7話
大三島に戻った安吉たちは歓声で迎えられた。
彼らの戦いは宜蘭─大三島の間で結ばれる定期便によっていち早く伝えれれていたのだ。
その日、紅衆と水夫たちは船、上下関係問わずの宴となった。
だが、一人だけは違ったようだ。
「私に断りもなく随分楽しそうですねぇ?」
大山祇神社に戻った安吉を待ち構えていたのは不機嫌そうな小春だった。
「ま、まぁ。小春殿」
何とかなだめようとする安吉を小春はキッと睨みつける。
一言あってもいいではないか、小春は言外にそう言っていた。
「武敏のためでしょうが……。松丸のことも忘れてはいけませんよ」
小春の言葉に安吉は全力でうなずく。
「もちろん、もちろんだとも」
「はぁ……それならいいんですけどね」
安吉はホッと胸をなでおろす。
しかし、小春の表情は険しいままだった。
「それで、なんですが。もう一つの要件はわかってますよね?」
彼女の問いに安吉は小さくうなずいた。
「砲手達にかなりの損害が出ている」
安吉は小さくそうこぼした。
別に敵の攻撃で負傷したわけではない。
寧ろその逆ですらあった。
「報告を聞く限り随分と事故が多かったそうですね」
そう、起きていたのは暴発事故であった。
「訓練不足だ……」
完成したばかりの戦列艦を碌な訓練を積まずに投入したことによる事故であった。
砲身の中に火の粉が残っているのに火薬を装填した例もあれば、
砲身の固縛が緩く、砲身に足を潰された者もいる。
「水夫については教育が行き届いていたんだがな……」
砲手の教育に関しては全く手を付けていなかった。
すでに完成していた帆船の乗組員たちも完璧とは言い難い。
特に多発しているのが火薬の装填不良。
量が足りない、押し込みが足りない。
そもそも乾燥していなくて火が付かない。
圧倒的攻撃力で敵を粉砕した40門戦列艦であったが、問題は数多抱えていた。
「いずれ来る、南蛮船との戦いで困りますよ」
「南蛮と戦うのか?」
首をかしげる安吉。
小春はそれに苦笑いを浮かべると安吉にこう告げた。
「安宅、大友が南蛮のガレオン船を購入したようです」
安宅家、ガレオン船購入す。
その噂は海に携わる者たちであればどことなく風のうわさとして耳にしていた。
だが、その姿を正確に捉えたものはおらず、一種の伝説のように扱われ始めていたころ。
熱田から大三島に戻ってきた1型帆船の乗組員が淡路島の島影に隠すように停泊する1隻の帆船を発見。
これが、即座に小春のもとへと伝えられていたのであった。
「この時代のガレオン船となれば全長は40門戦列艦と同程度。砲数は20門程度ですね」
「ようやく、安宅がこの域に来たか」
遥かなる高みから這い上がってくる安宅氏を見下す安吉と小春。
おそらく安宅、そして三好はこれで大祝に追いつけると有頂天になっていることだろう。
「では始めよう! 我等、大祝家が誇る造船所をフルに活用した造船計画を!」
その翌日、安吉は大山祇神社の本殿に嘉丸を呼び出した。
「さて、要件はわかるか?」
満面の笑みで尋ねる安吉に嘉丸はあきらめたような表情を浮かべる。
「60門戦列艦4隻と80門戦列艦1隻の建造を始めてくれ」
彼の言葉に、嘉丸は乾いた笑いを浮かべるので精一杯であった。
「えぇい! 紀伊はまだ落ちぬのか!」
そのころ、三好長慶は荒れていた。
中々落ちない紀伊。
挑発行為を繰り返す大友・毛利連合。
そして土佐では長曾我部氏の台頭。
外的要因だけでも三好家の悩みは枚挙にいとまがなかった。
しかも、内的要因も無数にあった。
増えすぎた家臣。
増えすぎた領土。
増長する朝廷。
正直言って足利家から将軍職を取り上げたのは失敗であったとすら思える。
「冬康は何をしておるのだ!」
長慶の問いに松永久秀が答える。
「鉄砲衆の増強にいそしんでおられまする」
「雑賀や根来の者どもはそれほどまでに手ごわいのか?」
紀伊の総兵力は1万に満たない。
それに対して安宅家単体でも1万と5千は捻出できる。
だがそれでも今日まで城の一つも落とすことができていないのだ。
「曰く、孤衆と呼ばれる者たちが手ごわいようで」
「なんだそれは」
「孤児たちに鉄砲を持たせておるそうです」
その言葉を聞いて長慶は大きく溜息を吐く。
戦を繰り返せば繰り返すほど孤児は増えていく。
それがどこに行っているのかと思えばまさか紀伊だとは。
「炊き出しなどを積極的に行い諸国から孤児を集めているそうな」
重臣の一人が声を上げる。
「……。まぁいい。冬康に任せるとしよう」
長慶は小さく溜息を吐くと心を落ち着かせた。
そして、大きく息を吸うとこう宣言した。
「者ども! 出陣の用意をせよ! 目標は安芸! 毛利家を叩き潰す!」




