8話
1552年3月30日。
三好長慶は三好三人衆が一人、三好長逸に安芸攻めの準備を命じた。
攻勢開始は7月1日とされた。
毛利家が農作業で忙しい間に兵力差で押しつぶそうという心積もりであった。
「主力は北畠、六角に命じよ」
長慶はそう冷たく言い放つ。
「……力を削ぐためですか」
長逸はその言葉を聞いて唇を噛み締めた。
増えすぎた家臣団と力を持ちすぎた元大名。
「我等三好に匹敵するほどの力を持った家臣などいらぬわ」
六角家は領地を削られながらも大きな力を持っていた。
「長逸、負けてもよいぞ」
長慶はそう笑った。
この戦の目的は家臣たちの力を削ぐこと。
「どうせならば大友まで落としてまいりましょう」
長逸はそう笑った。
「三好が来る」
そのころ、毛利元就は三好の情報をつかんでいた。
「元久、なんとする?」
「そうですなぁ」
元就と将棋盤を挟んで対峙する毛利元久。
次男でありながら庶子の彼は元就に気に入られていた。
長男である毛利隆元はいまや元就の内政官として手腕を振るっている。
「河野や安宅に動かれると面倒かと、は思いますが」
元久の言葉に元就はニイッと笑みを浮かべる。
「三好だけでは脅威ではないと?」
「7月1日に攻め始めたとして、10月には稲刈りが始まりまする」
その言葉に元就は笑い声をあげる。
この数年のこの次男は頼もしくなった。
隆元に足りない軍事的才能がある。
「しかし、なぜこの時期に攻めて来たのかわかりませぬ」
元久はそう言って駒を進める。
秋を迎え、稲刈りを向かるこの時期に攻勢する合理性がない。
「ふぅむ……。それもそうじゃな」
「大方、負ける前提での戦かと」
元久の言葉に元就は溜息を吐いた。
うらやましい。素直にそう感じた。
軍を率いるだけの将が余っているというのは中々ない事態だ。
だが、今の三好家ならばあり得る。
対して才能もないのに地位だけは高い家臣があまりにも多いのだろう。
「元春の鉄砲隊を試すとしようか」
元就はそう笑った。
そして、元久にこう命じた。
「大三島に行き、援軍の要請を請え」
「なんと! 三好が毛利を攻めるですと!」
翌週、元久は安吉のもとを訪れていた。
彼からの報告を聞いた安吉は大仰に驚いた。
と、いうのも今現在大祝家の立場というのは非常に難しいバランスの上に成り立っていた。
方や毛利家と同盟を結びつつ、方や三好家の命令で倭寇討伐に乗り出した。
明らかに歪なのだ。
しかも、それでいて瀬戸内海を支配する村上家と血縁関係にある。
因島村上家に至っては毛利家配下の吉川家家臣であり、どこが横並びでどこが上下関係なのか分かったものではなくなっている。
「そこで、我らに援軍を。か」
安吉はそうつぶやく。
毛利家に援軍を出すのはやぶさかではない。
大祝家にとって紅衆は常備軍であり、時期関係なく活動ができる。
「しかしながら、元久殿。今我らが自由に動かせる紅衆は100に満たないのですよ」
安吉はそう言って頭を抱える。
一挙に帆船が5隻増えたのにもかかわらず紅衆の増強には手を付けていなかった。
結果として毛利家に援軍として送れるのは来島村上家の軍勢か、家臣たちの居城を守る守備兵たち程度になってしまう。
「左様でございましたか……」
残念そうに項垂れる元久。
彼とて望みが薄いことは理解していた。
だが、同盟相手に援軍を出さなかったという事実が大祝家に残り借りを作れればそれで御の字であった。
「日付はいつになりまするか?」
「おそらく、7月かと」
元久の言葉を聞いて安吉は笑みを浮かべた。
「それでしたら、我等から援軍をお送りできるかと」
それは数週間ほど前のこと。
「さて、旦那様。以下のようにして台湾を征服いたしましょうか」
小春と安吉は台湾をいかにして制圧するかを考えていた。
目下の脅威となるであろう倭寇の撃滅には成功した。
だが、台湾本土には原住民がいまだ多くいる。
彼らを懐柔するか、征服するか。
そしてそれはどのようにやるか。
「陸上戦力は必要不可欠ではある、とおもう」
小春の問いに安吉はそう答えた。
「えぇ、私もそう思います。紅衆はあくまで陸戦隊のような存在。あくまで船に乗る銃兵です」
「指揮官は紀忠に任せたい」
「紅衆はどうするのですか?」
「門右衛門に任せる」
安吉の言葉に小春は笑みを浮かべる。
ようやく、指揮官が育ってきたという証左であった。
「でしたら、安心して紀忠様をこき使えますね」
小春の笑みに安吉は苦笑いを浮かべる。
「それで、どんな部隊を編成するんだ?」
その問いに小春は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「近代銃兵部隊を創設致します」
彼女は、少しずつ歴史の歯車を狂わせていく。




