11話
1552年6月中頃。
三好長逸は京の周辺に毛利成敗の軍勢を集めた。
そのほとんどが足利氏による幕府が崩壊した後に家臣に加えられた面々であった。
「長逸! 貴様に毛利及び大友の成敗を命ずる!」
長慶の号令とともに集められた軍団は西進を開始。
道中、三好家配下の豪族や従属する大名たちの軍勢も加え、その数──。
4万と7000の大軍勢となった。
対する毛利家は大友、大祝からの援軍を受け、鏡山城を中心に兵を集結。
この城は十数年前に大内家によって、廃城とされたものの来るべき三好の侵攻に備えるべく、毛利家が再度築城していたものであった。
堅牢な山城の元には秋の大穀倉地帯が広がる。
まだ青々とした稲は翌年の毛利家を支える生命線といってもよい。
毛利家の軍勢が2万5000。
大友の援軍が1万。
そして、大祝家からの援軍がわずかに1000であった。
国力からすれば毛利も大友もそれぞれ3万から4万ほどの兵力を捻出することはできるはずだった。
しかし、この場に集まったのは総じて3万と6000。
それにはわけがあった。
伊予にいる河野家の存在であった。
現在河野家は水軍の再編を完了し、豊後水道や太平洋で活発に活動する姿が見られている。
大きな戦はと放っていないものの、長曾我部水軍との戦闘も起きており、もはや万全といってもいいだろう。
毛利家と大友家からすれば、東からは三好長逸迫っている。
南にはその実態がよく見えない河野家が控えており沿岸防衛にある程度の兵力を割かねばならなかった。
いくら大祝家が強力な水軍を持とうと、毛利と大友の沿岸線を任せるには不安があった。
そしてもう一つ、懸念材料があった。
能島村上家である。
現状は沈黙を貫いているが、正直どちらかに味方する可能性が高い。
仮に三好方につけば、大祝家は瀬戸内海で孤立することになり、わずか帆船10隻で戦国最大の海賊と戦う羽目になる。
逆に毛利方につけば四国─淡路─畿内を分断することが可能になる。
「瀬戸内に安寧ある限り、介入はせぬ。か……」
安吉は武吉から宛てられた書状をみてそうつぶやいた。
瀬戸内海で海戦を起こさなければ介入はないとみていい。
武吉が言うにはこれと同じような内容の書状を方々に送り付けているそうだ。
三好としても、能島村上家と今戦うのは愚策であろう。
「後方に上陸される可能性が減ったとみれば、いいのか」
安吉は安堵するようにそうつぶやいた。
おそらく今頃、毛利は沿岸防衛戦力を引き抜いて前線に送ろうとしているだろう。
「安吉、準備できたぞ」
空を見上げて思案していると、紀忠がそう声をかけてきた。
「行こうか。三好との戦だ」
安吉はそうニイッと笑った。
数年前、京都で轡を並べた相手と戦うことになるとは。
思いもしなかったであろう。
「小春殿。行ってくる」
「えぇ、ご武運を」
安吉の言葉に呼応するように松丸を抱えた小春が現れた。
その姿をみて紀忠は笑みを浮かべる。
「松丸殿はもうこんなに大きくなったのか」
その優しい視線に安吉は笑みを浮かべる。
「お前も妻をとれ」
「夜遊びができなくなるではないか」
安吉の言葉に紀忠はそう答える。
呆れような表情を浮かべる小春。
だが、二人はそれを無視して大きな笑い声を上げた。
「さぁ、行こうか」
「三好の鼻っ面を叩き折る」
二人は何かを決意したようにそう答えた。
1552年7月1日
三好が備後の国境沿いに展開した。
対する毛利は鏡山城周辺に集めていた戦力で決戦に挑む構えを見せる。
これに対し三好長逸も応じる構えを見せた。
お互いが少しずつ軍を近づけていく。
そして、ある川を境に両軍はついに会敵した。
芦田川である。
現在の福山市西部を流れるその川の東岸に三好家が、反対側に毛利家が布陣。
お互いに攻める姿勢を見せつつも、攻められずにいた。
そんな毛利家陣内の後方に大祝家の家紋がたなびいていた。
「元久殿。ここでにらみ合いを続けても……」
現状起きている光景が賢いものだとは安吉は思っていなかった。
否、だれの目に見ても明らかであった。
両軍ともに兵糧を消費し続ける日々。
にらみ合いを開始してから早三日が経った。
小競り合いこそ起きているものの、いまだ決戦には至れていない。
なにか、きっかけが必要であった。
「元就殿はなんと?」
安吉の問いに元久は首を振ってこたえる。
「今しばらく待たれよ」
その言葉に安吉は首をかしげる。
だが、毛利の陣を見渡しているとあることに気が付いた。
「兵が減っている……?」
安吉の問いに元久はニイッと笑った。
「旗の数はそのままに、兵を北へ移動させております」
迂回攻撃であった。
ここは毛利領内、抜け道などの知識もあるだろう。
「元久様! 殿がお呼びでございまする!」
そうこうしていると伝令が駆け込んできた。
元久は「待っておったぞ!」と嬉しそうに答えると馬に飛び乗ると駆けていった。
残された安吉はそれを呆然と見つめるしかできなかった。
「……何が始まるのか」




