13話
六角勢の敗戦。
そして一部とはいえ、毛利勢が芦田川東岸へと渡河したこと。
この二点により三好長逸は軍議の必要性に迫られた。
だが──。
「まったくもって纏まらん!!」
長逸は陣で酒を煽るとそう吐き捨てた。
理由は単純、家臣たちの中で意見が分裂しすぎている。
ここ数年で家臣団に加わった者たちは当然武功を立てたがる。
だが、彼らは率いる兵が少なく、有効な攻勢に出ることもできない。
対して、兵を多く持つ三好家から古くいる家臣たちはこの戦に消極的だ。
「長慶様も酷なことを命じるものだ……」
己が主君を恨んだ。
そもそもこの戦だって明確な目標がない。
「とりあえず戦って無能の口減らしをしろ」
言外にそう言われたも同然の命令でこの軍団は出陣した。
安芸の国を制圧しろだとか、長門まで落としてしまえだとか。
もっと明確な──。
「長逸様ぁ!! 荷駄隊が敵の奇襲を受け全滅とのこと!」
突如舞い込んだ伝令は長逸を絶望させた。
それは、数刻前の出来事。
「クソッたれが……なんでこんな遠くまで来なきゃならんのだ」
「三好様のご命令なんだよ、しょうがないだろ」
兵糧などを運搬する荷駄隊の足軽たちはそう口々に文句を言っていた。
正確には彼らは荷駄隊の護衛であり、一般的な編成とも異なっていた。
通常、荷駄隊というのは各領主が用意するのが一般的であったが、領地から離れた場所での戦ということもあり、なるべく戦地に近い領主たちが遠方から来ている領主たちに兵糧を輸送する手はずになっていた。
そのため、三好の陣に向かって各地の豪族や領主たちがこぞって荷駄隊を送り出し、街道は混雑と混乱を極めていた。
そんな中、とある騎馬隊が近づいてきた」
「やぁやぁ諸君、お勤めご苦労」
暗闇の中から現れたのは7騎の騎馬隊。
旗刺しものは持っておらず、どこの隊かもわからない。
「何奴」
警戒するように足軽の一人が槍を構える。
「こういうもの」
先頭の騎馬武者はそう答えると、火縄銃を素早く取り出した。
照準を素早く足軽に合わせると躊躇なく引き金を引く。
飛び散る鮮血とこだまする銃声。
騎馬武者は笑みを浮かべるとこう声を上げた。
「蹂躙しろ」
彼の言葉は、冷血であった。
大三島では、小春が安吉からの報告を聞いて笑みを浮かべていた。
その内容とは、毛利元久の編成した騎馬鉄砲隊であった。
「竜騎兵! まさかこの時代に考えるなんて!」
小春はそう目を輝かせながら書状に目を通す。
銃身の短い火縄銃を騎兵に携行させることにより、乗馬中でも射撃を可能とする。
突撃前に一斉射撃を行えば敵戦列をかき乱すこともできる。
しかしそれ以上に狙いがあるのは明白だった。
「荷駄隊襲撃による無限攪乱作戦!」
機動力のある騎兵により荷駄隊を襲撃する。
敵の護衛が手ごわそうなら遠方から威嚇射撃を来ない敵の足止めをする。
護衛が手薄ならばそのまま襲撃して敵の兵糧や弾薬を奪い、次の獲物を探す。
これにより半永久的に敵の後方を攪乱することができる。
「確実に未来人! 補給線の概念を理解した、この時代では天才と呼べる鬼才!」
小春は声を荒げる。
だが、夜空を見上げて冷静になる自分に気が付いた。
「一体誰なんだろうか」
どの時代の、どの国の。どんな性別の。
一切わからない。
「……。そういえば、旦那様もどんな人か知らないなぁ」
小春は、寂しそうにつぶやいた。
「紀忠、戦えるか」
その日の夜、安吉は紀忠を呼び出していた。
「んあ? いつまでもお呼びがないからてっきり初陣は後かと思ってたんだが」
安吉の問いに紀忠はそう答えた。
だが、彼の言葉に安吉は苦い表情を浮かべる。
「俺たちの作った鉄砲で、毛利が我が物顔をしている」
彼は少し、怒気を込めたような声音であった。
だが、表情を緩めるとこう続けた。
「あと、仕事をしないと小春殿に怒られるからな」
安吉の言葉に紀忠は笑い声を上げた。
「そりゃ怖い。仕事をするとしようか」
「違いない」
安吉はそう答えると大きく溜息を吐いた。
どうしたのか、と尋ねるほど紀忠は野暮ではない。
というより、安吉と同じ心境だろう。
「対峙してるのは長逸殿だ」
「いい、大将だよなぁ」
どこか他人事のように二人は言葉を交わす。
京でともに戦った三好長逸。
「もし、照準の先に長逸殿が見えたらどうしたらいい」
紀忠の問いに安吉は小さく溜息を吐いた。
「聞くなよ。考えたくもない」
その問いに紀忠は笑った。
無責任なものだ、そう言いたげにしていた。
「まぁ、立場に応じるしかないよな」
今、大祝家の軍勢は毛利家の友軍であり、三好とは敵対関係にある。
立場に応じる、とはそういうことであった。
「また、血に濡れるな」
「仕方ないさ」
安吉はあきらめたように夜空を見上げて笑った。




