと早く着いていれば。

 何度そう思ったことか。

 だが、安舎は安吉に微笑んだ。

「安吉殿のおかげでこの命、長らえることができた」

 そう言った安舎に安吉は価値観の違いを感じた。

 生きてこそいればよい。

「……。安吉殿は小春の野望をしっているか?」

「小春殿の、野望ですか」

 安舎の問いに安吉は首を傾げた。

「この世界は球体らしい。そして、東に行き続ければ亜米利加アメリカという地があり、そのさらに先には葡萄牙ポルトガル西班牙スペインといった異国があるそうだ」

 その言葉を聞いた瞬間、安吉は小春が未来人であることを確信した。

 もはや、疑いようのない。

「小春はこの世界の海を統べる。そんな者の元に嫁ぎたいといっておったわ」

 安舎はそういうとケラケラと笑った。

 無理だ。

 そう言いかけたができないことでもない。

 19世紀には世界の約四分の一を統べる一大海洋国家ができる。

 その国は世界中の海を制覇した。

「天下統一とは比べ物になりませんなぁ」

 そう言った安吉に安舎は「女子の戯言と馬鹿にせんのだな」と意外そうに言った。

 安吉はそれに静かに「えぇ」と答え、安舎の目線を追って海を見つめる。

「安舎殿。某は、それほどの野望は持ち合わせておりませぬ。ですが、いつの日かこの大海原を自由に走ってみたいのです」

 そう言った安吉に安舎は微笑んだ。

 この時代では勢力が複雑に絡み合い、現代では規則が複雑に絡み合う。

 海とは自由なように見えて非常に狭い。

 そう感じていた。

「お主ならこの世全てとは言えずとも、この日の本すべての海をその手に収められるだろう」

 そう言った安舎に安吉は目を見開いた。

「兄上ではなく私がですか?」

 その問いに安舎は鼻で笑った。

 そして、安吉を見つめ口を開いた。

「男たるもの野心を忘れるなかれ、儂のような老いぼれになってしまうぞ」

 安舎の目は本気だった。

 どこかで、若き日の野心を忘れられずにいるのだろうか。

 そして、静かに零した。


「小春と縁組していただきたい」


 安吉はそれに暫し言葉を詰まらせた後「ありがたく」と答えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ