9話
「近代銃兵部隊……?」
どんなものか想像のつかない言葉に安吉は困惑した。
「できるならナポレオン時代程度の部隊を3000人規模で」
野心的な小春の言葉に安吉は頭を抱えた。
現状、大祝家はその財力のほぼすべてを海軍に投資することによって領土からは考えられないほど強力な帆船艦隊を保有することができている。
それは各村上家も同様であり、それに加えて3000もの陸上兵力を持つのは不可能に近い。
「旦那様、あえて申し上げます」
小春は真剣な表情になると安吉をジッと見つめた。
「そろそろ、天下をどなたに委ねるかをご決断なされてください」
その言葉に安吉は首を傾げた。
この大祝家は瀬戸内海では余りあるほどの力を有している。
だが、天下の趨勢を。ましてや誰かに天下を取らせるほどの力はないと思っていた。
「第2の堺や西の京とまで言われる大三島があればある程度の人物なら天下人になれましょう」
小春はそう言葉を続ける。
結局どの時代も金が正義なのだ。
資金力がない地方の大名は周辺の大大名に併呑されつつある。
「三好か、織田か、毛利か。それとも朝廷か」
「三好ではいけないのか」
安吉の言葉に小春は小さく笑みを浮かべた。
「三好長慶が死んだあとに三好家は内乱を迎えます」
小春の確信を持った言葉に安吉は震えた。
未来の知識があるというのはこうも頼もしいのかと。
「偉大過ぎる長慶。確固たるナンバー2がいなければ、そうもなります」
圧倒的カリスマで曲者の家臣や我の強い一門衆たちを何とか長慶は治めている。
だが、彼がいないあとはどうなるのだろうか。
それは皆が知る通りだろう。
「……。わかった」
安吉は小さくそう答えると立ち上がる。
「俺は、──に決めたぞ」
それから数週間後、毛利元久が大三島へ援軍の要請に来たのであった。
そのころ、美濃から追われた者が一人。
「土岐氏が没落し、もはや我等明智の行くところなどあるまい……」
美濃は動乱を迎えていた。
土岐氏は力を失い家臣であった斎藤家が台頭。
ここに下克上が成立したのであった。
土岐氏の家臣たちは斎藤家から逃げるように方々に散っていった。
明智家も、その一つであった。
「叔父上、父上。私は西に参りまする」
家の者たちが南へ向かうなか、ただ一人の男が西に向かって歩いていた。
背中に背負うは一丁の火縄銃。
彼はある島を目指していた。
大三島では堀田紀忠を中心に早急に陸上戦力の編成が進められていた。
台湾より産出する膨大な金を元手に、各地から鉄や職人たちをかき集め、火縄銃の製造速度を約2倍にまで引き上げた。
さらに、紅衆から10名ほどを引き抜くと新たに編成する部隊へと所属転換。
この者たちを中心に1000人規模の部隊を1つ編成することと定められた。
「ったく……。俺がそろそろ働きすぎだとか思わねぇのかよ」
あまりの多忙さに紀忠はそうぼやく。
今回編成する部隊を第1大隊と称し、100人の中隊10個で編成することとなった。
紀忠はその第1大隊の長に任じられ、現在は装備の入手から訓練。
食料調達に宿舎整備と大忙しであった。
「しかしまぁ、よく集まるもんだ」
紀忠はそう笑った。
今回は志願兵を徴募するという形をとった。
当初、紀忠は数が足りないであろうと睨んでいたが実際はその逆だった。
「多くが商家の3男以降だ」
紀忠の言葉に安吉はそう笑う。
彼らの多くは大祝家と好のある者たちの息子であった。
多くは安吉に恩を売りつけようという者たちであったが、中には口減らし的意味合いの者たちもいた。
そんな中、紅衆の一人が駆け込んできた。
「殿! 門前に明智を名乗る怪しげな男が見えております!」
突然の、来客であった。
「これはこれは、明智殿。息災であったか」
明智の来訪を聞いた安吉は満面の笑みで本殿に彼を通した。
「ははっ。安吉様もご息災のようで」
「家臣が優秀故な! 助かっている」
すっかり、大名としてのふるまいが身に付いた安吉を他所に光秀の表情は曇っている。
その理由も、小春から聞いていた。
彼の主家であり本家である土岐家が斎藤家によって衰退させられているのだ。
土岐家の分家である明智家も肩身が狭くなり、やがては美濃を追われる。
ついに来たこの日が。
「拙者、安吉様の大志に心奪われておりまする」
「すべてを終わらせるために戦をしている。か」
堺から尾張、そして大三島へと光秀とともに旅をした道中での言葉であった。
「ぜひ、殿の軍門に加えていただきたく」
光秀はそう首を垂れた。
それを見た安吉は笑みを浮かべるとこう尋ねた。
「すべてを終わらせるために、血で汚れることは厭わぬか?」
その問いに、光秀は笑みで答える。
「血泥にまみれようと、後世のために命賭したく思いまする」




