13話
「小春殿は大丈夫だろうか」
安吉は北沖に向かう船内でそう呟いた。
今のところ大山祇神社付近に異常は見られない。
だが、もしかすればすでに小規模な部隊が大三島北部に上陸しているかもしれないと思うと気が気でなかった。
「殿! 敵が!!」
見張りがそう叫んだのを聞き安吉はハッと船首の方向を睨んだ。
関船3艘程度だろうか。
こちらよりは間違いなく少ないかがり火が水平線の奥で焚かれていた。
「敵でございまする!!」
そう叫んだ見張りの兵に安吉は「応」と答えると、背後で今か今かとまつ兵たちに向き直った。
「諸君、死に場は何処だ?」
そう尋ねた安吉に兵たちは困惑した。
「ここだ」と答えるのが普通と思うかもしれないが、この時代の武士や兵共は生きてなんぼの世界。
死んでは意味がない。
「ここではなかろう?死ぬな。生きて我等の栄光をつかみ取るのだ」
そんな気持ちを察して安吉はそう言った。
ここで死ぬな。
それは許さない。
心の底からそう思っていた。
「だが、臆病にはなるな! 臆病者から死んでいくぞ!」
声を張り上げる安吉。
それに兵たちは「オォッ!!」と雄叫びで応じた。
「怯むな! 進め! 進め!!」
そう声を上げる安吉に兵たちの士気はうなぎのぼりなっていった。
「元気なもんだ」
対して元久は冷静に相手のかがり火を眺めていた。
こちらからも安吉達の火はよく見えておりその数はおおよそ推察できていた。
「いくらばかりか敵は多い」
そう言った元久に兵たちは息をのんだ。
「だが、安心しろ。お前らにはこの追い潮と俺が付いている」
自信満々に言った元久に兵たちは笑った。
これこそが元久の将器であった。
将が自信満々にふるまえば兵たちもそれに応じて自信を得る。
将が横暴なら兵も横暴になる。
軍隊とはそういう物だ。
「いいか、てめぇらの死に場所はここじゃねぇ! 冥途までついてきてもらうぞ!」
カッと目を見開き豹変した元久はそう叫ぶと刀を抜き放ち雄たけびを上げる。
「両舷前ヘッ!!! いけすかねぇ海賊共をぶっ飛ばす!!」
その戦闘はまず両軍の撃ちあいから始まった。
両軍が少数ということもあり、誰彼構わず弓を放ち続けた。
「紀忠ァ!! 3艘率いて右翼から包囲しろ!」
数分ほど弓の撃ちあいを演じると安吉が仕掛けた。
5艘いるうちの3艘を紀忠に預け、右翼から包囲させようとした。
しかし、元久はこれを読んでいた。
「突撃!!」
薄くなった前面に総攻撃を仕掛けたのだった。
潮流に後押しされた元久の部隊は瞬く間に安吉のもとに接近し、乱戦模様を呈し始めた。
戦闘が動いたのはその直後であった。
乱戦となったため、紀忠が率いていた3艘の関船は弓を射かけることも出来ずに突撃したのだが、不運にもそこは暗礁であり、2艘の関船が乗り上げてしまった。
瞬く間に浸水が始まり、乗り上げた2艘では阿鼻叫喚であった。
「ッ! 鎧を脱いで海に飛び込め! 俺らが引き揚げる!」
見捨てることも出来ず、紀忠はそう叫んだ。
これにより3艘の村上軍の関船が戦場から離脱した。
「炮烙を投げ入れろ! 接弦されれば槍で突き返せ!」
乱戦の中にある安吉の部隊は劣勢であった。
白兵戦となれば純粋に数が多いほうが有利である。
どうにかして彼はそれを覆す必要がある。
「殿! 安香殿が敵を一艘沈めました!」
そんな中、安吉のもとに朗報が舞い込んだ。
これで、敵と同数になった。
「攻勢に転じる! あるものすべて投げ込め! 火矢も放て!」
安吉の命令と共に船が加速し、敵の将が乗る船へと突進していく。
「我こそは村上安吉! いざ尋常に勝負願う!!」
舳先に立ち、安吉はそう大声を上げたのであった。
「古風なもんだな!」
その姿は闇夜の中でも元久からくっきり見えていた。
彼の隣には弓兵たちが弓を構え、いつでも安吉を射殺すことができた。
だが、元久は彼らを手で遮ると弓を下ろさせた。
「我こそは毛利元久! お相手仕る!」
そう応じた元久は安吉と同じように舳先に立った。
「殿、本当にやるんですか?」
そう心配げに尋ねた兵に元久は「おうともさ」と答えた。
ここで退いたら男じゃない。
勝敗、有利不利。
そんなこと全てを投げ払った漢がそこにいた。
二人が乗る関船はともに全速で向かい合う。
どんどんと距離が詰められていき、まったく同じタイミングで両船は回頭。
右舷同士を接弦させた。
「我が名は毛利元久! 父は毛利元就である!!」
「某は村上安吉!」
それぞれが名乗りを上げると、元久が安吉の船に飛び乗る。
すかさずそこに安吉は切りかかる。
だが、元久はそれをひらりとかわした。
彼は甲冑を付けていない。
故にこのような軽い身のこなしができる。
彼は舷側の柵に足をかけると一気に飛び上がった。
安吉は一瞬驚いたが、すかさず防御の体勢をとる。
飛び上がった敵ができる攻撃はたった一つ。
大ぶりの振り下ろしだけ。
だが、安吉の予想を元久は軽く超えた。
受け流そうと太刀を横に構えた安吉であったが、元久はそれを蹴飛ばすと空中で一回転し、首を目指し太刀を振り下ろした。
「ッ!!」
安吉はそれをかろうじて籠手で受け止め難無きを得る。
この一連の剣戟で二人は同じ感触を得ていた。
(なかなかやる)
お互いがお互いを認めていた。
「元久様! 甲冑相手にきついでしょう!」
毛利軍の関船がそう元久をからかうような声が聞こえた。
元久はそれに気を悪くするでもなく口を開く。
「おう! 籠手に当てても勝ちじゃねぇってのはきついな!」
そう言った元久に安吉は目を点にした。
籠手に当てて勝利。
そんな概念この時代では聞いたことがなかった。
だが、未来でならある。
剣道だ。
首への付きではなく籠手に当てるだけでよい。
その概念はこの時代の死合いとしての武道ではなく、試合として進化した未来の発想である。
まさかこの元久という男――。
「村上の次男殿! 悪いがここまでのようだ! 後は気張れよ!」
突然、元久はそう宣言すると自らの船へと戻っていってしまった。
「逃げるか! 卑怯者!」
安吉はそう叫んだが、元久はそれを馬鹿にするように右手を上げて応じるのみであった。
まるで意に介していない。
そう呆気に取られた安吉をよそに元久は手早く離れていくと法螺貝を鳴らし、退却の合図を出した。
「追いますか?!」
兵がそう尋ねてきたが、安吉は溜息を吐くと「いい。俺たちの勝ちは揺るがない」と答えると、退却を命じた。
その直後、信じられないものを目にする。
水平線の奥に何か煌々と火が燃えている。
最初、それは敵の船かと思ったが、どんどんと近付いてくる。
「あれはなんだ?!」
安吉がそう叫ぶも、応じる声はない。
皆それを訝しがっている。
近づいてくる船ははっきりと見える。
小早のようなサイズで甲板上には藁が積まれ、それが燃えている。
「なんだ?」
安吉はそう呟くも、隣にいる紀忠も呆然としている。
そして、背後に何があるのかを思い出し、ハッとした。
「この船を大三島に特攻させる気か?!」
そう叫んだ安吉の眼前には無数の燃え盛る小早があった。
こんばんわ雪楽党です。
3日連続の更新となります。
やっぱり書くのは楽しいですね。
今年中には完結できるように頑張っていきますのでどうぞよろしくお願い致します。
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