14話
荷駄隊の壊滅。
それは三好の軍勢に少なくない動揺を与えた。
彼らが手持ちの兵糧で戦えるのはせいぜいあと二日が限度。
つまりは、この戦で一当てして離脱というのがいよいよ現実味を帯びてきた。
「城攻めは難しいか」
長逸はあきらめたように笑う。
城攻めとなれば最低でも一週間の兵糧は欲しい。
しかしそれが難しいとなれば撤退の可能性が出てくる。
だが、天下に覇を唱える三好家がまともに一戦も戦わずに撤退するなどそれこそあり得ない選択であった。
「毛利の主力を叩き潰すしかない、か」
長逸はそうつぶやいた。
決戦で勝利したものの、兵糧に難があり撤退。
これならば、三好としての面目も保てる。
最悪、決戦で負けたとしても迂闊に戦端を開いた六角定頼にその責任を擦り付ければいい。
「者ども! 総攻撃の準備をいたせ!」
7月3日。午前8時頃。
三好勢、総攻撃開始。
戦法に浅井勢を配置すると一挙に芦田川を渡河。
対岸に待ち構えていた毛利勢は何とか応戦するものの、少しずつ、押されていた。
渡河する三好勢を側面から攻撃しようと、宍戸隆家の3000が襲い掛かるも、三好長虎が5000の軍勢でこれを食い止める。
「……あれは」
そのころ、西岸の小高い山に陣取った大祝勢からは戦況がよく見えていた。
宍戸隆家の軍勢を抑える長虎の奮戦ぶりは安吉を感動させる物であった。
京の戦ではわずか500ばかりを率いていた若武者がいまや5000の軍勢を率いているのだ。
我が子にも似た感情を覚える。
「長虎殿とは戦いたくない、とか。甘いよなぁ」
紀忠の呆れたような笑いに安吉は苦笑いを浮かべる。
やっぱり、あの若武者とは戦いたくない。
だが、長虎が宍戸と戦っているというのなら好都合だった。
「敵主力を叩くぞ、ついてこい」
表情を険しく結んだ安吉は配下の者たちにそう命じた。
「浅井勢! 快進撃を続けております!」
そのころ、三好の陣は沸いていた。
快進撃を続ける浅井勢。
いとも簡単に後退する毛利勢をみて長逸は勝利を確信していた。
「長逸様! 敵もまもなく総崩れにこざいますな!」
「拙者も浅井殿に続きたく!」
「いやいや、拙者がいきまする!」
口々に声を上げる家臣たち。
昨日までは消極的だった者たちまでもが、浅井の快進撃に沸いている。
それどころか、芦田川上流で戦う長虎の軍勢まで敵を押し始めたというではないか。
攻め時であるのには間違いない。
だが、異様に嫌な予感がしていた。
「殿!」
「長逸様!」
だが、ここで臆病になっても、仕方がなかった。
「……うむ」
長逸は小さくうなずくと声を張り上げた。
「今こそ勝機なり! 皆の者! 浅井勢に続くのだ!」
そのころ、浅井勢を率いる浅井久政は違和感を感じていた。
「敵が退いていくか」
浅井の兵が精強であることに間違いはない。
だが、それにしてもおかしい。
まるで、誘い込まれているかのような──。
その瞬間、久政はハッとした。
直後、ほら貝の音が後方から鳴り響く。
「まさか──!!!」
久政が気が付いたころには、もう。
遅かった。
「放て!!」
直後、250丁の火縄銃が一斉に火を噴く。
間髪入れずに2列目の銃兵が前に出ると火縄銃を構える。
「放て!!」
鋭く飛ばされる下知。
1度目の斉射で浅井勢は足を止められ。
2度目の斉射で混乱に陥った。
「すごいな、紀忠。よくぞここまで」
安吉はその光景を見て感心していた。
総勢1000名による4列横隊。
それを完璧に操る天才的な将が現場に一人いた。
「お前が連れて来たヤツがとんでもないんだよ」
「……光秀、か」
安吉はその将の名をつぶやいた。
まさか、これほどまでに鉄砲隊との相性がいいとは思っていなかった。
「いるもんだよな、天才って」
安吉は小さく微笑んだ。
その言葉に紀忠は何か言いたげな表情だった。
「俺からすれば、お前も十分その部類なんだがな」
「俺と、小春殿はまた。違う、からな」
未来からの知識で暴れているだけだ。
たとえるなら少年サッカーに高校生が入っているようなもの。
無双して当然だろう。
「しかし、元就殿もすごいな」
安吉は感心するようにつぶやいた。
浅井勢を引き込んで敵の主力が全身すると同時に鉄砲隊を大規模に投入。
敵の足を止めるとそのまま押し返し始めた。
するとどうだろうか。
浅井勢は後ろの芦田川を抱えるだけではなく、味方が背後から迫っているという状況になる。
「これは、勝ったな」
あっけない勝利であった。
この日の戦は芦田川の戦いとして後世に記録される。
三好家の衰退の始まりであり、毛利家が天下に手をかけた日とも呼ばれる。
以後、三好家は衰退の一途をたどる。




