14話
「止めろ! 何があっても!!」
そう叫んだ安吉に兵たちは怖気好き、困惑したような眼で安吉を見る。
止めると言ったってどうやって?
炮烙を投げるか?
否、目の前の小早は50艘はいる。
そのすべてを炮烙で爆破することなど不可能。
「炮烙用意!」
それでも、安吉はそう叫んだ。
関船5艘が持つ炮烙は総じて25個に過ぎない。
「落ち着いて正確に投げろ!」
どこまでできるかはわからないが、出来る限りのことをする。
そう心に決めた安吉であった。
そのころ、大三島市街地は阿鼻叫喚であった。
沖で交わされる火矢や炮烙の爆炎はこの地でも見え、住人たちは逃げまどっていた。
「父上!」
そんな中息を切らしながら小春が大山祇神社の元へとたどり着いた。
「小春! 無事だったか!!」
小春の姿を確認すると安舎は嬉しそうに声を上げた。
そして、小春に尋ねた。
「安吉殿は出陣なされたんだな?」
安舎の問いに小春はコクリと頷いた。
「水平線に火が見えると慌てて駆けだしていきました」
そうクスクスと笑う小春に焦りの表情はない。
それに安舎は少しばかり驚いた。
「焦らないのか?」
そう尋ねた安舎に小春はニコリと笑うと、「安吉様がおられますから」と答えた。
強くなった。
安舎はそう思った。
彼の妹、大祝鶴は戦で命を落としている。
小春はその鶴に随分と似てきた。
亡き妹と、養娘を比べなんだか、温かくなった安舎であった。
「小春!」
そんな二人の間を割って、舞が駆け込んで小春を抱きしめた。
安舎と違い、随分と気が動転しているようだ。
「母上……」
そんな母に抱きしめられながら小春は小さく零した。
温かい家族だと思った。
前の家族も十分温かかったが、この戦国乱世の世でこれほど親子愛があるのは稀有なのではないかと小春は思った。
「して、戦況は?」
そう尋ねた小春に安舎はにやりと笑った。
「どうやら安吉殿が優勢のようだ。我等の出番はないようだな」
わざとらしく悔しそうな顔をする。
安舎は今、大山祇神社の神職に就いている。
そんな彼が打って出ることはできず、代わりに安吉が指揮を執っている。
ただ、安舎も多少なりとも戦力を持っており、そのわずかな戦力が今、戦況を逐次安舎に報告している。
「殿ォ!!」
どうやら、次の報告が来たようだ。
安舎はどこか期待した目でその伝令に声をかけ、戦況を尋ねた。
すると、彼はこう答えた。
「燃え盛る小早が我等が港に突っ込んできまする! 安吉様が必死に食いとどめられましたが、幾分数が多く! 30艘あまりが港に向かってきておりまする!」
その言葉を聞いた瞬間、小春は青ざめた。
燃え盛る小早で水辺の集落や城を攻撃するのは歴史上なかった話ではない。
否、これより十数年後に実際に起きる話だ。
それは、毛利元就の子である小早川隆景が能島城攻めに用いる策である。
その隆景は元服すらしていない。
なら、いったい誰が?
「敵の大将は?!」
そう尋ねた小春に安舎と伝令の兵は驚きの目を向けつつも伝令の兵が答えた。
「毛利元久と聞き及んでおります!!」
それを聞いた瞬間、小春は絶望した。
自分の全く知らない毛利家の人間。
それは彼女の持つ未来知識が通用しない相手がいるということを意味していた。
「父上! 今すぐ領民を避難させましょう! とにかく山に登らせるのです!」
そう言った小春に安舎は「あ、あぁ。そうだな」と答えると伝令の兵に向かい、すぐさま領民を避難させるように命じた。
それを確認した小春はすぐに港のほうへと駆けだしていた。
今、港には堺で拾った女中のみつがいるはずだ。
それを見捨てることはできなかった。
「小春!」
安舎の呼ぶ声を背に受けながら、小春は走った。
「みつー! みつー!!」
山の方へと逃げまどう民衆の流れに逆らって、小春は走った。
彼女の声はこの喧噪で届かないかもしれないが喉が枯れるまで叫んだ。
そして、彼女が走っていると突如、港の一角にあった建物が爆発した。
(敵の伏兵?!)
小春は咄嗟にそう察した。
そして、状況を把握するべくみつのことは一旦留め置き、大祝家の倉庫へ向かった後、爆音がした方向へと駆けていった。
「おいおい、上物じゃねぇか」
爆発させたのは毛利家の兵であった。
沖で海戦が行われている中、ひそかに鏡崎から上陸すると港へ向かっていたのだ。
「殿! 乱取りは構いやせんか?!」
そう尋ねた兵に忠海守忠はニヤリと笑うとこう答えた。
「応、好きにせい」
そう答えた守忠は元久と共にいる時とは雰囲気が違った。
彼とて忠海を領土とする海賊であったのだ。
元久に声を掛けられて仕えているが、彼がいなければその行いは過去のように戻る。
「どうせ後から、元久様も来られるのだ。先んじてもよいだろう」
そう言った守忠に兵たちは「オォッ!」と歓声を上げると次々に民や家々を襲っていった。
この時代、拉致や強奪。人身売買など当たり前の時代で一部の海賊衆や野武士にとってはそれが収入の糧でもあった。
兵の一人が道端で気絶する一人の女を見つけた。
その手には布に包まれた鉄の筒が入っており、兵は首を傾げた。
「どこぞの商家の女中じゃねぇか?」
そう言ったほかの兵にその兵は「なるほど」と答えると彼女を担ぎ上げた。
「これだけ別嬪なら高く売れるだろうさ」
「おいおい俺たちで愉しまねぇのか?」
その問いに下非た笑いをする兵共。
「何をするか!」
そんな彼らに少女の声が浴びせられた。
「あぁ?」
兵の一人が振り返るとそこには京の貴族でも来ていないような上等の着物に身を包んだ少女がいた。
「大祝安舎が娘、大祝小春である! その女を返してもらおう!」
そう言った小春に兵たちはゲラゲラと笑い声をあげた。
こんな小娘が偉そうに、そう馬鹿にする笑い方であった。
「かえしていただけないのですね?」
そう尋ねた小春に兵の一人が「なんなら嬢ちゃんも来るか?」などと、ふざけて尋ねた。
兵の言葉を聞いた小春はスゥッと息を吸うと、背後から鉄の筒を取り出した。
「あぁ?」
兵が声を上げたその瞬間、爆音が響き渡った。
その瞬間、兵の一人が血を吹き出し、地面に伏した。
「その者と同じようになりたいですか?」
小春は馬鹿にするように尋ねた。
これで怖気づいてくれれば万々歳。
小春はそう思っていた。
だが――。
逆に兵たちを激昂させた。
「ふざけたこといってんじゃねぇ!」
そういって兵の一人が小春に槍を突き出した。
迂闊だった。
小春はそう後悔した。
迫りくる槍先。
それを前にして小春は動けなくなった。
自分はここで死ぬ。
そう思ったが、その瞬間はついぞ訪れなかった。
代わりにあたりに響いたのは甲高い金属音であった。
ゆっくりと目を開けるとそこには、見慣れた後姿があった。
「我が娘に触れることは許さぬ」
そう宣言したのは小春の父、大祝安舎であった。
こんばんわ雪楽党です。
毎日投稿は楽しいですねぇ(死んだ魚の目)。
実際のところ辛いですけど、待ってくれているお方がいると思うとがんばれます。
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